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翌日、花祭り当日。帝都はお祭り騒ぎで湧いていました。華々しい花神輿が街中を駆け巡らんと今か今かとその時を待っています。
街の人々はみんな笑顔で、本当に楽しそうです。咲き誇る桜花もそれを助長させていました。
しかし、その華やかで明るい雰囲気とは裏腹に私個人は、遂にこの日がやって来てしまったか、と黒く、暗く、深く、沈んでいました。
昨日のことがまだ尾を引いていたのです。テンションは低め、最低です。寝起きも最悪でした。
髪はボサボサ、顔は死人でした。散々いろいろと頭の中がグルグルしていて寝つけなかったのも原因でしょう。普段から精神状態が顔などにモロにでる私としても今世紀最大見たくない有り様でしたよ。
やることといったらもう、何事もなく一日が終わることを、祈る。それしかありませんでした。
それでも朝早くに名取さんに報告に行きました。私の情けない報告を聞いてもあの人は何も言いませんでした。
彼女の内心は、私にはわかりません。失望していたのか、嘲笑していたのか。それとも別なことを思っていたのか。
心を読める超能力者でもない、しがない学生でしかない私には、わかるはすがなかったのです。
彼女はただ、「そう」、と言って続けて、「ありがとう」、と言いました。やはり、その心中を、私は推し量ることは、出来ませんでした。
そういうわけで、私はちょっとというか多大な失意の中、学校の花祭りによって午前中に短縮となった授業を、なんとかいつも通りに取り繕って乗り切り、駅前広場にいます。
勿論仕事です。しかし、捜査ではありません。捜査は終了しています。ここから先は探偵の仕事ではありません。警察の仕事です。
警察の方に連絡を入れたのですが、捜査結果が結果でしたので、とりあってはくれませんでした。
しかし、粘った結果、話した警部補の方が心配なので一人送ると言って下さり、私はその方を待っているのです。仕事の引き継ぎと状況説明。依頼者との仲介が今の私に与えられた仕事でした。
勿論あのやる気0のグータラ駄目人間黒崎さんはいませんよ。あの人がこんな祭りなんかに来るとは思えませんからね。
昨日どこかに言っていたようですが、今頃は事務所で寝ています。朝確認したので間違いありません。殴りたかったのですが、時間がなかったのです。悔やまれます。
「それにしても、遅いですね」
コツコツ靴を鳴らしつつ腕時計を見る。14時半。
14時に待ち合わせの刑事さん。確か名前は平野さんという男性だったはず。待ち合わせ時間はとっくに過ぎてます。
どうやら、派遣されたのはあまり真面目な人ではないようです。これも、私のテンションを更に下げる一因となっていました。
社会人ならば待ち合わせをしたときは、待ち合わせ時間の30分ほど前にはついておくべきなのです。それだけの余裕があれば電車の遅延や車の渋滞、その他何かしらの儘ならない事情が発生したとしても間に合うことが可能かもしれません。また、それでも間に合わないのなら連絡をすべきなのです。
再度言います。待ち合わせ時間は14時。私はきちんとその30分も前にこの広場の待ち合わせポイントにて待機していました。次々と相手がやってきてどこかへ行くカップルを横目に、私は待ち続けていたのです。カップルに横目に見られて何か言われることもあり、私の精神は結構ボロボロです。
泣きたいくらいです。何が悲しくて、カップルに憐みのような視線を向けられねばならないのですか。最悪です。
まさか、私がわからないはずはないと思います。待ち合わせ相手の平野刑事には、私の今日の特徴は伝えてあります。
髪型は縦ロールのサイドツインテール風味。ノースリーブの白のシャツに赤のネクタイ。それと黒のミニスカート。同じく黒のニーハイソックス。
割りと目立つような格好なので、わからないはずはないと思いたいんですが。
「……あら、椿姫じゃない。なにしてんの?」
げっ。
逃げよう、と思った時にはもう遅く、私は、女子グループに囲まれてしまいました。何て素早い。
「ど、どうも皆さんお揃いで」
平野刑事を待っていましたが、どうやら別の人々に見つかってしまったようです。更にテンションダウン。しかし、それをおくびにも出しません。
彼女たちは、有り体に言えばクラスメートという存在です。更に区分するならクラスにある女子グループの一つでしょう。そんな連中にあからさまにテンションが下がったと思われたら最後、私は寒村の村八分も恐ろしい目に遭うことでしょう。
仮にも私は、花も羨む女子高生なわけですからそれなりの付き合い、というものがあるのです。人間誰しもクラスでは孤立したくないもの。
付き合いは大切です。これがうまくいかないと団体の中で孤立し、みじめな思いをすることになります。
かくいう私もそれに漏れず、孤立することを恐れてとりあえずという形で目の前の女子グループに所属しています。所属と言っても校内校外での付き合いなどないに等しいといえます。
私、本気で彼女たちと付き合う気ないですもん。ちょうどよく誘われて、ちょうど良く孤立したくなかったから入っただけなのです。目的が一致しただけのことです。
ですが、こうやって会ってしまえば、望む望まないに関わらず、一応ながら所属している立場上、無碍することは出来ません。それ相応の理由がなければ、彼女たちは納得せず、私は孤立することでしょう。それだけは必ず避けたいのです。
しかし、はた目から見て、この状況。誰かを待っているとしか思えない状況では、相応の理由を言ったところで、受け入れらえるとは思えません。
今もこんな感じで待ち合わせをしているように見えますが仕事中。相応の理由はあるのです、これを納得させるにはどうしたらよいのでしょうか。
