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シスコン夫と結婚したはずですが、どうも様子がおかしいです  作者: 槙村しろ


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8.決断

 アルフォンス・ド・ベルナールは、かつてルミナール王妃に仕える護衛官であった。

 ベルナール伯爵家は代々軍人を輩出する家系であり、彼もまた父や祖父と同じように、王直属の軍に所属し、数々の戦場を渡り歩いた。

 戦地から帰還した彼はその戦功を讃えられ、国王夫妻に拝謁する栄誉を賜る。

 そして、緊張に顔を青ざめさせる彼に、王妃はやわらかな微笑みを向けて言った。


「そう固くならないで。私の前では自然体でいいのよ」


 その言葉に、アルフォンスはふっと肩の力が抜けるのを感じた。長く軍に身を置いてきた彼にとって、王族からそのような言葉をかけられることは、思いもよらぬことであった。


 王妃の護衛官に任命された彼は、やがて王よりも長い時間を彼女と共に過ごすようになる。


 政治には疎いが、その代わりに、誰に対しても深い慈愛を向ける人であった。王や子供たちはもちろん、アルフォンスたち家臣にも分け隔てなく接した。

 その愛情は国民にも注がれ、戦争や災害で疲弊する人々を案じ、ときには王に進言することもあった。


 だが、実権を持たぬ彼女の言葉が聞き入れられることはなく、不満を募らせた市民によって、やがて王宮は取り囲まれることになる。


 王族たちは王宮を追われ、王都の外れにある古い塔へと幽閉された。

 多くの家臣は市民の襲撃に恐れをなして外国へ逃亡していったが、アルフォンスだけは、なおも王妃の傍を離れなかった。


 幽閉という過酷な生活の中にあっても、彼女は常に引き離された夫や子供たちの身を案じていた。

 そして、自らに言い聞かせるように、繰り返しこう呟くのだった。


「今に必ず、アストリアから助けが来るわ」


 彼女は父アストリア王が、必ず自分たちを救い出してくれると信じて疑わなかった。


 だが、ついぞ救援が訪れることはなく、王妃の処刑が執行される日を迎えた。

 アルフォンスは彼女が断頭台へと向かうのを見届けた後、単身ルミナールを脱出し、サルディアへと渡った。


 そこで他の亡命貴族と共に、ルミナールの王政復古を目指し動きを始めたのである。

 


 ディアナは月明かりを頼りに、船の甲板から揺れる波を一人見つめていた。

 風も潮も穏やかで、このまま順調に進めば、明日にはサルディアへ着くだろう。


 ラウルの使命とリリアの正体、そしてアルフォンスの目的。点と点が繋がり、ずっと感じていた違和感が晴れていく。


 ほんの数日前まで悩みといえば夫や実家との関係くらいだった自分が、今や国家を巻き込んだ陰謀の渦中にいる。

 全てが物語の中の出来事のように思えて、全く実感が湧かなかった。


「眠れないのですか」


 船室から出てきたアルフォンスがそう声をかけてきた。


「夜更かしは身体に障ります。早くお休みになったほうがよろしいですよ」


 わざとらしくおどけてみせる彼を、ディアナは鋭く睨みつけた。


「……私をアストリアに返してください」

 

「それはあなたの夫次第だ」

 

「仮にあなたの望みが叶い、ルミナールの王政が復活したとしても、もうアストリアとは、かつてのような友好関係を築くことはできないでしょう」


 何を言っても悪びれぬその態度の彼に、ディアナは苛立ちを抑えることができず、思わず言い放った。


「友好関係?」


 その一言に、アルフォンスの眉がぴくりと動く。


「……では、なぜアストリアは王妃様を見捨てた?」


 低く押し殺した声で問われ、ディアナは言葉を失った。

 

「王妃様は処刑されるその時まで、必ずアストリアから助けが来ると信じていたんだぞ!」


 静まり返った夜の海に、アルフォンスの声が響いた。

 

「王妃様を見捨て、あろうことか革命政府と密約を交わす裏切り者との友好関係など、こちらから願い下げだ!」


 吐き捨てるように言うアルフォンスに、ディアナは返す言葉もなく、ただ俯くしかなかった。


「人質は部屋に戻せ。身投げでもされたら困る」


 アルフォンスは部下にそう命じると、そのまま踵を返し、自室へと戻っていった。


 

 翌日の昼。

 ディアナとアルフォンスを乗せた船はサルディア西端の港へと入港した。

 港から馬車を走らせ、郊外にある王党派貴族の拠点へと向かう。

 しかし、数時間かけてたどり着いた先に待ち受けていたのは、銃を構えた憲兵たちであった。


「誰に銃口を向けているのかわかっているのか」


 アルフォンスが低い声で問う。

 しかし憲兵たちは顔色一つ変えずに答えた。


「王のご命令です」


 その一言に、アルフォンスの表情が凍りつく。


「馬鹿な! サルディア王は我々の支援者のはずだ!」



 同時刻。サルディア王宮・謁見の間。

 そこにはラウルの姿があった。


 鋭い眼光で王を射抜くラウルとは対照的に、サルディア王は落ち着かぬ様子で、しきりに周囲へ視線を巡らせている。


「妻はまだ見つからないのですか。もし妻の身に何かあれば……」


「わかっている。すでに憲兵を派遣した。まもなく報告が上がるはずだ」


「今回の件、サルディアも責任の一端を免れません。そのことは、くれぐれもお忘れなきよう」


 あえて一歩も引かぬ態度で言い切るラウルに、サルディア王は顔色を失った。


 前日。

 ディアナの救出に失敗し、アストリアの港に一人取り残されたラウルは、即座にサルディア行きの船へと乗り込んだ。


 到着するや否や王宮へ直行し、アストリア王の使節として、サルディア王への謁見を求めたのである。


 突然の来訪に、サルディア側は当初難色を示した。


 何の前触れもなく突然やってきて、王への目通りを求めるなど、いかにアストリアの名門公爵といえど、到底受け入れられるものではない。


 だが、王の代理として現れた宰相に対し、ラウルが用件を告げた瞬間、その顔色は一変した。

 

 サルディア王家の支援を受けた亡命貴族が、公爵夫人を誘拐し、アストリア王にリリアの身柄の引渡しを要求している。


「これは我がアストリアに対する、明らかな敵対行為です」


 サルディア王としては、寝耳に水の事態であった。

 

 確かに、ルミナールの王政復古を支持し、亡命貴族の保護を行ってきた。

 しかし、アストリアを巻き込み、あまつさえ公爵夫人を人質として国王を脅迫するなど、想定の外である。


 アストリアとの衝突を恐れたサルディア王は、即座に命じた。


「ルミナールの亡命貴族どもを探せ」



 有力な支援者を失ったアルフォンスには、もはや抵抗の手立ては残されていなかった。


 ディアナの身柄は憲兵によって丁重に王宮へと移送される。

 そこで待っていたラウルの姿を目にし、ディアナは思わず言葉を失った。


「ラウル様……なぜここに……」

 

 その答えを聞く前に、ディアナの身体は強く引き寄せられた。

 気づけば、ラウルに抱きしめられてる。


「……無事で良かった」


 震える声で、噛み締めるように、ラウルは言った。

 全身に伝わる体温に、ディアナはふっと緊張の糸が切れ、ぽろぽろと大粒の涙を流した。

 

「……来てくださると、信じておりました」


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