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なんか、もうすみません。
平野刑事が半狂乱になったりと色々ありましたが、捜査本部になっている部屋に私は、戻って来ました。
中は相変わらずの様子で、黒崎さんは寝ていますし、不知火警部補はまだ考えをまとめている途中のようでした。
とりあえず、黒崎さんを起こすことにします。何時までも寝かせておいて良いはずがないのです。
そんな風に私が黒崎さんを文字通り叩き起こそうと腕を振り上げたその瞬間、突然、部屋の中に、バンッ、という音が響き渡りました。
予兆も何もない、本当に突然のことで、私の心臓は跳ね上がりました。もう少しで飛び上がってしまいそうな程です。今もバクバクしてます。
部屋の中の音が消えて、何事か、と音のした方に注目が集まります。そう、両手をついて立ち上がったままの姿勢で固まった不知火警部補に視線が集まりました。
「せ、先輩?」
ようやく半狂乱から目覚めた平野刑事が、只ならぬ様子の不知火警部補に恐る恐る話しかけます。
「平野!」
「は、はいっ!!」
「積木纏の所に行くぞ!」
「は、はいぃ!!」
ツカツカと言った様子で平野刑事を伴い不知火警部補が捜査本部から出て行く。
ハッ、と我に返った私はすぐに不知火警部補を追います。今、ついていけばこの事件についてはっきりするような、そんな予感があったからです。
ちなみに、黒崎さんは不知火警部補が立てた音にも動じることなく、惰眠を貪り続けていました。肝が据わっていると言えばよいのか、それとも鈍感と言えばよいのか。
きっと、ただ単に熟睡していて聞こえなかっただけでしょうね。黒崎さん肝が据わっているとか思いたくありませんし。
私は黒崎さんを放って、不知火警部補を追いました。だから、私が、黒崎さんの狸寝入りに気が付くことはなかったのです。
もし、気が付いていれば、私は本当の事実を知ることが出来たはずでした。
しかし、私は、終ぞ真実を知ることはなかったのです。
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バンッ、と乱暴に不知火警部補が積木さんのいる部屋のドアを開けます。びくりと中にいる積木さんが驚きました。
「な、何ですか!?」
「積木纏、土井中翔殺害の容疑で逮捕する」
「なっ!?」
部屋の中の空気が凍りました。いきなりの不知火警部補の言葉は、いきなりすぎて脳に届き理解するまでに、多少の時間を要しました。
「な、何を言っているんだ! 言いがかりだ! 私にはアリバイがあるんだぞ!」
「そ、そうですよ。積木さんには他の二件の時にアリバイがありますよ!」
そうです。積木さんにはアリバイがあります。最初の二件の殺人の際にはライブ会場にいたというアリバイがあり、三件目も3分しかライブ会場から出てない積木さんには不可能なはずです。
いえ、待って下さい。不知火警部補は、何と言いました?
確か、土井中翔殺害の容疑で逮捕する、です。
なぜ、土井中さんだけなのでしょうか。不知火警部補のことですから忘れるはずはありませんし。
「今から説明するわ」
不知火警部補が言います。
私は、黙って聞くことにしました。
「簡単よ。それは、彼が土井中翔しか殺していないからよ」
「え?」
積木さんは、土井中さんしか殺していない? じゃあ、他の2人は?
