人探し_名探偵藤崎誠への依頼
今回の名探偵藤崎誠への依頼は、殺人事件の犯人捜しではない。
名探偵と言っても、そんな事件の依頼はほとんどない。
ほとんど?
いや、まったくない。
藤崎は殺人事件の犯人を推理して、見事に犯人を逮捕したことなど一度もなかった。
じゃあ、何をしてるかって?
依頼者の困りごとや頼まれごとを解決している。
得意の推理を駆使して、トラブルを解決するのだ。
始めは『名探偵』を自称していたが、今では一部の人は『名探偵』と認めているという。
今回は珍しく、探偵らしい依頼のようだ。
今、ちょうど顎がシャープな若手国会議員の太田が、
一人の男を連れて藤崎の事務所を訪れた来た。
男は60前後、身長は170センチくらい、やせ形である。
藤崎と会って、自然の微笑みを見せたが、その優しい目に強さを感じさせる輝きがあった。
藤崎は一瞬、表情を硬くした。
男を知っている。
この男の正体と目的とは…
今回も藤崎の推理と活躍をお見逃しなく!
「藤崎、知っているとは思うが、このお方は、
星野ホールディングスのCEO、星野慎太朗さんだ。
お前に人探しをして欲しいそうだ。
日ごろ、芝崎会長にはお世話になっている。
俺からもよろしく頼む」
太田はソファから腰を浮かせ、ガラステーブルに額を付けた。
なぜ、俺に依頼するんだ、と藤崎は思った。
一介の探偵が人探しをしても知れている。
この男なら・・・
それにしても、痛いところを突いて来る。
俺が太田の頼みを断れないことを知っているようだ。
つい最近、太田の後援会長になったと聞いたが、まさこのためなのか。
「分かりました。ご協力します」
藤崎の頭にいろいろ事が駆け巡ったが、即答した。
「見込み通り、大した人物ですな」
星野はさかんに頷いた。
「何も質問しないで、引き受けていただけるとは。
実は、この女性を探していただきたい」
星野は封筒から写真を取り出し、藤崎の前に差し出した。
20歳半ばの女性の隣に3歳くらいの女の子が立っている。
足元の砂利を見ると七五三のようである。
藤崎は母親らしい女性に違和感を感じた。
「彼女の名前は山内もと子、娘の名前はよう子。
この娘を探してください」
星野は両手をテーブルに付き、早口で上擦った声で言い切ると頭を下げた。
無理だと、藤崎は思った。
母親の容姿を見ると、30年以上前の写真と推測できる。
それにこの男なら何人、何十人、何百人に探させているはずだ。
星野ホールディングスの後継者なら…
藤崎は太田から話があった時から、その依頼主が星野ではないかと推理していた。
太田の電話はそれほどに切羽詰っていた。
それで太田が来るまで星野の事を調べていた。
星野ホールディングスは鉄道会社を軸とし、不動産、建築、電気機器、IT、飲食産業、
さらに銀行まで傘下に治めている。
40歳で鉄道会社の社長に就任した星野は、積極的に事業展開し、今では世界有数の企業体に成長させていた。
ただ、数年前から体調を崩しているという噂があり、
生涯独身の星野には子がなく、親兄弟もいず、後継者に不安を抱えているという。
藤崎は何も質問をせず、写真を見続けている。
「実は、その子は私の娘です」
太田は隣にいる星野の顔を見た。
藤崎は眉一つ動かさなかった。
「いくらお金がかかっても構いません。
娘を探してください」
星野は頭を深く下げた。
「俺からも頼む」
太田は再び額をテーブルに付けた。
「いらくかかっても本当によろしいのですか」
藤崎は真剣な眼差しで、星野に問うた。
星野はゆっくりと頷いた。
藤崎は天井を見つめた。
いや、もっと上のようだ。
太田は眉を寄せた。
こんな藤崎を見るのは初めてだった。
藤崎は天井から星野に視線を戻し、右手の人差し指を一本立てた。
「おいおい、1千万はかかり過ぎだろう」
太田は手を振りながら言った。
100万円程度で済む仕事ではないと、太田も想像していた。
藤崎は大きく首を振った。
「1億か?バカ言うなよ」
藤崎は首を振った。
「10億?」と言って太田は声を詰まらせた。
星野は微笑んだ。
「1000億ですね」
藤崎は大きく頷いた。
「それに会長と同等の権限をいただきたい」
星野は目尻を緩ませた。
「さすがに私が見込んだ男だ。
分かりました。
成功報酬は1億とプラスαでどうでしょう」
藤崎は右手を胸に当てた。
「名探偵にお任せあれ」
「おい、藤崎どういうことだ?」
星野が待たせていた社用車に乗り込むのを見送り、
二人は事務所に戻り、太田は藤崎の胸ぐらを掴んだ。
「しょうがないだろう。
彼の依頼を叶えるなら、それくらいは必要だ。
お前はもう、あれを使ったんだろう」
太田は手を放し、藤崎に背を向けた。
あれとは犯罪者や警察関係者の情報がつまったデータベースのことである。
