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遅くなり申し訳ありません。

 襲われた名取さんは、気丈にもライブを続けてらっしゃいます。どこから噂が漏れたのか。いや、警察が動いているのですから、わかりますか。

 名取さんが襲われたことが広まり、それでもファンの為に歌う姿が反響を呼んでいるようです。

 人が死んでいるので、私的には何とも言えないのが本音です。

 そういえば名取さんを襲ったのはマネージャーさんの証言で中肉中背の男ということらしいです。積木さんのようですが、アリバイがあるので、これも私にはわかりません。


 そんな私は、珍しい黒崎さんの要請により一番花御輿の待機場辺りに行っていた刑事さんの話を聞いてました。それを頼んだ張本人である黒崎さんがどこかに失踪してしまったからです。

 いえ、別に何かの事件というわけではありません。だって、煙草が切れそうだからと言って普段の様子からは信じられない程、俊敏に動いて走って煙草屋まで行ってしまったのを私は見たからです。


 あの人は、酒と煙草が切れると禁断症状で全身の関節が曲がるアル中、ニコ中ですので、それの防止でしょう。追うのも面倒なので、戻って来るのを待ちます。

 でも話は聞かなければいかないので、私が話を聞いているのですよ。


「それで、黒崎さんは何を調べて来いと言ったんですか?」

「はい――」


 刑事さんが手帳を取り出して答えてくれました。

 その人曰わく、黒崎さんが依頼したことは二つ。

 御輿が待機場所に運ばれる前は、どこに置いてあったのか。一番無走御輿に何か普段と違うことはなかったか。

 この二つらしいです。


 それで、御輿が待機場所に運ばれる前に置いてあったのは、ライブ会場から近い沢白(さわしら)神社らしいです。普通に行けば五分はかかるらしいですが、森を突っ切れば一分も掛からずに神社に行けるようです。

 更に、多少高い位置にあり、ライブ会場を何にも遮られずに見ることが出来るとのこと。


 御輿の方は、運んだ人たちに事情を聞いたところいつもより少し重かったような気がするという証言が得られた、とのこと。


「これだけですか?」

「はい」

「そうですか。わかりました、黒崎さんに変わってお礼を言います」

「いえ、仕事ですから」


 警察は探偵省認可の探偵の依頼にはやむにやまれない事情を除いて絶対遵守という決まりがあるのです。探偵による迅速な事件解決の為というのが理由ですね。その探偵がアレなので、非情に申し訳ないですが。


 さて、とりあえず聞いたことを黒崎さんに伝えます。いつの間にか喫煙スペースにいました。煙草をふかしてお楽しみ中です。

 半目になりながら私は、刑事さんに聞いたことを黒崎さんに伝えました。


「――だそうです」

「そうか、ごくろうさん。ふう……」


 ああ、何ですか、その返事は。もう少し何かないんでしょうか。

 ……ないんでしょうね。だって黒崎さんですもんね。


「それで、何であんなことを調べるように言ったんです?」

「ふう(紫煙を吐き出す)……」


 駄目だ、この人。

 仕方ありません。とりあえず不知火警部補にも報告に行きましょう。

 そんな風に、私が捜査本部に向かうために黒崎さんに背を向けて歩き出したところで気怠げな声が聞こえて来ました。


「おい、団子。この事件の名前、何だっけ?」


 思わず気絶しかけました。寸前でずっこけるだけで済みましたが、ほとほと呆れました。よもやそんなわかりきったことを聞かれるとは思いませんでしたよ。

 何だか答えたくありません。答えたら負けな気、というか何というかを感じそうで嫌です。


 でも、答えないと駄目なんでしょうね。現実は虚しいと悟りました。はあ、泣きそうです。現実は辛過ぎます。

 しかし、泣き寝入りするわけにはいかんとです。


「……名取親衛隊連続殺人事件、です」

「そうか」


 相変わらず御礼の言葉などという気の利いた言葉は、黒崎さんは持ち合わせていないようです。分かり切ったことですが、結構、クるものがありますね。……はあ。


 黒崎さんを置いて立ち去ろう。さっさと行ってしまおうと歩き出そうとしたのと同時。靴音が響くのと同時に黒崎さんが小声で呟きました。


「(俺なら、名取親衛隊殺人事件にするな)」

「えっ…………」


 思わず振り返ってしますが、黒崎さんは、ただ煙草を吸っているばかり。何かを言うような兆しはありません。

 何なんでしょうか。名取親衛隊殺人事件? 連続が抜けてますね。同一犯が間隔を開けて何人も殺しているのですから連続殺人事件ではないのでしょうか?


