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 聞きなれない目覚ましの音が響く。聞いたことのない音だ。どこか上品さを感じる目覚まし時計の音。うん、なんだろう。そっと、目を開けて。閉じそうになる瞼を必死に開けて。

 夜ではない明かるさを感じとる。


「あ、れ……?」


 朝。うん、いつもよりも早い時間だと思う。土砂降りの雨が降っている気がする。音がする。実際に目にしてないのでそれはわからない。

 よくわからない。うん、わからない。まず、自分のベッドはこんなにもふかふかだっただろうか。そんなはずはないだろう。家ではやっすい堅いベッドだった気がする。

 ……うん、押したらそのまま埋もれてしまうほどふわふわ。


「う、ん?」


 重い瞼を開けて、一回閉じかける瞼を頑張って開いて。そこに写るものを、なんとか認識しようとする。

 こんなに自分の部屋は広かったけ? こんなに高そうなものばかり置いてあったけ? ないはず。ないです。ない。


 聞こえてくる鳥の囀り。今じゃ、すっかり聞かなくなった朝を告げる歌声は、私にここがいつもの自分の部屋ではないことをわからせるのには十分でした。

 ぼんやりと、頭を上げる。うつ伏せに寝ていたらしい。


「起きたか」


 ふと、そんな声が降ってくる。知っているような、知っていないような、でもやっぱり知っているような声が。


「……?」


 誰の声だろう。聞きなれているような声な気がする。うん、聞きなれていたはずです。それでいて、あまり聞きたくない声のような気もします。

 男の人の声。若そうで、あまり若くないような。体力のない駄目人間のような声。

 あと、匂い。煙草とお酒の染みついた匂い。誰だかわかりそうで、でもそのお酒の匂いは、私の寝起きの頭を、更に眠りに叩き落とすには十分で。


 朝は、苦手。そう、苦手。だから、ここで眠ってしまうのは不可抗力で。たぶん、誰かいるのでしょうけれども。不可抗力なら、仕方ないですよね。そう、仕方ない。


「しかた、ない、ですよ……ね……」

「おい、起きろ団子」

「……むぅ?」


 呼ばれた。名前じゃないけど、確かに呼ばれた。名前じゃないけど。うん、不本意な呼ばれ方。こんな呼び方をするのは一人だけ。黒崎さん。あの屑で、甲斐性なしで、塵で、体力なくて、アル中で、ニコ中な駄目人間だけ。

 ああ、そうか、じゃあ、目の前にいるのはあの黒崎さんなわけですね。

 声のする方にただ、首を動かす。


「?」


 ただの美中年でした。誰でしょう。確かに黒崎さんのような気がするのですが、ぼやぼやした頭では、わかりません。それよりもこのお酒の匂いは、やめてほしいです。眠く、なります。

 すとん、と上げた顔は、ベッドに落ちて。やわらかい感触が全身を包む感触にまどろんで。

 でも、目の前の人は、そんな私を許してはくれないようで。二度寝させてくれないようで。


「起きろ。目覚めてるだろ。早く起きろ。仮にも男の前で、その恰好はないぞ」


 ん、やっぱり、黒崎さんの声。ああ、そうだ。そうそう。確か、パーティーに来てて、黒崎さんが黒崎さんじゃなくなって、でも、やっぱり黒崎さんで。あれ、わからない。でも、確かに、そう確かに黒崎さん。


 すぅ、とぼやぼやしていた頭がすっきりしてくる。ああ、そうそう。パーティーに来ていたんでした。そう、知っています。この部屋は昨日泊まった部屋。

 朝はいつもこう。いつも色々と抜け落ちてわからなくなります。昔からそう。治らない。一人で住んでいると気はいい。誰にも見られませんからね。でも、誰かと一緒だと、今みたいに、黒崎さんとかに――。


「…………え? あれ? え?」


 急激に意識が覚醒する。ぼやぼやしていたものが、すっきりする。視界がはっきりとする。

 そう、確かに目の前に黒崎さんが立っている。そう認識する。その前に、自分の状況を認識した。

 そういえば、そう下着一枚。フルスリップだけ。黒崎さんの前でスリップ一枚。

 誰かに見せる格好ではない。ましてや異性に見せるような格好ではない。


「え、え? ちょ、ちょっと、待って、え、なに、これ? 罰、げーむ?」

「起きたか。よし、どうやら、何かあったようだ」

「え、え?」


 見られている。見られている。

 平然と。黒崎さんは真正面から私を捉えて。何かを話している。うん、黒崎さんから話してくるなんてとても珍しい。きっと、土砂降りか、槍が降ってる。それか、殺人事件でも起きてる。

 いつもならそう思うところです。ええ、でも、いまは、そんなこと、どうでも良いです。重要なことではありません。

 目下、重要なことはそう、こんな格好の女の子の前に、いて平然と目も逸らさずいることです。


「なんで」

「ん?」

「なんで、いるんですか!! 起きるまで待ってください。こっち、見ないでください!! 見るな! なんで、平然としてるんですか!!」

「お前の貧相な魅力も何もない身体なんぞ、見ても欲情しないからだ」

「な゛!?」


 な、なななななな! な、な、なんて人ですか! 言うに事欠いてそれですか。確かに、確かに、ええ、同年代の女の子と比べて、確かによく発達しているとは言えませんよ。豊かではないですよ。確かに少し貧相ではあると自覚はしていますよ。ええ、してますとも。

 でも、でも、でも!!

