始まりの声
「ねぇ、ケン。あんた、ホントに・・・マズイんじゃないの?」
「うるせぇよ。成績なんてな、社会に出て行ったら何の役にも立たねえんだよ。」
「知らないわよ。公務員試験まで落ちるかもね。」
そういうと、有紀は宿舎へとかけて行った。
そんなことない...多分。
国立総合高校。
三年前に国策として、高校は全て国営化された。
国は教育の均等化だというけど、
それが実際に意味をなしているのかっていうと、そうとも言えない。
その中の一つ、国立総合高校、通称国総は全寮制の総合高校である。
総合高校というと、聞こえはいいが、実際は落ちこぼれ組の集積場である。
激しい受験戦争に敗れた者たち、その戦いに挑む意思をなくしたものたちがここにやってくる。
そんな吹き溜まりでも、近年は人気が高い。
学費は全て国が負担してくれる上、将来の仕事まで確約されているからだ。
ここに来たもの達はほとんどみな第五種公務員という役職につく。
中央官庁で働くお偉いさん方とは違い、給料も安いが大きな仕事に関われることで人気が高い。
海上都市開発の工作員である。
海上都市開発とは、近年国家プロジェクトとして始まったという都市開発計画であり、海水を硬化させる薬を散布して、人が利用可能な土地を増やすというものらしい。
将来、この仕事につくのはほぼ間違いないし、特に詳しい仕事内容なんて知らなくたって別に困りはしない。
だって、この先食べていければ十分だし、勉強を沢山して上の学校に行ったとしても、将来が保証されている訳でもない。
だったら、苦労なんていらないわけだ。
そういう理由で、僕はこの高校に入ってきた。
「おい、剣。なに、ボーッとしてるんだよ。早くしないと、昼飯に遅れちまうぞ。」と、幸田がいう。
「おう。本当に何してるんだろうな、俺。」
有紀の言葉が、何故か心に引っかかる。公務員試験は、合格率8割だから、余裕はある。
つまり、よほどの馬鹿でない限りは必ず工作員にはなれる。
でも、勉強というものを放棄した自分は残りの2割になってしまうのじゃないだろうか。
もし、工作員になれなかったら、それこそどうやって生きていけばいい?
いや、よそう。
考えるだけ無駄なのだから。
「遅かったわね。」と有紀が言う。
集団生活の基本は、時間厳守である。1人でも欠けていては作業を始めてはいけない。
それが、工作員としても基本になるからだ。
みんなの視線が冷たい。
まるで、狼の群れに紛れ込んだ羊のような気分だった。
「なんか、その...。
皆さんすみませんでした。」
奥の方から舌打ちの音が聞こえる。
教官の号令とともに、みな食事にくらいつく。
「なぁ、ケン。お前、工作員なるだろ?」と幸田が言う。
「は?ならなかったら、こんなクズ高に来て、どうやって生きていくんだよ。ただでさえ、最近の人口増加で、職業難なのによ。」
そう。そうなのだ。
政府が、海上を固体化させるなんていうことまでしなくてはならないほどの急激な人口増加が近年問題になっている。
「昔は、人口が減り続けてたらしいのにね〜。そのせいで私たちが大変よ。もう、子供なんて増やさなきゃいいのに。」と舞友がいう。
「本当に嫌になるよな。」と幸田が言う。
大体、この四人で常にいた。僕と、有紀と、幸田と、舞友。
似たもの同士だから、だと思っている。
いつも、積極的で明るい幸田にそのノリに負けない元気ガールの舞友。
そこに、冷静で頭がいい有紀が加わる。僕は、この空間がたまらなく好きだった。
そして、こんな空間に自分のいていいのだろうか、なんて思ったりもする。
徐々に立ち込めていたカレーの匂いが消えていく。
「げっ。この後、海水凝固の実習じゃん。めんどくさいなぁ。」と幸田が言う。
「私は好きよ。面白いじゃん。やり方も。最初はビックリしたけどね。」と舞友が言う。
徐々にみんなが席を立ち出した。
訓練の時間だ。