 …………むう、考えてもわかりません。黒崎さんに聞くのも癪です。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とは言いますが、私にも意地があるのです。駄目人間筆頭の黒崎さんにだけは、頼る、というかわからないことを聞きたくなんてありません。


 とにかく不知火警部補に報告して、考えることにしましょう。

 私は脇目もふらず捜査本部に急ぎました。


********


 捜査本部に戻ると、ちょうどよく不知火警部補だけでした。早速黒崎さんに話したのと同じ内容を伝えます。


「報告は受けているわ。そのおかけで色々わかったのだけれど、あと一つが足りなくて。それがわかれば解決出来そうなんだけど」

「そうなんですか」


 あれで色々わかったのですか。年の差という奴なんでしょうか。それとも私が鈍いだけなんですかね? それはないと思いたいのですが。


 あ、そう言えば黒崎さんが言っていた事件の名前、不知火警部補に言ってませんでした。伝えなくても良さそうな気がしますが、一応です。


「そう言えば、黒崎さんが変なことを言ってたんですよ」

「変なこと?」

「はい、事件の名前が――」


 私は黒崎さんが言っていたことを伝えました。不知火警部補は、それを聞いた途端、考える人のように黙りこくってしまいます。

 どうしたんでしょうか。いえ、わかりました。不知火警部補は何かわかったのでしょう。事件について何か重要なことが。


 不知火警部補が考え始めてしばらく経ちました。黒崎さんは昼寝の真っ最中です。

 ええ、グーグーと気持ちの良さそうに寝ておりますよ。私が寝不足なの知ってことでしょうか。まあ、知らないんでしょうね。殺意がわきました。起こしてやりましょう。


 そんな風なことを思っていると、開いた扉から体を半分だけ出した平野刑事がチョイチョイと、私を呼んでいるようでした。


 黒崎さんとはまた違ったベクトルの駄目人間である平野刑事。名取さんのライブが再開になってから捜査にも参加せずに、どこかに行っていたようですし。それが、いったい私に何の用なんでしょうね。