太田は官僚時代、警察庁に出向していたことがあった。
「それに住基ネットも使ったんだろう」
太田は答えず、2回咳払いをした。
「それでも、見つからないから俺に依頼したんだろう」
太田は答えず、天を見上げた。
「まあ、任せろなんとかするよ」
「よろしく頼む」
太田は藤崎に頭を下げた。
2ヶ月後、星野ホールディングスは2社の企業買収を発表した。
その数ヶ月後にも3社の企業を買収した。
それから2年が経った。
藤崎は路地に隠れ、あるマンションの2階にある角部屋を見つめている。
もうすでに3時間が経つ。
藤崎はズボンのポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭った。
猛暑の時間帯は過ぎたが、まだ気温は下がっていない。
「お~、ここ、ここ」
作業着服を着た30過ぎの男が20歳半ばの男を連れて来る。
二人は藤崎に近づく。
そして、通り過ぎ、飲み物の自販機の前で止まった。
「先輩、ここ止めましょう。
すぐそこに100円の販売機がありますよ」
若い男は自販機のコイン投入口を手で隠して言った。
「いいんだよここで。
何がいい。俺のおごりだ」
「じゃあ、ミルクティーで」
若い男は自販機から出てきたミルクティーを取り出した。
そして怪訝な顔をして、額にその缶を当てた。
「俺はアイスコーヒーの甘いやつ」
男がボタンを押すと、またルーレットが回った。
「また、外れですよ」
その時、ピピッ、ピピッ、ピーと自販機がなった。
「凄いですね。
自販機の当たりなんて、10年ぶりに見ました」
男は同じコーヒーのボタンを押したが、今度は外れだった。
藤崎はニヤリとした。
「この自販機で毎日、買ってるんだけど、よく当たるんだ。
常連だからサービスしてくれるんだ」
「へぇ~、そうなんですか」
若い男は関心なさげに、男と反対の方を見て言った。
「なんだあれ?」
若い男が素っ頓狂な声を上げた。
男は若い男の視線の先を見た。
ジャージ姿の男子中学生が自転車で走って行く。
部活帰りのようだ。
「あのヘルメット、バラエティー番組みたいですね~」
若い男は続けた。
「あ~、あれは自転車版のドライブレコーダーだ。
この辺の中学生はみんなヘルメットに付けてるぞ。
今まで気付かなかったのか」
「自分の車も付けました。
付けると自動車保険が安くなるんですよね。
でも、なんで中学生が付けてるんですか」
若い男は首を傾げた。
「事故防止もあるけど、不審者を判別してるんだ。
警備会社のネットに繋がってる」
「へぇ~、そんなことできるんですか。
気を付けないといけないな~
俺なんか不審者っぽいから。
えっ、じゃあ、まさか、小学生も?」
「もちろん。
ランドセルに付けるやつが多いなあ」
「これじゃあ、変な格好して外に出られないですね~」
若い男は腰履きしていたズボンを少し上げた。
さらに2年が経った。
藤崎はバーの重いドアを開け、
奥のカウンター席に座っている太田に向けて、小さく手を上げた。
「ついに見つかったてな~」
太田は満面な笑みを浮かべていた。
これからも星野ホールディングスの支援を受けられるというわけだ。
あ~、と藤崎は気のない返事をした。
「報酬凄いなあ~
もう貰ったか?」
いや、と藤崎は手を振った。
「で、どうやたんだ」
「聞きたいか?」
藤崎はニヤリとした。
こいつにも真実を話してやろう。
俺が今どういう気持ちか、分からせてやる。
「まず、星野ホールディングスに顔認証技術を持っているソフトウェア会社を買収させたんだ」
それから、藤崎は太田にすべてを話した。
顔認証技術はもちろん、写真とカメラで撮った人物が一致するか鑑定する技術である。
しかし、写真の人物が子供であるため、その成長を反映させるソフトウェア技術も必要となる。
そのために別の企業も買収した。
しかし、どうやって一般人の顔写真を手に入れるかだ。
当然、名簿会社から全小中高高校および大学の卒業アルバムを入手し、比較している。
しかし、見つからなかった。
でも、藤崎は同時に次の手を打っていた。
監視カメラを設置し、その画像から写真の人物を探すことだった。
保険が安くなるという口実でドライブレコーダーを車に取り付けさせる。
不審人物対策で小中学生にウォーキングレコーダーを所持させる。
常連へのサービスという名目で飲料自販機にカメラを設置する。
これらから得られた人物画像から検索するのである。
もちろん警察にも手を回していたし、筆頭株主になっている警備会社の情報ともリンクさせた。
藤崎は顔写真以外の情報を考慮し、数々の手を打った。
一つはDNA鑑定である。
星野会長から提供されたDNA情報を基に親子鑑定をするのである。
そのために、個人が遺伝子異常がないか検査可能とした会社を買収した。