「これはね。連続殺人に見えて、実は三つの事件が個別に起こったのよ。けれど私達は、現場の状況から連続殺人だと思ってしまった。そして、居もしない犯人を探していたのよ」
不知火警部補が言うには、まず、柱間さんは木隠さんに殺された。
これが今回の事件の始まり。それから木隠さんが土井中さんに殺され、そして、土井中さんは積木さんに殺された。
殺した相手は偶然にも同じ鈍器を使い、偶然同じメッセージを残した。
それを見て、まるで単独犯による連続殺人事件のように私達は誤認した。
そんな偶然、有り得ない。非常にナンセンスな推理です。ですが、間違いではないような気がしました。
しかし、仮にそうだとしても積木さんにはアリバイがあります。ライブ会場から3分しか出ていません。これでは土井中さんを殺せません。
川は祭り客により衆人環視状態。下流まで流せませんから。
「解決出来る方法はあるわ。川に流したのよ。御輿に隠してね」
あっ……。そうでした。御輿が置かれていた神社には一分も掛からずに行けるんでした。そこに土井中さんを呼び出し、殺し御輿に隠す。
あとは、御輿は勝手に運ばれ川に流される。そうなれば、発見を遅らせることが出来し、アリバイになる。
祭りで川岸は踏み固められてますから、争った形跡が見つからなくても不自然にはならない。
確かに、これなら積木さんでも殺人は可能でしょう。
「で、出鱈目を言うな! 証拠は、あるんだろうな!」
「証拠、か」
そうです。証拠がなければ何も意味はありません。
「ああ、ある。これだよ」
不知火警部補が取り出したのは、携帯電話。
「これは、川の中から発見されたものだ。土井中翔のものだと言うことがつい先ほどわかり、、通信会社に問い合わせて、通話内容記録を見せてもらった。迂闊だったな」
「あっ…………」
そうでした。携帯の全ての記録は京都の通話会社に残るんでしたね。
確かに、それに積木さんが土井中さんを呼び出した通話内容が残っていれば証拠になりますよね。
しかし、いつ見つかったんでしょうか。あ、私が平野刑事の土下座に巻き込まれてた時ですか。そうですか。そりゃわかりませんよね。私は、その場にいなかったんですから。平野刑事、あとで覚えておいてください。
「何か、釈明はある?」
「私が、彼女を一番愛しているんだ」
積木さんは、それ以上何も言いませんでした。ただ、黙ってしまいました。
これにて事件は解決という運びになりました。名所さんを襲ったのもマネージャーさんと名所さんの証言で彼ということで決まり、捜査本部は解体され事後処理が行われ、奇妙な偶然により起こった名所親衛隊殺人事件は幕を閉じたというわけです。
何故か、名取さんは事件後、芸能界を去りました。
黒崎さんはというと、どこかに消えてしまいました。煙草の空箱があったので買いに行ったのでしょう。本当、駄目な人です。私はほとほと呆れました。もとから呆れてますけど。
殆ど働いてないじゃないですかあの人。今回、煙草吸って、寝てばかりだったんですよ? 呆れないならおかしいです。
まったく、何て駄目人間なんでしょうか。
********
「ふう」
深夜、ライブだか何かが終わった、アレだ何だったか、そうな、なと……わからん。アイドルでいいか、は一人、控え室のある建物の廊下を歩いていた。
廊下についている明かりは、非常灯だったか、ぐらいで暗い。他には誰もいない。
「よう、アイドル」
そんなアイドルに、俺は声をかけた。
かけた。かけたのは良いんだが、面倒くさくなって来た。
「あら、探偵さん。どうしたの?」
「犯人はお前だ」
さて、言うこと言ったし帰るか。
だが、アイドルは何が気に入らなかったのか知らないが、そういう理由は何だ、とか聞いてきた。
「お前が犯人だからだよ」
「ですから、そう考えた理由は? それがなければ、訴えます」
理由? 犯人だから、犯人って言って何が悪いんだ。考えた理由なんて、お前が犯人だからだ。
まさか、同一の七通の手紙の差出人があいつ、えー、なんだアイドルのマネージャーであったりとか、今、人気らしい、アイドルに嫉妬して、注目浴びたかったからとか、傀儡薬が見つかったとか、そういうことがききたいわけじゃないだろう。全部わかっていることだ。
「それが聞きたいのだけれど」
チッ、面倒だ。
「まず、手紙だ。13通のうち6通は、あいつらだ、死んだあー…………奴らだ。京都に問い合わせた。で、他の7通が、マネージャーだった」
「まさか、鈴木君が」
「で、もう一人のアイドルがあんたの地位を脅かそうとしたからやったというわけだ。全て自作自演ってわけだ」
「話が飛んでないかしら。では、証拠は?」
証拠?
「ないな」
全部頭の中のことだ。京都ならそれも証拠になるが、帝都じゃ無理だな。
「いや、あったな」
小さな薬の瓶。
それを見たアイドルが息を飲んだ。
「これは大戦の裏で一時期だけ作られた傀儡薬だ。飲ませれば、少しだけ他人を操れる。京都に問い合わせたら、あんたに行き着いたよ」
「…………あなた、何者……、京都に問い合わせ、なんて総理でも無理なのに……」
「ただの、しがない探偵だよ」