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それが起きたのは16時を幾分か過ぎたくらい、名取さんのライブが休憩に入った、そのすぐあたりのことでした。
私たち、私と黒崎さん、不知火警部補が、名取さんに色々聞くために控え室に続く階段を上っていると、
「何をしているんだ!?」
という名取さんのマネージャー鈴木さんの叫び声が響いてきました。
ただならぬ様子だ。
「!?」
顔を見合わせた私たちは、一斉に――と言っても黒崎さん以外――駆け出しました。危機的状況と思われるのに悠長なものです。
ドアが開け放たれた控え室に半ば飛び込むように入ります。そこには、何者かに襲われた体の名取さん、それを介抱するマネージャーさんの姿がありました。
状況的に見て、恐れていたことが起きてしまったようです。
「大丈夫ですか!」
一番最初に状況を把握した不知火警部補が名取さんたちに駆け寄ります。
私は、どうしたらよいのかわからず立ち尽くしてしまいました。
「おい、団子、警察呼べ」
「あ、は、はい!」
珍しく助言というか、当たり前のことを言ってくれた黒崎さんに従って、私は警察に電話しようとします。しかし、それを遮るように携帯に電話がかかってきました。非常に嫌な予感がしました。
着信者は、平野刑事です。
「もしもし」
『た、大変だよ!』
いきなりの叫び声。電話の掛け方がなっていません。耳が悪くなったらどうするんですか。
などと、言っている暇はないのが残念ですが、何か大変なんでしょうから大目に見ましょう。これでつまらないことなら、訴えてやります。
「何が大変なんですか。こっちも大変なんですよ」
『死体だよ。君が言ってた、親衛隊の三人の死体が見つかったんだよ!』
「えっ……」
********
警察の仮設の捜査本部は控え室のある建物の会議室に建てられました。不知火警部補を筆頭に、刑事さんたちが出たり入ったりを繰り返してせわしなく動き回っています。さながら女王蟻と働き蟻のようです。
当たり前です。三人の死体が発見された上に名取さんまで教われました。それで忙しくない警察は、もはや警察ではない別の何かでしょう。少なくとも益のある存在ではないでしょうから、会いたくありません。
「まずは、事件の整理から始めようか」
一通り、捜査員に指示を出し終えた不知火警部補が私たちのところにやって来て言いました。
私は了承します。事件の内容について振り返るのは、犯人を探す上でとても有意義なものです。
まず、殺されたのは、柱間隠さん、木隠及位さん、土井中翔さんの三人。
まずは、柱間隠さん。17歳。男性。職業は学生で、親は仕事で海外に行っていて現在は一人暮らしをしている。
死因は鈍器による打撲から来る脳挫傷。背後から一撃で殺害されていたそうです。
死体発見現場は、ライブ会場に近い公園の茂みの中で、死亡推定時刻は約15時ちょっと前くらいだ。ちょうど、名取さんのライブが始まる寸前ですね。
死体のそばに『俺が彼女を一番愛しているんだ。だから粛正した』というカードが置いてあったそうです。
次の被害者は、木隠及位さん。24歳。無職で、親と同居している。名取さんのライブ以外出歩かない引きこもりでもあります。
この人の死因も鈍器による打撲から来る脳挫傷で、やはり背後からの一撃で殺害されていたそうです。
死亡推定時刻は、15時20分頃。
死体発見現場は、ライブ会場に近いトイレの中。
ここにも柱間さんの死体のそばにあったのと同じカードがあったそうです。
そして、土井中翔さん。58歳。男性。商店街で魚屋を営んでおり、みんなの商店街の会会長を勤めていた。奥さんは人気急上昇中の白音彩のファン。そのため夫婦仲は微妙。
前二人と同じく、背後からの鈍器による一撃の脳挫傷が死因。
死亡推定時刻は15時40分頃。死体発見現場は、花道沿いの川の下流。発見されたのは彼が一番始めらしいです。
やはり、死体のそばにはカードがあったそうです。
ちなみにこの時には、死体が発見されていたらしく、警察に連絡がいっていたそうです。
それからマネージャーさんに連絡が行き、心配なので、休憩に入る名取さんに伝えようとしたそうです。
