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捜査は相変わらずの様子で続いています。ええ、相変わらずです。黒崎さんは乗り物でダウン。私は、テンションダウン。
殴って言うことを聞かせることも可能なのですが、衆人環視の中それを誰にも気づかれず、最大の効果を上げるようにやることなど、私には無理でした。
というわけなので捜査に行きます。次は、見爪綾斗さんと見爪香枝というご兄妹ですね。実質的に親衛隊を指揮している人たちのようです。
2人とも成人していて、兄の方はフリーター、妹の方は、体育教師をしているらしいです。
中央区の駅前通りのマンションに2人暮らしをしているとのこと。これは、禁断の関係を疑わざるおえません。
ともかく、その実態調査とついでにストーカー捜査もすることにしましょう。
マンションには手帳を使って入り、兄妹が住んでいる805号室へ。早速インターホンを押します。
「ごめんください。黒崎探偵事務所の赤野椿姫と黒崎です。名取千さんのストーカーについて少し捜査させていただけないでしょうか」
…………。
返事がありません。ただの屍のようです。ではなく、いないのでしょうか?
「ん、何だお前ら。俺んちの前で何やってんだ」
その時、背後から声をかけられました。振り返ると、コンビニの袋を下げだ野性的な男がいました。
「黒崎探偵事務所の者です。見爪さん、でしょうか」
「おう、そうだ! 俺が見爪綾斗だ」
わあーお、ナイスタイミング。
ここは一気にたたみかけましょう。
「おう、良いぜ。けど、妹が風邪だから」
「了解です」
その先は、聞かなくてもわかります。ともかく捜査。それが第一です。
見爪兄の許可も取れたので、部屋に入ります。ふむ、野性味あふれる見爪兄の家とは思えないほど片づいてますね。
ああ、妹さんがいるんでした。彼女が綺麗好きなのでしょう。
リビングに入ると、妹さんと思われるジャージ姿の女性が腕立てをやっていました。
「何やってんだ香枝!」
「おう、兄ちゃんお帰りー。何って、見りゃわかんだろ」
「腕立てだな」
「そうだぜ」
「そうか」
いや、そうかじゃないでしょう。風邪なのになにしてるんだって、話でしょうが。
「風邪は? 風邪のくせになにしてるんだ」
「自分の限界に挑戦中だ!」
お、男らしい。いやいや。
「そうか、なら良いか。プリン、おいとくぜ」
いや、良くはないでしょ、普通。
「兄ちゃん!」
「香枝!」
ああ、何という2人だけの世界。私はもう、非常に帰りたくて仕方ありません。
しかし、帰るには捜査するしかないのです。
お二人に名取さんのストーカーと殺人予告について説明し、柱間さんにしたのと同じ質問をしました。
「知らねえな」
「知らんよ」
むむ、ここも空振りでしょうか。おっと、手紙を見せるのを忘れてました。
「あの、これに心当たりはありませんか?」
「ん?」
「んあ?」
おや、また反応あり?
