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シスコン夫と結婚したはずですが、どうも様子がおかしいです  作者: 槙村しろ


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4.生まれる疑念


 最初に違和感を覚えたのは、リリアの佇まいだった。


 リリアは頻繁に職人を屋敷に呼びつけては、ドレスや靴を買い付けている。一見すれば、庶民育ちの娘が、公爵家の財力にまかせて、見よう見まねで着飾っているだけにも見える。

 

 だが、貴族令嬢の盛装は、ただ身につければよいというものではない。

 きつく締め上げられたコルセットに耐え、重いドレスを引きずり、ハイヒールを履きこなす。

 それらは幼い頃からの訓練があって初めて可能になる。


 しかし、つい最近まで庶民だったはずのリリアは、コルセットもハイヒールも苦にする様子を見せず、盛装を完璧に着こなしていた。

 まるで、昔からそうしてきたかのように。

 

 そのことがディアナの目には奇妙に映った。


 さらに不可解なのは、リリアが時折ラウルの書斎から書物を持ち出していることだ。


 彼女は一体どこで文字を覚えたのだろう。

 

 平民の女性であっても、商家の娘や修道女などは読み書きができるものだが、リリアは決して裕福ではない母との二人暮らしだったはずだ。学校に通う余裕などあったのだろうか。

 

 仮に文字が読めたとしても、ラウルの本棚に並んでいるのは、歴史書や哲学書など、高度な教育を受けたものでないと理解できない難解な本ばかりである。

 家庭教師がつけられている様子もないリリアが、到底読みこなせるとは思えなかった。


 いつだったか、劇場で出会った婦人たちが言っていた。


――先代の公爵様は真面目で誠実な方でしたのに……


 ラウルの話によれば、先代公爵は、愛人との間に子をもうけ、その存在を隠すために、公爵家を追い出したという。

 真面目で誠実と評される人物が、はたしてそのような振る舞いをするだろうか。


 小さな違和感が積み重なり、やがて確かな疑念へと変わっていく。

 重大な秘密を抱えたまま、ラウルとリリアは重大な秘密を隠したまま、この豪華な公爵邸で、ラウルとリリアは、何事もないかのように暮らしている。ディアナにはそう思えてならなかった。


 日を追うごとに胸の奥で膨らんでいくその疑念を、ついに抱えきれなくなり、ディアナは思わず口にしてしまう。

 

「……リリア様は本当にラウル様の妹ですの?」


 公爵邸の静かな食卓に、ディアナの声が響いた。


 直前まで穏やかだったラウルの表情が一瞬で凍りつき、ディアナはすぐに後悔した。

 なぜ軽率に口に出してしまったのだろう。

 きっと自分が触れてはならない話題だったのだ。

 

 ディアナは慌てて弁解しようとした。


「ごめんなさい。私、そんなつもりでは……」


 しかし、ラウルは、そんな彼女をそっと制し、低い声で言った。


「……軽々しく口にするべきことではありません。私たち兄妹だけでなく、あなた自身のためにも」


 そんな二人のやり取りを前に、リリアはまるで何も聞こえていないかのように、淡々と食事を続けていた。



 それ以来、公爵家の空気は一変した。

 穏やかだった日々は影を潜め、不穏な気配が屋敷全体を覆っている。

 ディアナとラウルの間にははっきりとした溝が生まれ、リリアは相変わらず無関心を貫いたままだ。

 

 その息苦しさに耐えかね、ディアナは日中、王都中心部の広場で時間を潰すことが増えた。


 市民の憩いの場である広場は、休日ともなれば、愛を囁き合う恋人たちや、団欒を楽しむ家族連れで溢れている。

 その様子を眺めながら、ディアナは一人ため息をついた。

 

「やあ、偶然ですね。公爵夫人」


 一台の洒落た馬車が広場に面した大通りに停まり、中から若い紳士――アルフォンスが姿を現した。


 彼はディアナの顔を見るなり、心配そうに首を傾げる。

 

「おや、顔色が優れませんね。公爵様と何かありましたか?」


 なぜ分かったのだろう。

 驚き目を見張るディアナを見て、アルフォンスはくすくすと笑った。

 そして彼女の隣に腰を下ろすと、声を顰めて囁いた。

 

「あなたはいつも周囲に気を遣っている。結婚前は継母や異母妹に、結婚後は夫に」


 アルフォンスはディアナの右手に、自身の手をそっと重ねた。予想外の熱に、心臓が大きく跳ねる。


「では、あなた自身のことは誰が気遣ってくれるのでしょう」


 ここは多くの人が集う昼間の広場だ。

 誰に見られているかわからないという危うさに、胸が早鐘を打った。赤面していることは鏡を見なくても分かる。

 

「もっと自分勝手に生きてみても良いのですよ」


 その言葉は今のディアナにとって、抗いがたいほどに甘美だった。まるで、幼い日に憧れながらも手の届かなかった菓子のように。



 同時刻。

 ラウルは王宮にいた。


 王の執務室にて、この国の中枢を担う面々が一堂に会す。

 部屋の中央には重厚な長テーブルが置かれており、最奥の主座には国王。その両脇にはそ国務大臣サットン侯爵と外務大臣オルティス伯爵が控え、更にその横には財務大臣、軍務大臣と、錚々たる顔ぶれが続く。

 いずれも長年に渡りアストリア国王に仕えてきた重鎮ばかりである。

 その中で最年少のラウルもまた、彼らと並び、末席に腰を下ろしていた。


 まず最初に、オルティス外務大臣が口を開いた。

 

「ルミナールの新政府については、現在不審な動きは確認されておりません。例の条約は遵守されていると見てよいでしょう」


 続いてサットン国務大臣が発言する。


「国内では、地方の農民を中心にごく小規模な集団が形成され、散発的に王家への抗議活動が行われている模様です。しかし現時点では大衆の支持を得ておらず、影響は限定的です」


 国王は二人の大臣の言葉に静かに耳を傾けていた。


「恐るべきはルミナールや革命勢力だけではない。そうであろう? ラウルよ」


 王がそう水を向けると、重臣たちの視線が一斉にラウルへと集まる。

 ラウルは怯むことなく、落ち着いた声で答えた。

 

「はい。常にそのつもりで備えております」



 会議を終えて宮殿を後にしたラウルは、険しい表情を崩さぬまま迎えの馬車に乗り込んだ。

 

 屋敷へと帰る道中、広場の前を通りがかった時、ふと見覚えのある女性の姿が目に入る。

 きっちりと結い上げられた淡い金髪に小柄なシルエット。紛れもなく妻ディアナであった。

 

 馬車を停めて声をかけるべきか。

 御者に合図を出そうとしたその瞬間、ラウルはあることに気づき、手を止めた。


 ディアナの傍に、見知らぬ貴族風の男が寄り添うように座っているではないか。


 その光景を見たラウルは、無言で拳を強く握りしめた。


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