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端的に起きたことだけ述べてしまうと、人が死にました。ええ、一人だけです。これから増えるかはわかりません。この場にはかなりのVIPがいますから本当、どうなるかわかりません。そして、それらが殺されでもしたらかなり不味いです。とくに京都の貴族共。
京都は、この帝国の中でも別格。そこの貴族と来れば、天皇様には劣りますがまさしく雲の上の存在には変わりないのです。そんな人が殺されでもしたら、下手をすれば京都との戦争になりかねません。そうなれば、帝国は終わりです。京都だけで、帝国を滅ぼせるんですから。
ただでさえ、我が国は核大国中国や大時計大国露国と帝国の関係は悪化の一途をたどるばかりなのですからこんな時に問題なんて起こさないでほしいです。
で、殺されたのは、この人形屋敷でパーティの主催者でもある人形職人の倉城道三さん。ナイフのようなもので心臓を一突きだそうです。死体を直接見たわけではないので詳しいことはわかりません。
あ、この情報は斎宮寺宮彦さんからです。情報収集と称してあの甘いルックスでいろんな人を誘惑しているらしいですね。
ああ、黒崎さんは相変わらずです。煙草求めて私のところに来ただけでしたし。持ってるわけないのに、なにしてるんですかあの人は。まったく、私は煙草如きのせいで、あんな思いをさせらえたと思うともう、殺意が湧いてきます。ええ、まったく、ええ、もう。
その上、いつの間にかどこかに消えてしまいますし、どうしてこうも自分勝手なんですかね。あの人は。呆れてものも言えません。
そういうわけですので、現在は昨日の舞踏会の会場に全員が集まっている状態です。ぴりぴりしてますね。被害に遭わないように壁際でじっとしておきましょう。こんなお偉方ばかりの場で何かしでかそうものなら、何をされるかわかったものではありません。
で、警察ですけど、今向かっているらしいのですが、生憎の悪天候で遅れるそうです。なんとか昼前にはついていてほしいですね。
「どうなるんでしょうね。これ。まあ、今回は出番なさそうですよね」
犯人の目星ついてますから。ええ、そうです。息子さんです。倉城良治。動機も十分だと思います。昨日口論してましたしね。ただ、証拠がありませんから、どうしようもないんですよね。今も、拘束はされてませんし。
「ん?」
ふと、何か騒ぎ声が聞こえてきました。聞いたことがある声も。
「あの人は、また」
何やら騒いでるのは黒崎さんのようです。酔ってやらかしたみたいですね。良い気味です。放っておきましょう。
「さて、警察が来るまでの間何もなければいいんですけどねえ。あ、そうです。現場見に行きましょう。さっさと証拠集めて安心したいですしね」
黒崎さん? 知りませんよあんたクズ。そんなことより、警察の人。たぶん不知火警部補が来るはず。お約束ですからね。同じ警部補さんしか来ませんよ。
常識人なあの人のために、私は直ぐに事件を解決できるように証拠を集めるというわけです。さあ、がんばりましょう。
というわけで、やってきました現場です。道三の書斎。死体にはビニールシートがかけられていて直接は見えないようになっています。そんなもの見たら正気度が減りそうなので好都合です。
指紋が付かないように手袋をはめて、探偵省で受けた助手の為の講習の現場検証を思い出して、さあ、始めましょう。
「え~っと、死体は後回して、とりあえず、荒らされてないかを確認っと」
ふむふむ、ほむほむ。
荒らされてはないですね。しいて言えば扉が吹っ飛んでいることだけですが、これは被害者が朝食に現れず不審に思った使用人さんたちがこじ開けたからでしたね。道三さんの部屋の鍵は一つだけで、それが部屋の中にあったそうです。
ええ、そうですね。密室殺人ですね。完璧な密室殺人ですね。窓には鍵がかかっていましたし。
「なんて、古典的な」
今更密室殺人などしてどうするつもりだったんですかね。自殺に見せかけるにしても、ナイフで心臓を一突きにしたら意味ないじゃないですか。どういうつもりなんですかね。
それにしても、
「この人形は、ちょっと、気色悪いというか。ちょっと、精巧すぎますよね」
書斎に置かれた等身大の人形。和装をしている。和装の女中姿とでもいうのだろうか。今時では珍しい。死体だと言われてもおかしくない。下手をすれば勘違いしてしまいそうになる。確かに、生きたような人形が道三さんの作風ですが、これだけは本当に、何か違う気が。
「おい」
「おや、これは、黒崎さんじゃないですか。何やってるんですか?」
「酒」
「……」
はあ、この人は、まったく。
「厨房でもらってきてくださいよ」
「面倒だ」
「じゃあ、事件現場を密室にする利点でも教えてください。それか密室の作り方でも。もしくは犯人でも」
なんちゃって、探偵な黒崎さんには答えられないはず。
「被害者を自殺だと思わせることができる。また、他殺と見破られて、容疑者と動機がはっきりしても、殺害方法に関する証拠などを警察側が立証できないかぎり、限りなく心証はグレーのままでも証拠不十分で釈放されることができる。
で、密室の作り方だが、合い鍵を使った。中から直接鍵をしめて、何らかの方法で外にでる。とか、色々だが、ここの鍵、特製特注京都製のウォード錠。もはや、芸術を超えてなんだこれっているレベルの鍵だ。複製なんてできるはずもない。となるとだ、中から閉めたんだろうな。で、窓から出たわけだ。この窓は一度開けて、こう――」
黒崎さんが窓を開けて強めに閉める。その衝撃で、窓の鍵が閉まる。
「――ほらな。ご丁寧に閉めやすいように細工までしてある。犯人は……倉城良治だろうな。遺産のもつれだ。遺産を売ろうとしていたそうだからな。だが、被害者は人形を売るなと言っていたらしいから、それが原因だろう。その証拠に、ほれ」
黒崎さんが何かを取り出します。
「倉城良治の部屋にあった。凶器のナイフだ」
「へえ…………え?」
え、あれ、えっと、目の前にいるのは黒崎さんですよね。あれ、こんな、え、と、こんなことに応えられるような人、でしたっけ? あれ? 別人じゃないですよね? 声の似ている別人とかそういうオチじゃないですよね? え、あれ?
