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 人形屋敷。

 海島区(かいとうく)にある島を例外的に個人所有することを許され、その島に作られた倉城道三(くらしろどうざん)の屋敷は、(ちまた)ではそう呼ばれていました。

 何でも倉城道三の屋敷には、そこかしこに人形が置いてあるのが由来らしいです。古めかしい洋館で、屋敷のいたるところに人間にしか見えない人形が置いてあるそうです。怖いですね。


 そこでは、年に数回ほど、盛大なパーティーが開かれます。財政界の大物や芸能界の大御所、由緒ある京貴族(きょうきぞく)。その他、倉城道三を支援する人達が集まるパーティーです。

 彼の本懐である生きた人形、自動人形を作るのを支援している人達とかを労うとか感謝の意を表すためのパーティーですね。

 まあ、当人である倉城道三はほとんど出席しないらしいので、専ら無礼講のコネ作りの場として活用されてるらしいですけどね。


 ん? 何でそんな話をするかって?

 それは、私が、そんな場所に、そんな憂鬱な行事に。現在進行形で向かっているからです。

 倉城道三が所有する島への特別直通の船の中。それが、今私のいる場所でした。


「はあ」


 思わず溜め息が漏れてしまいます。気晴らしに甲板にでたは良いですが、あまり効果はなかったようです。

 船の欄干に寄りかかり下を眺める。そこには、波輝く純蒼(じゅんそう)の海。遠くには白灰(はくかい)色の海島区が広がりを見せています。

 空模様は悪く。私の気分を表しているようです。


「はあ」


 普段からついてる溜め息ですが、こんな状況でさらに増えます。

 溜め息をつくと幸運が逃げる。人間個人の幸運の量は決まっているらしいです。私の幸運、あといくつ?

 きっとかなり少ないでしょうね。は――危ない危ない。また溜め息をつくところでした。それもこれもあの招待状が。


「はあ」


 あ、ついちゃった。


「はあ」


 こうなると駄目ですね。せめて何か気晴らしがあれば良いのですが。

 半ばVIP専用の船と化しているこの船には、勿論、遊戯室があります。短い時間ではあれど、快適な船旅の為です。

 ですが、そこには顔もあわせたくないような(やから)ばかりが集まっていました。


 選民意識に凝り固まった京貴族とか。

 それに(へりくだ)る人とか。

 楽しげに話しながら裏で腹の探り合いをしている政治家とか。

 その他、大勢。

 何とも嫌な連中ばかり。どいつもこいつも腹の中真っ黒。私としては、どんなことがあってもお近づきになりたくない方々ばかりでした。


 そういう理由で、気晴らしの為に遊戯室に行くことは出来ません。同じ理由で食堂もです。そんなわけで、甲板に出て、何か気晴らしはないかと探していたわけです。


「はあ」

「お困りですか、可愛いお嬢さん」

「はい?」


 そこにいたのは、真っ白なタキシードを来た青年でした。

 如何にもな好青年です。ハーフでしょうか。言葉に変な訛りもありませんし、彼の髪は、染めていないふわふわの金髪でした。眼の色も淡い青です。

 ふむ、何とも御伽噺(おとぎばなし)の王子様やら貴公子やらなんやらが似合いそうな方ですね。

 あまり、私の好きなタイプの人間ではないですね。


「何か用ですか?」

「いえ、溜め息をついていらしたので、何かお困りなのかと思った次第で」

「別に、何でもないです」


 私は、そう言って断りました。

 特に困ってない――正確には、少し暇すぎて困ってますが、他人に何かされるほどではない――ので、必要ありません。この手の輩は面倒くさいですからね。関わらないに限ります。


「あんなに溜め息をついていたのですから、それはないでしょう」


 む、そんな前から見てたんですか。…………ストーカー? いえいえ、流石にこの船に乗っているんですから、それはないでしょう。


「必要ありません。それよりあなた誰ですか」

「ああ、申し遅れました。斎宮寺宮彦(さいぐうじみやひこ)と申します」

「斎宮寺……」


 斎宮寺家ですか。京貴族の中でもかなりの大物じゃないですか。確か侯爵の爵位持ちだったはずです。

 しかも、宮彦。変わり者で有名――悪い意味で――な斎宮寺家の長男だったはず。

 ともかくあちらが名乗ったならば、此方も名乗らねば鳴り止ません。


「……私は、椿姫と申します」


 両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。

 ……貴族の挨拶は、久し振り、ですね。


「うん、知ってる」


 …………。


「そうですか。光栄です」

「では、お互いの名前も知れたところで、話の続きしようか」


 言外にさっさとどっか行け、と言うメッセージを含めたつもりでしたがどうやらこの青年には届かなかったみたいです。

 今の私には、こんな雲の上の人の言葉を断るなんてできません。


「わかりました。暇なので、退屈してただけです」

「そうでしたか。なら、僕と同じですね。そうです。僕と話しませんか?」


 断るなんてできませんでした。


********


「では、また」


 そう言って彼は去って行きました。

 まあ、蓋を開ければ普通の青年でした。なるほど、変わり者の京貴族と呼ばれているのも合点が行きます。あまりにも普通過ぎますから。


 でも、それは良いんですけどね。何だかんだ言って時間は潰せましたし。い、良い人では、ありましたし。

 こ、こほん。さ、さあ、行きましょう。どうやら着いたみたいですからね。


 船は停泊しています。目の前には、山と霧に隠れた館が見て取れました。天気が崩れて来たので、ミステリー小説などなら何とも事件が起きそうな雰囲気です。

 あれが人形屋敷。何とか無事、終わることを祈りますか。


「はあ」

「ん?」


 何でしょう。見知った溜め息が聞こえたような。


「はあ」


 またです。どうにも黒崎さんっぽい溜め息が聞こえるんですよね。こう、いかにも気怠げでやる気なさげな駄目人間特有のオーラというか何というかを感じさせる溜め息が、聞こえたような。