そして、16時、名取さんが襲われました。
警察からの連絡を伝えに来たマネージャーにより、こちらは未遂で済みましたが、名取さんによれば背後から襲われたらしいです。
「つまり」
15時頃、柱間さんが殺害された。
その20分後、15時20分頃に、木隠さんが殺害された。
更にその20分後、15時40分頃に土井中さんが殺害された。
そして、その20分後、16時過ぎに名取さんが襲われた。
「――というのが、事件のシナリオですかね」
「手口からして同一犯と見て良さそうね」
確かに、私も同感です。手口がみんな一緒ですし、同じカードが置いてあったことが決定的でしょう。同一犯による連続的な犯行と見て良いはずです。
「そういえば、積木さんは?」
「彼は、ひとまず重要参考人として、別室で待機してもらっているわ」
積木さんは、現在事件の重要参考人として待機中です。
確かに一番怪しいんですけど、キチンとしたアリバイがあるためないでしょう。
積木さんは、柱間さんと木隠さんが殺された時ライブ会場にいたことがわかっていますし、土井中さんが殺された場所は、ライブ会場から離れてます。
積木さんは、ライブ会場からは三分しかでてませんから、犯行は不可能でしょう。双子で入れ替わったというのもありません。平野刑事がキチン兄弟がいないことを調べたそうですから。
上流から流すのも無理です。花祭りで川は否応なく注目されるからです。死体が流れてくれば嫌でも気が付きます。そんな目撃証言はないそうなので、積木さんは犯人でない、と結論が出されたのです。
「誰が、やったんでしょう」
マネージャーさんの目撃証言では中肉中背とのことでしたが、そんな人、幾らでもいますし。
正直、八方塞がりでした。私には、まったくといって良いほど、犯人がわかりません。やはり、手紙を送って来た第三者なのでしょうか。
それなら、特定のしようがありません。花祭りに来ている人だけでも数万人規模です。それを一人ひとり調べるなんぞ不可能でしょう。
「なあ、不知火」
「何よ黒崎」
あの黒崎さんが自分から動いた!? こ、これは、天変地異の前触れ、ですか!? そ、それとも、人類滅亡の始まりですか!? はたまた、第二次世界大戦の始まりですか!?
なんて、そんな冗談は抜きにして、黒崎さんは何やら気が付いたことがあるそうです。それで質問したいとのこと。
あの不動が何で今更動くのか疑問はありますが、仮にも探偵が何かに気が付いたのです。これは聞かなければならないでしょう。解決の糸口になるかもしれません。
「何で、殺された奴らは、全員手袋をしてるんだ?」
「…………」
「…………はあ」
思わず溜め息ついてしまった私を誰が責められましょう。誰が咎められましょう。思わず溜め息をついてしまうような内容だったからです。
何故殺された三人が手袋をしているのか。彼らが何をしていたのか、彼らの格好を見れば、そんなことは、簡単にわかってしまいます。
不知火警部補が答えるまでもありません。私が答えてしまいます。この程度のことで、忙しい不知火警部補を煩わせることはないでしょう。捜査の為です。
「あのですね黒崎さん、彼らの格好を見てください」
「全員法被姿だな。それがどうした団子」
「はい、もう、わかるでしょう」
「………………………………わからん」
散々考えた末に、わからないとは、完全に駄目だ、こりゃ。黒崎さんは、何でこの様で探偵なんてしているんでしょう。
圧倒的に向いてないじゃないですか。まあ、黒崎さんにかかればありとあらゆる職業は向かないとなりますから、あまり変わりはないのですが。
「お揃いの法被が流行っているのか?」
更にはこんな見当はずれも甚だしいことを言い出す始末。ホントに駄目だ。はあ、ホント、よくこの人、探偵になれましたよね。
そんなに探偵省の基準って甘いのでしょうか。こんな様なら、私でも探偵になれてしまうのではないかと思ってしまいます。
ともかく黒崎さんにさっさと教えてしまいましょう。
「違います! 彼らは自称名取さんの親衛隊ですよ。法被に手袋は、親衛隊の衣装です。だから、全員同じような格好なんですよ。わかりましたか?」
「なるほど……」
