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シスコン夫と結婚したはずですが、どうも様子がおかしいです  作者: 槙村しろ


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7.公爵の使命

 ことの始まりは一年前、隣国ルミナールで起きた市民革命だった。

 度重なる戦争や災害によって国家財政は悪化し、その補填のため、平民の税負担は年々重くなっていった。

 一方で王侯貴族は納税の義務を負わず、政治の要職を独占している。そうした不公平な体制に、平民たちの不満は次第に積み重なっていった。


 そしてついに、市民たちは武装蜂起し、王宮を取り囲んだ。

 彼らの要求によって、ルミナールの歴史上初めて平民主体の議会が開かれ、王権は停止された。王族は裁判にかけられ、やがて死刑判決が下された。


 この事態に反応したのが、アストリア王国やサルディア王国といった君主制の近隣諸国である。


 とりわけアストリアは、王女がルミナール王に嫁いでいるという縁もあり、国内では王族救出を求める声が高まり、革命政府との開戦論すら湧き上がった。

 

 だがアストリア王が選んだのは、戦争ではなく革命政府との交渉だった。

 秘密裏に使節が派遣され、両国は交渉のテーブルについた。


 アストリアはルミナール革命政権を正式な新政府として承認し、いまだ抵抗を続ける貴族への支援を行わない。

 それと引き換えに、ルミナール革命政府はアストリア王国に革命勢力を流入させない。

 仮に今後アストリア国内で市民蜂起が発生したとしても、革命政府は決して干渉しない。


 交渉はまとまり、その保証としてアストリアへ引き渡されたのが、ルミナール王の末娘、リリア王女であった。

 彼女はアストリア王にとって孫であると同時に、処刑された娘の忘れ形見でもある。

 

 しかし、そのような経緯で自らのもとへ来た孫娘を、アストリア王は徹底して隠さねばならなかった。

 

 革命は成功したものの、ルミナール国内の情勢はなお混沌としていた。


 革命政府も一枚岩ではない。

 政権内部は政治的安定を重視する穏健派と、王侯貴族の徹底的な排除を主張する強硬派に分断され、駆け引きが続いている。

 強硬派にとって、ルミナール王家の唯一の生き残りであるリリアは、暗殺の標的になり得た。


 また、敵は強硬派だけではない。


 反革命を掲げるルミナール貴族にとって、リリアの存在は王政復古の希望そのものだ。彼女の身柄が彼らに渡れば、反革命の象徴として祭り上げられる恐れがある。


 二つの勢力から狙われるリリアの保護を王より命じられたのが、忠臣アルバレス公爵家の当代、ラウルであった。


 彼はリリアを先代公爵の隠し子と偽り、そして自らは妹を過剰に溺愛する「シスコン」を装った。

 そうすることで怪しまれることなく、リリアを自らの監視下に置き、彼女を狙う勢力の接触を防ごうとしたのである。


 それは、自身の名誉だけでなく、敬愛していた父・先代公爵の評判さえも貶めかねない振る舞いだった。

 それでもラウルは迷わなかった。

 彼は王の勅命に殉じる、忠実な臣下だったのである。


 

「妻ディアナを攫ったのは、革命を逃れてサルディアへと渡ったルミナール貴族の一人と思われます」


 王の執務室に再び参集した要人たちを前に、ラウルは極めて冷静な声でそう報告した。

 

 革命政府との協調路線を選んだアストリアと異なり、反革命の姿勢を貫いたサルディア王国には多くのルミナール貴族が亡命した。

 彼らはサルディア王家の支援の下、ルミナールの王政復古を目指して、王党派として国内外で活動を続けていた。


 アルフォンスもまたそのような王党派の一人であった。サルディアからの留学生と身分を偽り、アストリア貴族たちの社交圏へ出入りすることで、リリアの居場所を探っていたのだろう。


「妻を足がかりに屋敷内へ入り込み、リリア様と接触するつもりだったのでしょう。ですが計画は思うように進まず、強硬手段に出たものと思われます」


 ラウルの言葉を聞いたサットン国務大臣が、渋い顔をして口を開いた。

 

「リリア王女を引き渡すのは、私は反対ですな。そのようなことをすれば、王党派を支援したと見做され、ルミナール革命政府との戦争になりかねません」


「……わかっておる」


 アストリア王は眉間に深い皺を寄せたまま、重々しく頷いた。

 そこへオルティス外務大臣が口を挟む。


「しかし、それでは人質となっている公爵夫人はどうするのです。まさか……」


 見捨てるおつもりですか。

 

 みなまで言わずとも、執務室に重い空気が垂れ込める。

 沈黙を破ったのはラウルであった。


「妻が攫われたのはひとえに私の責任です。私が必ずこの手で妻を奪還します」



 王宮を出たラウルは馬車に乗り込むと、御者に「とある場所」に向かうよう命じた。


 宮廷舞踏会の夜、アルフォンスは確かにあの場にいた。


「やあ、どうも」


 ラウルはディアナに適当な言い訳をして彼女の傍を離れると、できるだけ愛想よくアルフォンスに声をかけた。


「初めてお見かけする方ですね。失礼ですが、招待状を拝見しても?」


 ラウルの言葉に、アルフォンスは眉一つ動かさず応じた。


「それは構いませんが……なぜでしょう?」


 二人の視線が静かにぶつかり合う。


「私は陛下より今宵の警備責任者を仰せつかっているのです」

 

