6.決別
改めてラウルの行動を思い返してみると、いくつもの奇妙な点に気づいた。
まずラウルは、リリアを決して屋敷の外へ出そうとしない。茶会や舞踏会はもちろん、散歩でさえ許されるのは屋敷の庭だけだ。
その埋め合わせのように、ラウルはリリアの求めるまま、宝石商や仕立て屋を屋敷に呼びつける。
宝石商が装飾品を見繕い、仕立て屋がドレスの採寸をするその間も、ラウルは必ずリリアのそばにいた。先約――例えば妻との観劇の予定があろうと、それを取り消してまで。
ラウルは自分の目の届かないところで、リリアが外部の人間と接触することを恐れている。
ディアナが屋敷にエレナを招いた時、ラウルが「招待客はエレナ一人だけか」と念を押したのも、見知らぬ人物が邸内に入り込むのを警戒したためだったのだろう。
単なる過保護で片付けるには、少々奇妙ではないだろうか。まるで――
「まるでリリア様を監視しているみたいだわ」
思わず口をついて出た言葉は、予想以上に大きく響いた。
ディアナは慌てて口を押さえ、誰かに聞かれてはいないかと周囲を見回す。そして、近くに誰もいないことを確かめると、ほっと小さくため息をついた。
仮にその見立てが当たっていたとして、ラウルの目的は何なのだろうか。
リリアを屋敷に縛りつける一方で、「シスコン」と揶揄されることすら厭わぬほど丁重に扱う。アルバレス公爵家の家名に傷がつくことさえ厭わず、彼が守ろうとしているものとは一体何なのだろう。
答えの見えない疑念を胸に抱えたまま、ディアナは一人思い悩んだ。
※
それから一週間ほど経ったある日、ディアナのもとに一通の手紙が届いた。
それは父、モンテアルト伯爵の危篤の知らせであった。
長く病床に伏せっていた父は、ここ数日、予断を許さない状態が続いており、医師の見立てでは、もってあと一週間というところだという。
あの継母や異母妹は、ディアナが父の死に目に立ち会うことを許さないだろう。不憫に思った古株の使用人の手引きで、ディアナは秘密裏に伯爵邸を訪れた。
継母や異母妹見つからぬよう、裏口からこっそり屋敷の中へ通される。
ディアナが父と最後に顔を合わせたのは一月ほど前、ディアナとラウルの結婚式の日である。あの頃は杖をつきながらも、なんとか歩くことのできていた父が、今では自力で起き上がることすらままならない。
目の前のベッドに横たわる父の体は、細く痩せ衰え、まるで枯木のようだった。
命の終わりがすぐそこまで迫っていることは、手に取るようにわかった。
「お父様、ディアナです」
ベッドの脇に立ち、そう声をかけると、父は微かに目を開けた。
そしてしゃがれた声で、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「……すまなかった」
それは何に対する謝罪なのだろう。
継母と異母妹の横暴を諌められなかったことだろうか。
それとも、彼女たちに言われるがまま、「シスコン公爵」と結婚させてしまったことだろうか。
ディアナは首を横に振り、穏やかな笑みを浮かべた。
「もういいのです。私は今とても幸せですから」
※
伯爵邸からの帰りも、来た時と同じように、人目を避けて裏口から出た。これから侍女とともに大通りまで歩き、迎えの馬車を待つ手筈になっていた。
「ディアナ様」
不意に声をかけられる。振り向くとそこには、アルフォンスが立っていた。
「またお会いしましたね」
そう言って彼は、気さくな調子で距離を詰めてくる。
人の集まる劇場や広場と違い、ここは伯爵邸の裏口だ。面しているのは裏通りで、人通りはほとんどない。
この出会いが「偶然」ではないことは、もはや明らかだった。
「ご実家に何かご用事でも?」
「ええ、父の見舞いに」
「ああ、そうでしたか……あなたは本来なら伯爵家の長女として、公爵夫人として、堂々と屋敷の門をくぐることのできる身分であるはずなのに……なんとおいたわしい」
アルフォンスは額に手を当て、わざとらしく嘆息した。
「……アルフォンス様には、何かとお気遣いいただき、感謝しております」
ディアナの言葉に、アルフォンスは微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと手を伸ばす。
その手がディアナの頬に触れようとした瞬間、ディアナは静かに言葉を続けた。
「ですが、もう大丈夫です。もう一度だけ、あの方を信じることにしたのです」
アルフォンスの手がぴたりと止まり、すっと笑みが消える。
「残念です」
そう言ってアルフォンスは、伸ばしかけていた手を静かに下ろした。
それを見て、ディアナがほっと胸を撫で下ろした、その瞬間だった。
「……手荒な真似はしたくなかったのですが」
突然、物陰から数人の男が現れ、ディアナを担ぎ上げた。悲鳴を上げる間もなく口を塞がれ、そのまま待ち構えていた馬車へと押し込められる。
アルフォンスもまた馬車に乗り込むと、バタンと扉を閉めた。
そして窓から顔を覗かせ、腰を抜かして地面に尻餅をつく侍女に告げた。
「公爵様に伝えてください。奥方を返してほしければ、リリア様を解放せよ、と」
それだけ言い残すと、馬車は路地の闇へと消えていった。




