敵手
ヴィロサたちは校舎裏とは全く別の場所にいた。
木々がまばらに生え、どこまでも雑草の斜面が続く。木々の根元には茂みがあり、自然溢れる光景だった。
ヴィロサたちはその斜面に立っている。
「さーて、今日の敵は何かな?」
ヴィロサが腰に手をやり、のぼり方面に向けて仁王立ちした。
「前回の敵は何だったかしら?」
ファロイデスが言いながら、両手にそれぞれ持っていた二つの鎌をクルリと回す。
『泥ヘドロだな』
ヴェルナの帽子が、ファロイデスの疑問に答えた。
「あー、あれ帰ってから大変だったのよね。髪に付いた汚れがなかなか落ちなくて……。今日のもああいうのだったら最悪ね……」
「ファロ! ヴェルナ! 来たよ。準備して!」
ずっと前を見ていたヴィロサは、二人に注意を促した。
斜面の上の方から、真っ直ぐに立った缶が、右に左にカタカタ揺れるという不自然な動きをしながら降りてくる。よく見ると、缶には細い腕と足が生え、それを器用に動かし歩いていた。缶の真ん中あたりが裂け、それがカツカツと上下に噛み合わせるように動く。まるで口のようだ。そして、缶は一本二本ではなく、数十本数百本と茂みの陰から現れだした。
「うわ、多い……」
ファロイデスがうんざりとした声を出す。
「人間ってのはどうしてこうも山を汚すのが好きなのかしら」
ヴィロサはため息を吐いた。
ヴィロサたち魔法娘が戦うもの。
それは、山の怒りが具現化した怪物たちだった。
キレイな川や池を汚され、それが泥とヘドロの怪物となった。
山にゴミを捨てられ、それが目の前の怪物となった。
怪物たちは現世に現れ、人間を襲う。
魔法娘たちは現世に現れる前にその怪物たちと戦い、山の怒りを鎮める役目を担っていた。
「さあ、行こう! お昼の時間がなくなっちゃう!」
ヴィロサが缶の怪物に向かって斜面を駆け出す。鎌を大きく振り上げ、缶の怪物へと袈裟懸けに切りかかった。
ヴィロサの鎌に当たった缶は、全て後ろに吹っ飛んだ。鎌に切られた部分から、缶が黒い煙へと変わり消えていく。
「ミネラルが出ないね」
ミネラルとは倒した怪物が結晶化したものだ。これを奉納することで、山の怒りを鎮めることが出来る。
ミネラルが出ないということは、この缶たちはただの分身で、怪物の本体がどこかにいるということだ。
「本体はこいつらの先かしら」
ファロイデスが缶たちの奥、斜面の先を見る。
「そうだろうね」
ヴィロサは鎌を構え直した。
「どんどん行くよ!」
ヴィロサは缶の大群に突っ込んでいった。
「はりきるわね」
ファロイデスとヴェルナはヴィロサの小さくなっていく背中を見ていたが、その背中が急に消えた。
「ヴィロサ?」
ファロイデスとヴェルナは急いでヴィロサが消えた地点へと走る。すると、ヴィロサが消えた場所には、大きな穴があった。
ファロイデスが覗き込むと、土をかぶったヴィロサが穴の底にいるのが見えた。
「何よこれ!」
「落とし穴ね」
『落とし穴だな』
ファロイデスとヴェルナが確認するように言う。
「それは分かっているわよ! 何で落とし穴がこんなところにあるのよ!」
ヴィロサが穴の中で叫ぶ。そこに、どこかから高笑いが聞こえてきた。
「バカが引っかかった引っかかった」
「またあんたなの!」
バカにされてヴィロサが怒鳴る。
ヴィロサには聞き覚えがあり過ぎる声だった。
「間抜けなあんたにはそこがお似合いよ」
声はヴィロサの上、ファロイデスとヴェルナのさらに上から聞こえていた。
ファロイデスとヴェルナは見上げて声の主を探す。
声の主は、すぐ近くの木の上にいた。
黒を基調としたドレスに身を包み、木の上にいるせいで丸見えの下着は黒のカボチャパンツを着用。同じように見えているスカートの裏地は緑色に光っており、それはヘッドドレスを付けた長い褐色の髪の裏側も同様で、緑色に光る瞳も合わせて、全体的に怪しさをかもしだしていた。絶対領域を作り出すピチピチのロングブーツを履いた足を高い位置にかけ、ヴィロサたちを見下ろしている。
「月夜〜!」
彼女の名前は静峰月夜。ヴィロサたちと怪物退治を争うライバルだった。
ヴィロサはファロイデスとヴェルナの手を借りて、なんとか落とし穴の縁に辿り着く。腕を穴の縁に引っ掛け身体を支え、月夜を睨み付けた。
「いつもいつもくだらない罠をしかけて!」
「あれ? そのくだらない罠に毎回引っかかるのはどこの誰だったかな?」
「ぐっ」
ヴィロサは月夜の仕掛ける罠に、面白いように引っかかっていた。
「と、とにかく。姑息な手を使う月夜なんかに負けないんだから!」
「また今日も私の勝ちに決まっているじゃない!」
「いいえ私の勝ちよ!」
「うん、まあ、楽しく言い合いしているところ悪いんだけど」
「楽しくない!」
「楽しくない!」
ファロイデスの言葉に、ヴィロサと月夜は声をはもらせる。そのことで、また睨み合いが始まった。
「はいはい。分かった分かった。で、月夜さ。他の二人はどうしたの?」
月夜にもあと二人仲間がいた。シャロン・ウスタと臭裏紅である。この二人も騙したりするのが好きで、月夜を超えるドSな性格をしていた。
「うっ」
月夜が急に口ごもる。
「二人が見当たらないんだけど」
「そ、それは……。ちょっと他のことに夢中になっていて……」
「ああ、来てないんだ」
ウスタと紅は三度の食事より騙し好き。召集時に騙している最中だと、そちらを優先することが多々あった。
「うるさいうるさい! あなたたちなんて私一人で十分なんだから!」
月夜が木の上から飛び降りる。
「目にもの見せてくれるわーーー!」
そう叫びながら、月夜は斜面を登って行った。
「あんなのに……。絶対負けるもんかーーー!」
ヴィロサは落とし穴から這い出て叫んだ。