納得したのか、煙草を吸う黒崎さん。それ以外には、何もないのか、特に何も言いませんでした。
期待させといてこれです。もう、期待はしないことにします。黒崎さんに期待しても無駄だということがはっきりしました。というか、もっと早く気が付いても良かったくらいです。
「わかりました!」
そこで今まで黙っていた平野刑事が言いました。本当にわかったのでしょうか。この人も黒崎さんと同じくらい信用出来ませんからね。
まあ、期待せずに聞いてあげましょう。万が一、いえ、億が一、いえいえ、兆が一手掛かりになる可能性もありますからね。一応は聞いてあげます。
「言ってみなさい」
「はい、警部補、犯人は双子だったんですよ! それなら積木のアリバイも説明出来ますよ!」
「…………!?」
「…………はあ」
私は絶句。不知火警部補は、それはそれは深い溜め息をつきました。
前言撤回です。こいつは黒崎さん以上に役に立ちません。自分です兄弟はいないと調べておきながら、双子とか言い出すとかバカ通り越してアホです。よく警察なれましたねこの人。
「あ、あれ~、俺、間違った?」
「平野、自分の報告を思い出しなさい」
「はい、積木には、兄弟はいませんでした。…………あっ」
「あっ、じゃないわよ、あっ、じゃ! 減俸にされたいのか。それとも、左遷されたいのか!」
「す、すみません!」
はあ、大丈夫なのでしょうか。無事に解決出来るのか心配になって来ました。
「って、あれ、黒崎さんは?」
気が付けば、いません。って、外に出て行こうとしてます。
「ちょっと、待って下さいよ!」
黒崎さん一人にしたら何をするかわかりませんから、見に行きます。
「おい、団子、ライブ会場の裏手には何がある」
いきなりの問い。黒崎さんがえらくアクティブです。それに驚きますが、答えましょう。
えーとー、確か、何がありましたっけ。ああ、そうでした。
「十分くらい離れてますけど一番花御輿の待機場ですよ」
一番最初に川に流される無走花御輿です。無走は夢想とかけてるそうで、花祭りでは必ず一番花御輿だけは、上流から下流に流されます。
「なるほど……」
「それがどうかしたんですか?」
「いや、……団子、土井中翔が発見されたのは下流だったな」
「はい、そうですけど」
それが、何かあるんですか? まさか、川から流したとか思ってるんじゃありませんよね。
「そのまさかなんだが」
「無理ですよ」
川は花祭りのおかげで、完全な衆人環視状態です。そんな中、土井中さんの死体が流れてきたら、もっと早く見つかるはずです。それこそ上流の方で。
しかし、黒崎さんは、淡々とのたまいます。
「無理じゃない」
「じゃあ、衆人環視状態の中で、どうやって死体を流すんですか」
「それを、今から、警察に確かめに行ってもらう。てか、行ってもらった」
「じゃあ、黒崎さんは何してるんですか」
「煙草吸いに行くだけだ。酒がもうすぐ切れるからな」
…………。殴っていいですよね。殴っていいですよね。……だめですか。そうですか。
「はあ、戻ります」
「ああ」
ですが、もしこれで黒崎さんの言っていることが本当だとすると、積木さんには土井中さんを殺害することが可能になります。
けど、積木さんには他二人の殺害時には、ライブ会場にいたという完璧なアリバイがあります。監視カメラにも、テレビ局のカメラにも写ってましたから、完璧でしょう。
同一のカードが置いてあったことから三人を殺したのは同一犯のはず。二人を殺した時にアリバイのある積木さんは、犯人にはなり得ません。黒崎さんは、わかっているのでしょうか。
「わかって、ますよね。流石に……」
ぶっちゃけ不安です。
それを不知火警部補に伝えます。
「ああ、気にしない方がいいわよ。あいつが何しているのか、理解出来る奴なんて昔っから誰もいないから」
既に匙を投げてらっしゃった。
「大丈夫、なんでかね」
「まあ、大丈夫よ。あいつが動いたのなら、すぐ終わるわよ」
不知火警部補が言うならそうなのでしょう。期待せずに、待つことにします。
ですが……、窓から見える、煙草を吸ってご満悦な姿を見ると、本当に、大丈夫なのかと疑ってしまいます。
本当に、大丈夫なのでしょうか。
感想、ご意見などなどお待ちしてます。