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開幕早々ですが、私、ピンチです。絶賛、大ピンチです。大々大ピンチです。何でこんなことになっているのかわからないくらい。いや、わかってますけど。ピンチです。
とにかく、ピンチなんです。大ピンチなんです。
「おい、早くしろ」
どの口が言いますか、どの口が! だいたい、何で私が黒崎さんと。
…………はあ。ひとまず、説明を致しましょう。
私は、黒崎さん(美)と会ったあと、無視を決め込み、さっさとパーティー会場に入ったわけです。それから、パーティーが始まったわけですが、
「何で、何で私が踊ることになっとるんですかー!?」
そうです。何でか知りませんが、私、黒崎さんと踊ることになっていたのです。いえ、実は何でかはわかっているんです。はい、私の不手際です。不注意です。
はい、実は、あの招待状、ペアでこれるようになってました。はい、私は気にしなかったというか、あの、読んでなかったというか。どうやらダンスについて書かれていたそうで。はい、自業自得です。
つまり、招待状には必ずダンスすることになるので、ペア連れて来てね、と書いてあったそうです。舞踏会なんて聞いてません。
ええ、まあ、はい、えっと、その、百歩、いえ万歩、いえいえ億歩、いえいえいえ兆歩譲ったとして、それは良いとしましょう。一応、教養として舞踏会のダンスくらいならば、踊れます。
ます、ますが、問題は相手があのものぐさで、やる気0で、面倒くさがりで、横着で、ニコ中で、アル中で、体力がなく、デリカシーがない、乗り物に乗ると必ず酔う自称睡眠病の超スーパーウルトラハイパー駄目人間、駄目人間の中の駄目人間、キングオブ駄目人間の黒崎さんであることです。
あの人が舞踏会のダンスなんて踊れるはずがありません。壁の花でも良いんですが、他の参加者が全員踊ってる中でそれは悪目立ちです。小市民な私は、京貴族や大物たちのあの視線には耐えられません。黒崎さんは知りません。
それにです。仮に、仮にですよ、本当に本当に0に近いくらいのパーセントくらいの仮にです。黒崎さんが踊れるとしましょう。
しかし、黒崎さんは、ニコチンとアルコールに身体を蝕まれ、三十路前だというのに体力が悲惨なくらいありません。それは、前回で実証済み。そんな黒崎さんがダンスなんて激しい運動に耐えられるとは思えません。始まってすぐ動けなくなるに決まってます。
「無理に決まってます」
「何を言ってる。早くしろ」
ええい、誰のせいでこんなに悩んでいると思っているんですかこの人は! ええ、わかりました。ええ、ええ、わかりましたとも。やってやらー!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
結果から言います。とてつもなく。甚だ不本意、というかなんというかな結果でした。
意外や意外。こんなことがあって良いのか。
ええ、踊れてしまいました。むしろ、リードされてしまった。男がリードするのが当たり前ですが、黒崎さんに期待するだけ無駄だと思っていましたから。
「いったい、どこで覚えて…………」
黒崎さんにリードされてしまったことを忘れようと、とにかく何か話題を振る。だいぶ私的に蒸し返すような自爆したような話題ですが、好奇心には勝てないのです。
のですが、黒崎さんを見る目が見下すようになりました。はい、そこには、床に無様に倒れ伏ながらも高い葡萄酒を飲み干す駄目人間の姿がありました。
汗をかき息も絶え絶え。無様なことこの上ありません。
「…………」
死にたくなりました。
何故、何故、私はこんなのにリードされてしまったのでしょう。こんな人間のクズみたいな人に。
溜め息をつきたい所ですが、今は我慢。ここは舞踏会の会場です。こんな場所で溜め息なんてついたら評判はどうなるやら。
あ、隣で床に這いつくばってるのは無視です。
「うん?」
何でしょう。なにやら――。
「騒がしいような」
原因はすぐに見つかりました。老人と若い男が言い争いをしているようです。
ふむ、どうやら老人の方はこのパーティーの主催者のようですね。あら、珍しい。来ないことで有名なのに。
じゃあ、言い争ってる人は、誰?