「何ですか? ――!?」

「頼む! 僕と一緒に来てくれ!」


 土下座。それはもう見事な土下座でした。いきなりすぎて引く位見事な土下座でしたよ。

 リノリウムの床に額をこすりつけて、そのまま床に穴でも空けるのではないかと思える程に平伏した見事な土下座です。


 落ちぶれた今の貴族、侍では、これほどまでに見事な土下座は見ることが出来ないでしょう。

 一切のブレのないしゃんとした土下座。それをする平野刑事には、何時ものちゃらんぽらんな雰囲気は、一切ありません。ただ、真摯さだけが伝わって来ます。


「ほぅ……」


 まさしく、請願の意を体現していると言っても遜色はない姿。私は、思わず感嘆の溜め息をついてしまった程です。

 感心です。あの平野刑事が、これほど見事な土下座をすることが出来るとは思っていませんでした。


 土下座は、帝国がまだまだ文化も何もなかった頃から脈々と受け継がれて来たお願いや恭順、尊敬を示す最上級の礼の仕方です。軽々しく出来るようなものではありません。

 それを、あの平野刑事がやる。これは余程のことだということがわかります。この土下座には応える以外ありません。


 もとより、私は、こんな見事な土下座をする人を無碍になんてすることは出来ません。土下座には応えろ、そう、私は教えられて来たからです。

 ともかく、まずはこちらが協力するという意志を示して、土下座を止めてもらいましょう。

 如何(いかに)に見事な土下座であろうとも流石に、廊下の真ん中で刑事に土下座させている女子高生の図は、あまり良くありませんからね。


「平野刑事の意思は伝わりました。私で良ければ協力しましょう」

「本当かい! 絶対かい?!」

「はい。だから、土下座を止めて話てください」

「うん、じゃあ、休憩室で話そう」


 そういうわけで、私は平野刑事と共に休憩室にやって来ました。自販機とテーブル、椅子が幾つかあるだけの小さな休憩室です。

 そこでジュースを奢ってもらった私は、平野刑事の評価を上方修正しながら、テーブルを挟んで向かい合い、平野刑事の話を聞くことにしました。


「それで、頼みとは何ですか?」


 あんな見事な土下座をされたのですから、私も相応の協力をします。流石に一線を越えることは出来ませんが、出来るだけ力になりましょう。


「ああ、それはね」


 神妙な顔で話し始める平野刑事。どうやら私が思っていたよりも重大なことらしいですね。

 雰囲気が変わった平野刑事の様子に思わず、ゴクリと喉を鳴らしてしまいます。頬を伝う汗を拭うこともせずに、私は、平野刑事の次の言葉を待ちました。

 神妙な雰囲気の中で平野刑事は、


「僕とベストカップルコンテストに出場してくれ!!」


 そう、のたまうたのです。


「はっ?」


 思わず(ほう)けてしまった私を誰が責められましょう。それほどまでに平野刑事の言葉は、私にとって予想外だったのです。

 あんなに見事な土下座をされた後に、こんなくだらないお願いをされると誰が予想できましょう。誰も予想なんて出来るはずがありません。


 そんな私を呆けさせた平野刑事はというと、何やら饒舌にペラペラペラペラ、ペラペラペラペラと喋り続けています。何を言っているのか、私の耳にはほとんど入って来ません。

 唯一入って来た情報は、コンテストの優勝賞品が名取さんのプレミアムサイン色紙ということくらいです。


 上方修正した平野刑事の評価は、即座に下方修正されました。プラスマイナスゼロではありません。マイナスです。絶望的にマイナスです。

 きっと平野刑事を見る私の眼は、ひどく冷めたものでしょう。平野刑事は気づいてないようですが。


 さて、私の感動とかそう言った感情を返してもらいたいところですが、さしあたっては、どうやって断るかです。どんなに下らないことでも、土下座には応えないといけません。前言は撤回出来ませんからね。

 平野刑事ならテキトーに断っても良いとは思いますが、協力すると宣言している以上、テキトーなのは、私の将来(これから)に関わります。

 この一回で、私がテキトーな人間に見られるのです。たった一回、されど一回。一回は一回なので、中途半端は出来ません。


 諦めてコンテストに出る、という選択肢はありません。こんな物欲だらけで、仕事中にコンテストに出るようなちゃらんぽらんな男と偽とは言えカップルにならなければならないとか、屈辱の極みです。

 それに、高校の友達もいるなかで、コンテストに平野刑事と出るようなこと出来るはずがありません。間違ってコンテストに出てしまえば、私の平穏無事な高校生活は終わりを告げます。


 つまらない日々、ありふれた日常こそが至高。突発的な非日常や、恒常的な非現実など必要ありません。普通こそが最上です。

 夢は、公務員です。何かしらあるわけでもなく、安定してますから。普通ですし。まあ、バイトが普通ではないですけど。


 ともかく、私はコンテストには死んでも出ないということです。死んでからも出ませんけどね。

 不知火警部補を呼ぶのが一番早いのですが、考えているのを邪魔したくはありません。やはり、私が何とかしなくてはならないようです。


 さて、どうしたものか。と考えたところで、不意に良い考えが浮かびました。


「わかりました」

「出てくれるのかい! やったね。君、胸とかないけど、身体は細いし、顔もいいからさ、優勝間違いなしだよ」


 前言撤回。ここで、殺してしまいたくなりました。もう、こいつは駄目です。早く何とかしないといけません。


「いえ、私より適任がいます」

「適任?」

「はい、私よりも数百倍は美人ですよ」


 ええ、いますとも、適任がね。数百倍は美人ですね。それ専門の人が見れば。


「とりあえず、私が指示する場所に行って下さい。根回しはしておきます。広場に行って下さい」

「そうかい? いったいどんな娘なんだい?」

「行けばわかりますよ」

「わかった。じゃあ、行くよ」


 平野刑事が休憩室から出て行きます。私は、彼がいなくなったのを確認してから携帯を取り出して、登録件数の少ないアドレス帳を開きます。

 別に寂しくありません。携帯なんて使わなくても生きていけますから。


「あ、梅さんですか? はい、はい、かくかくしかじかで。はい、そうです。頑張って下さい。あ、お漬け物、楽しみにしてます。はい、また今度」


 電話を切ります。

 これでミッションコンプリートです。前言撤回して断ってませんし、きちんと協力してますからね。


 その後、悲鳴を上げて、半狂乱の平野刑事が捜査本部に駆け込んで来たそうです。生憎、私は、現場にはいませんでしたが、良い気味です。

 胸を馬鹿にする男なんて滅んでしまえ。まだまだ私は、17歳、胸だってまだ成長の余地があるはずです。

 …………あって欲しいです。


 ちなみに、梅さんは、今を生きるピチピチの99歳のお婆さんです。


感想、ご意見などなどお待ちしてます。

ミステリー初心者なので、こう書いたら良いよとか教えて下さると嬉しいです。


次回は、解決編です。

犯人はわかりますかね?

読者の方にもわかるように書いたはずですが、大丈夫ですか心配です。

犯人がわかった方は感想まで。


では、また次回。


この頃忙しくて執筆時間が取れないため、次回から更新が遅くなるかもしれません。

申し訳ありませんが、気長にお待ちください。エタる気はありません。


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