「兄ちゃん! 7通だけ同じ内容だぜ?」
「そうだな。どうせやるなら、全部違うないようにすればいいのにな!」
結局は、2人とも心当たりはない。という、何とも微妙な結果に。黒崎さんは、いつも通りやる気なしで役に立ちません。
ならば家宅捜索は、と張り切ってやったのですが。名取さんグッズと筋トレグッズが出るばかりで証拠は出ず。私は、非常にグロッキーになりました。なぜ、半裸のマッチョの写真集などという気持ちの悪い物を見せ続けられなければならないのですか。
それはともかくとして、一応の協力を取り付けて、私たちは次の親衛隊のもとへ。時間は有限で、待ってはくれないのです。
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次は、土井中翔さんという商店街で魚屋をやっている中年のオヤジに話を聞きにいきました。
やはり乗り物を使った移動は鬼門。黒崎さんがグロッキーです。まあ、それより目的の魚屋さんに話を聞かねばと、早速、名乗り話をしようとしたのですが、
「買ってくれたら話してやるよ」
探偵相手にこんな手にでるとは、なかなかの肝の据わりようです。それに商売上手した。私はまんまと魚を買わされてしまいました。
「まいどっ! へへっ、何でも聞いてくれよ」
ですが、これで円滑な話し合いができるのですから安いもの、と自分を納得させて事件のあらましを語り、質問をしました。手紙もみせます。
「おっ?」
おやおや、手紙でまた反応? ですが、どうせ……。
「なんで、7通だけ同じなんだよ。バラバラにしろよ。三枚おろしくらいに。なあ姉ちゃん!」
「さ、さあ」
知りませんよ。そんなこと。
しかし、やはりというかなんというか結果は、心当たりはないというものでした。皆手紙に反応しますけど、大したことじゃありませんし。
これ、パターン入りましたよね。……そうでないことを祈るばかりです。
奥さんがいたので、奥さんにも聞いてみたのですが、その時にも魚を買わされました。良い性格してます。本当。ああ、忌々しい。
奥さんに、翔さんが最近手紙を出したか聞いたところ、特にそういう様子はなかったとのこと。奥さんは親衛隊ではないのか、と聞くと違うと言われた。
名取千よりは、白音彩という、最近人気急上昇中の新人アイドルの方が良いと言われました。
確かに、彼女はオリコンも一度だけ名取さんに勝ってます。これからのナンバー1アイドルの座は白音さんではないかとすら言っています。
すると夫婦喧嘩勃発です。どちらが良いか議論し始めました。仲が良いのか、それとも悪いのか。どっちなんでしょう。
わかっているのは、もう話が聞けそうにないということです。なので、巻き込まれる前に退散しましょう。それにしても魚、どうしましょうか。
別にいるわけでもなかったので、その辺の野良猫にあげました。可愛いです猫。もふもふ最高です。少し正気度が回復しました。
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さて、次に私たちがやって来たのは、木隠及位さんの自宅です。今を時めくニートという人でした。両親と同居していて、名取さんのライブ以外に外に出ない半引きこもりのようです。
あと、今までで一番おっかけっぽいです。見た目が完全にオタクな方です。オブラートに包んで言うと、デブでした。またもやあまり話したくないような人のようでした。はあ。
何はともあれ、まずは両親から話を聞きましょう。本人さんは、部屋から出てきませんので。
身分証明とストーカーについて話します。もう四度目、スラスラ言えてしまいます。
それでご両親の反応から察するに、息子さんを疑っているようです。どうやら、息子さんはあまりご両親から信用がない様子。これは、当たりなのでは?
いえいえ、早計な決めつけはいけないでしょう。情報を整理するのは、全ての方から話を聞き終わってからです。
というわけで、早急に終わらせたい私は早速本人に話を聞きに言ったのですが。
「反応なし……」
というよりは、意図的に無視されているのが正しいでしょう。部屋の中からは微かに音楽が聞こえますし、聞きたくもない息遣いも微かに聞こえてきます。
ドアをこじ開けることも考えましたが、そんな肉体労働を私が出来るわけがなく。戦略的撤退を迫られることとなりました。
内心歓喜ですが、それをおくびにも出しません。乙女なので、これくらいは許して下さい。
駄目ですか、そうですか。……理不尽です。
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遂に最後です。すっかり辺りは暗くなってしまいましたが、ようやくこれで最後。そう思えると頑張れてしまいます。