「おい、団子。酒」
「は、はい」
どうにも、私は混乱したまま、お酒を厨房まで取りに行くことになってしまいました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふう……」
紫煙を吐き出す。
それと同時に、一人男が入ってくる。
斎宮寺宮彦その人。
「京都は、何を考えてやがる」
そう言った黒崎の口調は、普段とは考えられないほど強い。
それから、懐から取り出す招待状。
「送り付けてきてまで何をするつもりだ」
「いえいえ、何もないですよ。私としては、ね」
「傀儡薬まで流しているだろう」
「おや、御存知でしたか? いえいえ、知らないはずがないですよね」
「答えろ」
肩を竦める宮彦。
「答えようがありません。私としても上に従っているだけですからね。ただ、一つ。貴方が戻れば、全てが解決するんですよ」
「戻る気はない」
「なら、この問答に意味はありません。今回は、京都もあまり関係はないですよ。件の倉城道三が死んで、自動人形の完成はなりませんでしたからね」
「…………」
「ですが、所詮、意味はありません。どの道、あなたが恐れるアレは、すぐに来るのですから」
「二度と俺の前に現れるな」
にこやかに笑みを崩さない宮彦。彼は、そのまま扉を出ていく。その刹那、
「ああ、そうそう。あの人からの伝言です。いつまでも、待ってる、だそうです。席は開けているとも」
そのまま、宮彦は出て行った。入れ替わりで入ってくる椿姫。だが、椿姫は宮彦に気が付いたふうではなかった。
宮彦の服には特殊な加工がしてあり、望めば人の意識から外れることができるのだ。京都心理学の応用。京都製の技術の一つ。心理迷彩。意識の誘導など、人の意識に作用する。
無論、黒崎にはそれがわかっているため効果がないが、椿姫がそんなものを知るはずがない。京都の技術の裏に属するのだ。それは。表の技術は帝国に幾分かは出てくるが、このような裏の技術は京都でも一部の者しか使えない。
黒崎はため息をつく。
「はあ」
「? どうしたんですか?」
椿姫が溜息をついた黒崎に聞く。珍しく、どこかいつもと違う雰囲気を感じ取ったのだろうか。だとしたら意外に鋭い。黒崎はそう思う。
「それより、酒だ」
「わかってますよ」
その言葉に気を悪くしたのがわかる。だが、黒崎は気にしない。さっさと酒を受け取って口をつける。上質なウイスキー。うまい。
「で、何かわかりました?」
彼女が聞いてくる。
黒崎は、何も答えない。
答えは、知っている。
だが、それを言うことはない。知っていることを、彼はもう誰にも話すことはない。かつての大戦の終結の時にそう誓ったのだ。
だから、何も言わない。
「さあな」
「まあ、いいですよ。期待してませんでしたし。探偵の出番なんてなく、犯人は息子の良治でしょうしね。一応、指紋、残ってるみたいですし」
「そうか」
また、むっとしたのだろう。表情がそういっている。だが、何もしない。何もできない。何もかもができる。何もかもを知っている。けれど、どの方法も彼は取りたくはなかったのだ。
なぜなら、
「面倒だ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
むぅ。
「何を唸っている」
「唸ってません」
「そうか」
「そこは、もっと踏み込むところじゃないですかね」
「面倒だ」
この人は……。
「はあ」
なんでしょう。この人がわかりません。
ああ、事件ですが、無事に解決しました。ええ、あのあと、警察が来て、探偵権限による証拠で、はい、終了、となりました。倉城良治は無実だと騒いでましたけど、指紋も出たそうですし、ええ、確定です。
そんなわけで、事件解決。あの、これで、良いのか。なんでしょう、釈然としません。
「はあ、あの、黒崎さん。って、あれ、どこに」
いつの間にか、また黒崎さんは消えていました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい、起きているんだろう。楓」
男が私の名を呼ぶ。父にしか呼ばれたことのない名前。その名前を、誰も知らないはずの名を誰かが呼ぶ。
男だ。中年の男。データの中にその男はいた。京都の、男。嗅覚には酒と煙草。探偵省のデータの中にも。
黒崎伊織。
データの中にあった名前。どこか懐かしい名前。探偵。
「何か、ご用ですか」
私は、目の前の男に声をかけた。
事件が始まったら、終わりました。
まあ、今回の話はちょっと、黒崎さんについてのお話、京都のお話、そしてこの世界についてのお話なので事件なんてスパイスです(おい)。
などど、推理小説にあるまじきことを言っていますが、事件は終わってませんよ。終わったように見えて、終わってません。
次回で、解答です。では、また次回。




