1.結婚相手はシスコンでした
ディアナ・モンテアルトはお世辞にも幸せな令嬢とはいえなかった。
名門伯爵家に生まれはしたものの、生後まもなく実の母を亡くし、父の後妻に育てられてきた。血の繋がらない母娘の関係がうまくいったのはほんの最初のうちだけで、三歳の時に異母妹マリアが生まれてから、家の空気は一変した。
ディアナがマリアと初めて対面した日のことである。
継母の膝の上で抱かれているマリアに触れたくて、ディアナはそっと手を伸ばした。その瞬間、継母は叫び声をあげてディアナを突き飛ばしたのである。
「私の可愛い娘に触らないで!」
その言葉は三歳のディアナの胸に深く突き刺さった。この家に自分の居場所はもうない。ディアナは幼心にそう悟った。
それ以来、継母は露骨にディアナを遠ざけるようになった。実の娘を抱きしめ、慈しみ、愛情を注ぐ一方で、ディアナには目もくれず、まるでいないものとして扱った。
そんな母親の姿を見て育ったマリアもまた、ディアナを厭うようになった。彼女は常にディアナよりも上に立ちたがり、ディアナが生母から譲り受けた高価なドレスやアクセサリーを当然のように奪っていった。
そして本来なら唯一の拠り所であるはずの父は、傍若無人に振る舞う妻子を諌めることもできず、ただただうろたえるばかりであった。
ディアナが十五歳の時に父が病に倒れると、その亀裂は決定的になった。継母とマリアは、ディアナから伯爵家の長女としての立場を奪い、まるで使用人であるかのように扱うようになった。
ディアナは屋根裏の使用人部屋に追いやられ、家事をさせられ、年頃になっても社交界へ出ることは許されなかった。
転機が訪れたのは、ディアナが二十歳の春であった。
ディアナとアルバレス公爵家の当主ラウルとの間に縁談が持ち上がったのだ。
アルバレス公爵家といえば王家との繋がりも深い、この国屈指の大貴族。若くして爵位を継いだラウルは、その整った顔立ちと気品ある立ち振る舞い、そして穏やかな性格で令嬢たちの憧れの的であった。
降って湧いた良縁に困惑するディアナに、継母は噛んで含めるように言った。
「あなたがいつまでも独り身だと外聞が悪いし、マリアの縁談にも差し障りがあるの。わかるでしょう?」
あの継母が、ディアナにこれほどの好条件の縁談を勧めてくるなど、何か裏があるのではないか。
疑念を抱きながらも、ディアナはこの話を受け入れた。
そしてその予感は的中することになる。
縁談はとんとん拍子にまとまり、両家の合意のもと、ラウルがディアナへとプロポーズする運びとなった。
公爵邸の庭園に一人呼び出されたディアナが目にしたのは、ラウルのすぐそばに、ぴったりと寄り添う少女の姿であった。
「ラウル様、そちらの方は……?」
ディアナがそう尋ねると、ラウルはにっこりと微笑み、少女の肩を抱きながら言った。
「紹介しましょう。妹のリリアです」
リリアと呼ばれた少女は、ちらりとディアナを一瞥すると、ふん、と小さく鼻を鳴らして顔を背けた。
だが、そんな妹の態度を嗜めることもなく、ラウルは饒舌に彼女の生い立ちを語り始める。
「リリアは、父が愛人に産ませた子で、今際の際までその存在を隠されていました。
気の毒なことに、母親を早くに亡くしたらしく、私が駆けつけた時には、リリアは古い小さな家で一人きりで暮らしていたのです。
その光景を目にした時、私は心に誓いました。一生をかけて、この妹を守ろう、と」
プロポーズの場で、まさか妹への一生をかけた誓いを聞かされることになろうとは。ディアナの口からこぼれたのは、乾いた笑いだけだった。
普通の令嬢であれば、怒って破談になったことだろう。だが、ディアナは違った。彼女には、帰る家が無いのである。
「ディアナ、私と結婚してくれませんか。リリアと三人で、温かい家庭を築きましょう」
差し出された手に、ディアナは躊躇なく自らの右手を重ねた。
「ええ、もちろんですわ」
ディアナはこの結婚を受け入れる覚悟をした。たとえ、夫となる人がシスコンであったとしても。