 いえいえ、そんなはずはありません。筋金入り、正真正銘、完全無欠の駄目人間である黒崎さんがこんなところにいるわけがありません。


 あはは、幻聴ですね。溜め息をつきすぎてついには幻聴ですか、笑えませんね。あの肥溜めと言っても差し支えない事務所から、あの人が自主的に外に出る何て、世界が滅亡しようとあり得ませんよ。


「はあ」


 …………はい。ええ、わかっていますとも。わかって、いますとも。わかって、いま、す、とも。

 紛れもなく黒崎さんの溜め息ですよ! あんな、どこから聞いても駄目人間であることがわかるような溜め息は黒崎さん以外に出せるはずがありません。


 はあ〜あああああ。何でここまで来て黒崎さんの相手をしないといけないんですかーー。もう、私、こんなところにいるだけであっぷあっぷしてるっていうのに。

 こ、こうなれば無視してしまうに限ります。そうです。無効は、気がついてないはずですし、私はまだ黒崎さんを見ていません。これならまだ、気付かなかったで済まされるはず。


「ん、なんだ、団子か」


 …………はい。何でこう、タイミングが悪いんですかね。私の運が悪いだけですかね。

 しかし、気がつかれてしまったのなら仕方ありません。呼ばれてしまったのなら仕方ありません。


 私は、軽く溜め息をつきながら、振り返りました。


「……えっ」


 気がつけば、そんな気の抜けた声が、私の口から漏れていました。それも仕方のないことでしょう。

 なぜなら、そこにいたのは、黒崎さんとは似ても似つかないような美中年だったからです。整った黒髪に綺麗なスーツ。これこそ大人、という私に感動すら与える格好の男の人。


 はう、と、感嘆の息を漏らしてしまった私を誰が攻められましょう。今まで黒崎さんや平野刑事のような駄目な大人を見続けて来たんです。こんなまともな方を見たのは、久し振りですよ。仕方ありません。

 しかし、ならば黒崎さんの声は、どこから――。


「何、やってる団子」

「いえ、軽く現実逃避を」

「そうか」

「…………」


 …………はい。ええ、わかってましたとも。ええ、ええ、わかってましたとも。ええ、ええ、ええ! わかってましたとも!

 この目の前の人が黒崎さんだということはね! 私の一瞬の感動を返せ! うぅ、一瞬でも、格好いい、とか思った過去の私を殴り殺したい。


 何ですか、何なんですか! いつもの髪ボサボサで、ヨレヨレの白衣を着た駄目人間が、どうして、髪整えて、きっちりしたスーツ来たらあんなことになるんですか! 詐欺です! 卑怯です! 犯罪です!

 それだけなら飽きたらず、さっきから、女性の視線を釘付けですよ?! そこの娘、気づけ、そいつは駄目人間だぞ!?


 ああああーー。何で、私がこんなイライラしてるんですか?! イライラしなくちゃいけないんですか?! それもこれも黒崎さんのせいだ。そうだ、そうに違いない。あの駄目人間めぇ。


「何、顔芸やってんだ」

「やってない!!」


 あー、もおー。何でこうなるのー。


********


「やった、やったぞ。あとは、これだけだ。あとは、これで」


 老年の男が、そんなことを誰も、他に人間のいない部屋で呟く。

 京都特注の空間投影型コンピュータに向かって、熱にうかされたかのように譫言(うわごと)を並び立てながら、仕切りに何かを打ち込んでいく。


「もうすぐだ、もうすぐ」


 さながら誕生日にプレゼントを、クリスマスにサンタクロースを待つ子供のような、汚らしい大人の笑みで、老人はコンピュータに何かを打ち込んでいく。

 そこに、扉をノックする音が響く。それから侍女(メイド)の声。


「旦那様、パーティーの御用意が整いました。出来れば、御参加の方を――」

「五月蝿い。ワシは忙しい」

「申し訳御座いません。では、皆様方にはそのようにお伝えします」


 侍女は、去った。

 男は、作業を続ける。彼の背後では、人にしか見えないもの言わぬ人形が、彼を見ていた。



はい、あけましておめでとうございます。

そして、更新が遅くなって申し訳ありません。色々とリアルが忙しかったり、寝正月を満喫していたり、親戚との酒盛りにつき合わされそうになったり、色々やってました。


これからは、まあ、一月中はどうなるかわかりませんが、定期的に更新していきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。


そろそろ事件を起こしたいんですが、なかなかそこまで行きません。プロット通り進めるのは難しいですね。


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