しかも待ち合わせ中。私の中を電流が走り抜けました。嫌な映像と共に。
……これは、まずいです。女子高生は、井戸端のおばちゃんや買い物帰りの商店街のママさんたちと同じで、得てして噂好きと相場が決まっているのです。ゴシップ好きともいえます。
ともかく、多感なこの時期の女子高生たちは、桃色話が大好きなのです。
さすがに恋、とかまではいかねども――いえ、もしかしたらもしかするかも――、待ち合わせというシチュエーションは、様々なことを妄想させ、噂を作ることなど雑作もないでしょう。
もし、今ここで、平野さんという刑事さんが来た場合、何を言おうとも彼女たちの中では、やはり私の彼氏ということにされてしまうのです。私は浮いた話がありませんからなおさらです。
それがまだ普通の容姿なら良いのですが、これが普通以下だった場合、私の評判が大変なことになります。
お願いします、まだ見ぬ平野刑事。三流恋愛小説みたく、来るなら相当のイケメンであって下さい。イケメンでないなら空気読まずに来ないで下さい。来たら一生恨みます。
「で、何やってんの?」
グループの中で一際垢抜けた感じのグループの代表が話しかけてきます。まあ、リーダーですねグループの。
正直、派手すぎて近寄りたくはないですけど。最大勢力なので、ここにいれば冷遇されることはまずないので。打算的ですみません。
さあ、危険はまだまだ続いています。兎に角、誤魔化さねば。
「皆さんこそ何を?」
質問返し。
時間稼ぎをし、その間に考えます。乗り切るべき質問の答えを。愚策ですが、他に手はありませんでした。
「みんなで花祭りだよ」
「へぇ」
わかってますよ。そんなことは。ただ、少し考える時間が欲しかっただけです。
「で、あんたは? 花祭り?」
「違います。バイトに行くところです」
「へぇ、バイト? 本当?」
やはり、疑われますね。そりゃそうです。
「はい、ティッシュ配りです。ほら」
そういってポーチの中からたくさんのポケットティッシュを取り出します。そこらへんで配っている奴です。
「いらないよ。てか、本当にバイトかよ。あんた、今日くらいは楽しめばいいのに」
「苦学生ですから」
「そうなんだ」
良し! うまく、信じさせることができたようです。更に、桃色話に繋がらないように答えることが出来ました。さすが私の脳細胞。
それに駅前で今も配っているポケットティッシュを山ほどもらっておいて正解でした。平野刑事が来ないからって、暇だからもらいまくっていたのが功を制しましたよ。
しかし、まだまだ油断は出来ません。私は、まだ平野刑事が来るかも知れないという爆弾を抱えているのです。話を早めに切り上げるに限ります。
「そういうわけですので、皆さん楽しんで来て下さい」
「そうする。じゃね、頑張んな」
内心でガッツポーズです。乗り切れました。済んでみると案外簡単でしたね。流石私、それと平野刑事。よく空気を読んでくれました。
ですが、内心で上昇した平野刑事の評価は、即座に下がることになりました。
ええ、合流は出来ましたとも。合流は、出来ましたが、遅れたことを悪びれもせず、その上あんなふざけた格好をしているとは思いもしませんでした。
「ん、どうかした?」
「…………いえ」
「あ、まさか、僕に惚れちゃったとか? 困るなー、僕、これでも刑事だからさあー。女子高生とはねー。あ、でも、君可愛いからあと五年したら付き合ってあげてもいいよ」
言ってろ。あなた何ぞの惚れるとか、一生かけてもありませんよ。どうせ、どピー(自主規制)なんでしょう。それなのに、よくそんな自信満々ですね。
それに、なんですか、その上から目線は。数年早く生まれただけでそんなに偉いんですか。見ていてください。いつか跪かせてやります。
そして、はい、今、目の前にいる、子供向け人気ヒーローのお面を斜めかぶりして、両手に綿あめとりんご飴を持った、スーツの男が平野刑事です。
正直、人違いだと良いなと思いたかった。ですが、警察手帳は本物でした。本人登録がきちんと成された電子警察手帳でした。ああ、現実は無情です。
嫌な現実に打ちのめされ、もうグロッキーで帰宅したい私ですが、生憎と今は仕事中です。帰るわけにはいきません。名誉挽回、汚名返上のため頑張らねば。
ですから、こんなくず刑事さんと言えども刑事です。事情を説明し、予防策を立てなければなりません。
なのに……、
「おっ! 焼き鳥だ。すいませーん、5本くらいくださーい、あ、領収書お願いします」
なのに……、
「あれは、肉巻きおにぎり! こっちは、クレープか。くう、おいしそうだよねー。全種類もらっちゃいます。領収書お願いします」
なのに……、
「焼きそばもいいよね。お好み焼きもはずせないけど。よし、両方買っちゃえ、あ、領収書お願いします」
なのに……、
「遊びに来たんですか、あなたは!!」
あっちへホイホイ、こっちへホイホイ。せわしない子供ですか!
「ん、いや、仕事だよ。でもさ、探偵が調査したのにでて来なかったんでしょ? 悪戯だって。僕が最初に名取さんのマネージャーからの相談に対応した時に確実にそう言ったし」
な、殴り倒したい。い、いえ、落ち着きなさい私。いかに、くずとは言っても刑事を殴るのは駄目です。
しかし、しかしです。この人が真面目に対応していれば、残念ではありますが、私たち黒崎探偵事務所、ひいては私にお鉢が回ってくることはなかったのです。私がこんな思いをしなくても良かったんです。
対応が冷たくなるくらいは許してもらえますよね? 駄目ですか、そうですか。…………はあ。
「ともかく、名取さんのところに行きましょう」
「おっ、やったね。有名人に会えるから来たようなもんだし」
この刑事は、まったく……。
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