さらに星野ホールディングス内の医療機器製造・販売会社は、
DNA鑑定を安価で、数分で結果を得られる装置の開発を成功させた。
このためこの装置は、各病院、研究機関だけでなく、警察の科捜研にも納入された。
もちろん、星野会長から提供されたのはDNAだけではない。
血液型(A、B,O式以外RH式などいろいろな判別方法がある)や骨髄、臓器の型など。
まだ他にもあるが、これら情報から該当の人物を検索していたのだった。
「結局、なうなったんだ」
太田はしびれを切らして、藤崎の長い説明の途中で言った。
「アメリカのイリノイ州で見つかった」
「イリノイ州?アメリカにも?」
「もちろんだ。当然、想定内。
娘にあたる女性が骨髄移植のドナー登録をしていた。
骨髄型が一致したから詳しく調査したんだ」
「よかったな~
アメリカじゃ、分からなかったのもしょうがないなあ」
「写真の女性も健在ということだ。
それに孫もいたそうだ」
「会長、喜んでいただろう。
本当に良かった」
藤崎がその情報を得たのは、星野情報通信システムで、
通信処理の高速化を検討している最中だった。
星野情報通信システムは、通信の秘密を保持するための暗号化や高速化をはかるため、
新設された会社だった。
その処理はプログラムで行わず、集積回路化しているため、処理内容が外部に漏れることはなかった。
藤崎は星野に電話で報告したことが印象的だった。
「ありがとう、藤崎君。
これで思い残すことはない」
藤崎には電話から喜びが伝わってきた。
思わず涙がこぼした。
電話を切った後、ぼんやりとモニターをながめていた。
ふと、ある数字が目に止まった。
それからだった。
ある疑念が湧いたのだ。
それから藤崎は自分が構築した情報システムを使って星野のことを調べつくした。
「あ~、喜んでいたよ」
藤崎は星野の満面な笑みを思い浮かべた。
発見の報告の翌日、星野と会食していた。
芝居には見えなかった。
「でも、星野会長が本当に探していた人も見つかった」
「本当に探していた人物?」
「いや、人物というより物だな」
「物?」
「ああ、腎臓だ」
太田は絶句した。
「星野会長は腎不全で移植が必要だったんだ」
太田は口を開いたままだった。
「1000億円を使って、俺に適合する腎臓を探させたんだ」
「娘に移植を求めるのか?」
「いや、娘さんは型が一致しなかった」
太田は星野の写真の少女を思い出した。
「まさか…」
「いや、そうじゃない」
「どういうことだ」
「東南アジアに3人、アフリカに1人、南米に2人」
太田は鋭い視線を藤崎に送り、どういう意味だと問うた。
「開発途上国に医療支援ということで、数十台医療機器を納入していた」
太田は苦悶の表情を浮かべた。
「俺たちはだまされたのか」
「そうだな」
藤崎が変だと気付いたのは、アメリカに住む娘のドナー登録日だった。
藤崎への依頼より3年前だった。
星野だったらアメリカの骨髄バンクの情報も検索できたはずだった。
太田は固い拳を作っていた。
その拳が小刻みに震えている。
奥歯を噛みしめ、天を見上げた。
口を動かそうといているが声はでなかった。
「俺たちは共犯だから、告発はできないぞ」
藤崎はすべてを捨てもいいと思ったが、
太田には政治家を続けていて欲しかった。
唯一信頼できる政治家だった。
太田は奥歯をぎりぎり鳴らした。
「俺は捕まりたくないからな、勝手なことをするなよ」
藤崎は、太田の心の負担を少しでも軽くしたかった。
「このままでいいのか。
金で腎臓が買われるんだぞ」
「俺は星野会長を見守るよ」
「見守るだけか」
「ああ、あの人は自分の価値が分かっている人だ。
じゃなかったら、1000億もだ出さない」
企業買収や設立を含めると、その費用は1000億円を超えていた。
しかし、それらの資産価値は1500億円以上と試算されていた。
太田は顔をしかめ、天を見続けた。
それから3ヶ月後だった。
東南アジアのA国に住む13歳の青年から星野会長に腎臓が移植された。
彼の家庭は貧困な上、妹は心臓病を抱えていた。
その話をきいた彼は家族を助けることを喜んですぐに了承した。
移植手術は成功し、星野会長は精力的に働いた。
15年後、星野ホールディングスの後継者が発表された。
星野ホールディングスで働いていた星野の孫娘が、射止めた男だった。
会長の手術後、星野ホールディングスで働き始め、
持ち前の才能を発揮し、みるみる頭角を現していった。
彼女はそんな彼を尊敬しているが、
でも彼女が彼を選んだのはそんなところじゃなかった。
彼女は、家族のために自ら犠牲をいとわない彼が大好きだった。
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