「息子さんですよ」
「へぇ、息子さん」
ん、はて、応えてくれたのは誰でしょう。どこかで聞いた声ですね。それも最近。ああ、そうです。変わり者の京貴族、斎宮寺宮彦さんでしたね。見つからないようにしてましたが、そうもいきませんか。
「どうも、また会いましたね」
「ええ、奇遇ですね」
なにが、奇遇ですね、ですか。明らかにわかっててやってますよねこの人。ああ、京貴族との対応マニュアル通りには行かない京都の人は苦手です。大っ嫌いですよ京都なんて。確かに便利で過ごしやすいですけど、人を見下したあの態度はいただけません。
まあ、今の私には関係のない話ですし。こんなパーティーも目立たないように終わらせようと思ってますし。
一先ず、黒崎さんとの関係をばれないようにしながら、適当に話しましょう。色々と聞いてみたいですし。言い争っていることとか。
「それで、なんで言い争っているんです?」
「おや、まさか、会話を続けてもらえるとは思いませんでした。船では、あまり乗り気なようには見えませんでしたから」
バレてたんですか。バレてないだろうと思っていましたが、いえ、そうですね。あの魔界とも呼ばれる京都の社交界に身をおいているのですから、これくらいは当然ですか。バレてないと思っている方がおかしいですね。
「すみません。あなたのような高貴な方とお話しできるとは思ってもいなかったので」
「おや、これは異なことを言う。貴女も相当と思いますが」
「ふふ、まさか」
ぬおおおおおおお。なあにが、ふふ、ですか。うう、自分で言ってて気持ち悪い。仕方ないとはいえ、こんな喋り方もう二度としないと誓ったのに。
「では、そういうことにしておくとしましょう。では、本題に。遺産のもつれという奴らしいですよ。どうにも、そういった類は理解ができないのですが、倉城道三はその筋では相当量の額を持っていると噂です。全て人形という形らしいですが。息子の倉城良治はそれを売りたいらしくて対立しているらしのですよ」
「はあ、そうなんですか」
「まあ、単純に酔っぱらっているだけなのかもしれませんね」
ふむ、これは、少し事件の香りがする気がするような気がします。何事もなければよいのですが……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「では、こちらにどうぞ。ごゆるりとおくつろぎください」
深夜近くまで続いたパーティー。私は、なぜか、斎宮寺さんに絡まれ? 続け、ほかの参加者の女性に睨まれ続けました。結局、あのあと何も問題はなく、いつの間にか、あの諍いは終わっていました。どういうことなのやら。黒崎さんもどこかに消えてしまいましたし。
はあ、疲労困憊です。疲れました。緊張しっぱなしで非常に肉体的にも、精神的にも疲れてしまいました。
「うぅ」
ベッドに現在大の字。はしたないとか、言わないでください。私でも、わかっていますがベッドのふかふか加減が絶妙で、動きたくないんです。
このまま眠ってもいいんですけど。このまま寝ると、せっかくの衣装が台無しになります。貧乏性な私としては、そうなるのはいただけません。この日用の寝巻やらまで準備されてましたから、そちらに着替えましょう。
ああ、その前にシャワーくらいは浴びることにします。冷や汗とか、色々とかいてしまいましたので、気持ち悪いですし。
こういった御屋敷に各部屋に浴室があります。大浴場なんてものは基本的に館の主人とかそういった人たちしか使えません。ええ、たとえ、京貴族であってもです。ホストに招かれたゲストなのですから当然です。
それに、いちいちそう言った客が入っているのを待っていれば深夜になってしまいますしね。それに、客室もある程度グレードがあって、良いところは其れなりの客室みたいです。私のところも、それなりの部屋みたいですしね。
着替えを持って浴室に行きます。ある程度の広さを持った浴室ですね。まあ、今回は使いません。シャワーだけです。今から湯を張っても良いのですが、たぶん、溜めている間に眠ってしまいますからね。残念ながらシャワーです。
「ふう」
シャワーのお湯を浴びる。身体を伝って流れる水と共に、疲れが流れていくようでとても気持ちが良い。程よい温度よりも少しだけ高い温度のお湯は私の身体をしっかりと温めてくれる。他人の家なので、水道代を気にしないでいいのが、良いですね。目いっぱい水を使っても何も言われませんし。
髪を洗えば、水が泡を流していく。肌を流れる泡。高級なシャンプーで泡立ちは良い。流れる泡がくすぐったいくらいにはよく泡立つ。
その全てを流してしまえば、とても気持ちが良い。身体を乾かして、髪をそこそこに乾かして。寝巻――というかただのフルスリップ。それでも、熱で火照った体にはそれはちょうどよくて。疲れもだいぶ流れて、ほのかな疲れは睡魔を連れてきます。今度こそ、そのまま眠ってしまいました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふう……」
探偵事務所よりも遥かに月に近い屋敷の一室で、黒崎は紫煙を吐き出した。深いため息も交じっている。一日。そう一日、吸えなかったのだ。ニコチン中毒で、禁煙なんて以ての外な彼にとっては、地獄のような時だったと言える。だが、それも部屋に来れば問題はない。メイドなどに迷惑はかかるが、彼にとっては問題などない。
「ふう」
もう一度吸って、吐く。
月を眺める。満月だ。綺麗な。
「さて、本当か。完成したというのは」
珍しい昔馴染みが送ってきた手紙とパーティーの招待状。彼がここに来たのは手紙の内容が理由だ。それがなければ、こんなところには来てはいない。
予想外であったのは、名前も覚えていないアルバイトで雇っているが役にあまり立っていないと思っている助手の存在。まさか、こんなところにいるとは思っていなかった。彼女の家の事情を黒崎は知っているためなおさらだ。こんなところで会うのは本当に予想外のことであった。
「まあ、いいか。どっちにしろ。な」
煙草を灰皿に押し付けて。ソファーに寝転がる。
いてもいなくても何も変わらない。
彼がやることは決まっているのだ。
「本当に、完成しているのか。あの人形は」
ソファーからでも月は見える。その月を見上げる。見えるものがある。雲の切れ間から、不夜城が見える。そこに浮かぶ都が見える。
「京都は、何を考えてやがる」
そう呟いて、彼は静かに目を閉じるのであった。
はい、遅くなってすみません。その上、短くてすみません。
時間がなかったことと、法事とかがあったので、本当にすみません。
これからも遅くなることがあるかもしれませんが、最後まで頑張りますので、これからも宜しくお願いします。