 それでも、少しはあります。逆に、ほかの人よりも腰とかは細いですし、足も細いです! ええ、確かに肉感的な魅力には劣っているとは思います。ええ、自覚はありますとも!! どうしようもないじじつですからね!


 それでも、ええ、それでも、魅力、あると思います! いえ、あるはずです。こればっかりはわかりませんが、少しはあると思っています。そう思っていないとやりきれませんから。

 これでもラブレターくらいもらったことあるんですよ。少しは魅力あるってことに他なりませんか? そりゃ、モテる子とは、雲泥の差ですよ。

 うらやましいと思いますよ? でも、でも、それでもですよ。それほど、悪くないかなって、おもってるんですよ?


 それを、それを、この駄目人間は、言うに事欠いて、貧相で、魅力がないとか。ああ、ええ、聞き間違いじゃなりませんとも。言ってましたよ。確かに。さて、どうしてくれましょう。

 ええ、そうですね。でも、まずは、その前に。


「ここから、出ていけええええええええ!!!!」


 私は全力で、枕を投げました。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「…………」


 あの塵屑クソ野郎駄目人間を追い出して、私はベッドに倒れこみます。恥ずかしい。ただ、ただ恥ずかしい。朝が弱いからって、よりにもよって黒崎さんの前で、あんな恰好で、いるなんて。そう、そう、ただただ屈辱。恥ずかしい。

 このまま寝てしまおうか。何か用があるみたいでしたけど、知りません。知るもんか。寝てやる。寝てやる!


「…………」


 そう、ぼすりと枕に顔を埋めるんですけど。


「眠れない……」


 うぅ、どうやっても眠れない。起きるまでは大変なんですけど、私、一度起きてしまったら、眠れないんです。

 はあ、仕方ありません。あんな恰好で寝ていた私の責任もありますし。忘れることにしましょう。そうしましょう。そういうこともあるってことにしておきます。何もありませんでしたし。これで、何かあった暁には、どうしてくれましょうか。


 色々と浮かび上がっては消えていく感情を振り払って。

 そうですね。このまますぐに出て行って要件を聞いてあげてもいいですけど。それはそれで癪です。ええ、ですから、少し嫌がらせをしてやりましょう。それほど切羽詰ったことなら、何かしらの反応があるでしょうし。

 お風呂に入りましょう。


 そういうわけで、湯船にお湯を張って、


「ふぅ……」


 一息。

 良きかな朝風呂。昨日はあまり気にしませんでしたが、この浴室、窓張りだったんですね。晴れてればよかったんですけど、生憎の雨。それでも、明るい中入るというのは気分が良いです。


「…………」


 ついでに、自分の身体を一瞥。


「そんなに魅力ないですかね」


 お肌とか瑞々しくて良いと思うんですけど。ほっぺとかもちもちなんですよ。伸びるんですよ?

 それを、黒崎さんとはいえ男の人にあそこまでコケにされれば、さすがに、ね。んー、良いと思うんですけどね。そりゃ、男の人っておっぱい星人ばっかりですけど。

 って、いやいや、何を考えてるんですか私は。そうです。こんなこと考える必要なんてないんです。そうですよ。必要ないです。まだまだ。うん、まだ。


「おい」

「…………」


 あれぇー、オカシイナアー。ナンデカクロサキサンのスガタガ見えるぞおーー。

 …………。はい、ええ、なんでいるんでしょうね、この塵屑変態駄目人間は。何、当たり前な顔して浴室の中にいるんでしょうね。


 ああ、人間って本当に怒ると何も考えないんですね。まあ、いいです。そんなこと、重要じゃありません。ええ、まったく。このクソは、何をしてるんでしょうね。寝起きに侵入するわ、馬鹿にするわ、挙句の果てに、こんな変態行動に出るとは。

 人間の屑だとは思っていましたが、まさか屑よりも下だったとは驚きです。ええ、本当に。


 さて、どうしてやりましょうか。一度、懲らしめることにしましょうか。ああ、でも、絶対の塵糞屑変態駄目人間には効きませんよね。なら、いっその事……殺してしまおうか。


 そんな、私の一種、興奮状態の思考は。


「きゃあああああああ―――」


 悲鳴によって、一気に平常モードへと戻ったのでした。


「え?」


 なんというか、黒崎さんが珍しく、あちらの方から自発的に話しかけてきたときにした、私の最悪の予感が当たってしまったのでした。


気が付いていたら書き上げていた。それもこれも、あの某スチームパンクゲームが悪い。悪乗りしすぎた感がありますが、気にしたら負けな気がします。


はい、というわけで、話が進みませんでした。すみません。いえ、そろそろ次にでは事件が始まります。はい、始めます。


では、次回も宜しくお願いします。


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