「なるほど……仕事熱心なお方だ」


 そう言ってアルフォンスは懐から招待状を取り出し、ラウルへ差し出した。

 ラウルはそれを受け取ると、一瞬だけ中身を確かめ、にこやかに言った。


「ご協力ありがとうございます。どうぞ良い夜を」

「ありがとうございます。あなたも良い夜を」


 彼が持っていた招待状は紛れもなく本物だった。正規の招待客である以上、ここで咎めることはできない。

 アルフォンスが他の招待客の輪へ溶け込んでいくのを、ラウルはただ見送るしかなかった。


 馬車に揺られながらラウルは考える。


 なぜアルフォンスは、上級貴族しか招かれないはずの宮廷舞踏会に参加することができたのか。

 

 他の招待客が手引きしたに違いない。

 

 では、一体誰が。

 

 彼を茶会に招いていたサルセド侯爵夫人か。

 いや、違う。いくら侯爵夫人のお気に入りであろうと、外国からの留学生を宮廷舞踏会へ招き入れることはできない。


 彼は招待客の誰かの「身内」として、正式に舞踏会に招待されていたのだ。

 

 若い外国貴族が取り入るとしたら、一番簡単な相手は……未婚の令嬢だ。

 

「公爵さま! 事前の連絡も無しに突然訪ねてくるなど、無礼ではありませんか!」


 ラウルの突然の来訪に、モンテアルト伯爵夫人――ディアナの継母は声を張り上げた。

 その娘マリアもまた、ラウルに非難がましい視線を向けている。

 しかし、ラウルはそれをものともせず、二人に詰め寄った。


「アルフォンスという名の外国貴族に心当たりは?」


 その迫力に気圧され、伯爵夫人はおずおずと答える。


「娘マリアの婚約者ですけれど……それが何か?」


 やはり、とラウルは思った。


 この二人が亡命貴族の思想に賛同し、自ら進んで協力したとは考えにくい。

 おそらくアルフォンスはサルディア貴族を装って伯爵令嬢に接近し、求婚したのだろう。

 

 伯爵が健在であれば、身元の怪しい外国貴族との婚姻など認めなかったはずだ。

 しかし、伯爵は病に倒れ、残ったのは外聞も気にせ堂々とディアナを虐げてきた、思慮の浅い母娘だけ。

 伯爵に命があるうちに、早く娘の嫁ぎ先を決めなければと焦る彼女たちを騙すことなど、容易だったに違いない。


「彼はサルディアからの留学生などではない。その正体はルミナールの王政復古を目論む亡命貴族だ」


 それを聞いたマリアは顔を真っ赤にして叫んだ。


「いくら公爵様でも、私の婚約者に向かってそのような侮辱は許せませんわ!」


「残念ながら、事実なのです。彼はディアナを連れ去り、その身柄と引き換えに、国王陛下に不当な要求を突きつけています」


 ラウルは懐から令状を取り出す。

 王の署名が記されたそれを見て、二人は言葉を失った。


「彼の居場所に心当たりはありませんか?」


 なおも戸惑う伯爵夫人とマリアに、追い打ちをかけるようにラウルは言い放った。


「今の私は陛下の命により動いています。私への妨害は陛下への反逆と見做します」



 王都郊外にある古びた洋館。かつてこの土地の領主の別邸として使われていたというその邸宅に、アルフォンスは滞在していたという。


 伯爵家で得た情報をもとにラウルが駆けつけた時、屋敷はすでにもぬけの殻だった。


 だが、使用人として働いていた近隣の農民の証言で、彼の行き先を知ることができた。


 アルフォンスは数時間ほど前に、馬車で港へと向かったという。

 港にはサルディアへと向かう船が多数停泊している。リリアの身柄を要求し、たとえそれが通らなかったとしても、自身が拘束される前にサルディアへ逃亡するつもりなのだろう。


 ラウルが港へ駆けつけると、一艘の小型の帆船が岸壁に横付けされていた。その甲板にはアルフォンスと両腕を後ろに縛られたディアナの姿があった。


 リリアを連れず、単身で現れたラウルの姿を見て、アルフォンスは、冷たい声でディアナに告げた。


「どうやらあなたの夫は、妻よりも国王への忠義を選んだらしい」


 その時、ラウルとディアナ、二人の視線が交わった。

 しかし、言葉を交わす間もなく、船はゆっくりと岸を離れる。


「待て!」


 ラウルの叫び声も虚しく、ディアナを乗せた船はサルディアを目指して沖へ進んでいく。やがて帆船の影は水平線の彼方に溶け込み、完全に見えなくなった。


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