最後は、積木纏さん。探偵省のデータによれば、普通の会社員のようです。独身で犯罪歴はない。写真を見る限り中肉中背の穏和そうな人のようです。
ここに来て話しやすそうな人が来ましたね。良かったです。
ということで、まだ働いていると思われたので会社に押し掛けました。
「ええ、構いませんよ」
快く快諾してくれました。
「では……」
もうすっかり慣れてしまった説明して、質問します。
「…………すみません、ありませんね」
考え込んだあと積木さんはそう言いました。
しかし、同様の手紙7通以外、バラバラの6通を見せた時、他の人たちと同じように若干、反応がありましたが、
「いえ、どうしてストーカーさんは、7通は同じ手紙で他はバラバラなのか気になっただけです」
「そうですか」
結果は見てのとおり、変わり映えしない結果でした。いえ、変わったのは変わりました、最近は中央郵便局には仕事の書類の提出のために利用したことがあると。
それについての証明書があったので証言は確かでしたので、問題はあるはずがありませんでした。
「ありがとうございました」
「いえ、力になれず申し訳ない」
構いません。半分もこの反応をされた時に、だいたい覚悟はしていましたから。人間覚悟すると、あまり落ち込まないみたいです。
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「はあ」
探偵事務所に戻って来ました。
収穫は、まあ、わかっている通りほとんどありませんでした。しかし、とりあえずとして情報は整理しておかなくては。
まずは、柱間隠さん。学生で両親は海外で仕事中。一人暮らし。最近は中央郵便局には行っていない。特にストーカーについては心当たりはない様子。学生なのでストーカーの可能性は低い。怪しい箇所なし。
見爪綾斗さんと見爪香枝さん。フリーターと体育教師。2人暮らし。禁断の関係の疑いあり。最近は中央郵便局には行っていない。特にストーカーについて心当たりはない様子。怪しい箇所なし。
土井中翔さん。職業は魚屋。奥さんは人気急上昇中の白音彩のファン。そのため夫婦仲は微妙。最近は中央郵便局には行っていない。特にストーカーについて心当たりはない様子。怪しい箇所なし。
木隠及位さん。引きこもりニート。名取さんのライブ以外出歩かない。両親の証言あり。最近は一度も出歩いていない。本人には会えず。怪しい箇所なし。
積木纏さん。会社員、独身。優しそうな善人といえます。最近は中央郵便局には仕事の書類の提出以外には利用していない。それについての証明書はあったので事実である。特にストーカーについて心当たりはない様子。怪しい箇所なし。
皆一様に写真に反応を示しましたが、普通の疑問でした。特筆すべきことはなし。
また、全ての調査に行ったあと、一応中央郵便局の方にもいきました。そのせいで帰る時間が更に遅くなってしまいましたが、仕方ありません。一応の証言の確認でもあったのですから。
確認の結果、6人の証言に嘘はないことが判明しました。証言に違うことは何もなかったのです。
監視カメラの映像もチャックさせてもらいましたが、大勢の人々が利用する中央郵便局です。いつも人でごった返す郵便局内で特定の人間を見つけ出すことなど無理でしょう。ましてやそれが変装していたらもう見つけるのは不可能です。
つまり、私の捜査はここで行き詰ってしまったわけです。これが私の限界なのでしょう。
あとは黒崎さんに頼もうとしたのですが、なんと黒崎さんがいなくなってしまったのです。少なくとも事務所からは消えていました。どこに行ってしまったのでしょう。わかりません。
それよりも、動けたのなら自分で移動しろよという怒りの方が遥かに私の中の心のウェイトを占めていました。
「はあ~」
いつも以上に深いため息をついて、私は事務所から重い足を引きずって自宅へと向かったのでした。何とも微妙な結果。締まらない結果です。
これで明日、どう名取さんに報告すればいいんでしょう。わかりません。
黒崎さんが、と他人の責任にするのは簡単です。むしろ、彼の責任でしょう。これは。ですが、負けたような気がして、何とも釈然としませんでした。
黒崎さんの責任にするのは簡単です。しかし、初めから黒崎さんが使えないのはわかっていたのです。それなら対策のしようがあったはずなのです。
それを怠ったのは私。そう、これは私の責任でもあるのです。深く、考えすぎでしょうか。
自宅に帰り、シャワーを浴びてベッドに寝転んでも、その釈然としないしこりとも言うべきものは私の中に残り続けました。
「ありのままを報告しましょう。あとは、警察にも頼りましょう。粘れば一人くらい寄越してくれそうです」
そう決めて、私は目を閉じました。寝つきは、最悪の一言でした。
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では、また次回。