偉目な人が視察に来ました
スタンピード鎮圧から20日
広場では今日も子供達が――
「筋肉の連動、確認!」
「温度、安定!」
「今のポキ音、良い!」
「耳裏チェック!」
「この石、滑らかすぎないか……問題なし!」
犬「ばう!」
ギルド長は無言で頭を抱えていた。
そこへ、重厚な馬車が到着する。
金の縁取りが施された紋章付き――隣町・東方都市グランベルのギルド視察団である。
立派なローブの視察官が降り立つ。
「例の“異常な成功率”の街ですね」
後ろの副官が頷き、そして視線を止める。
「……待ってください」
広場中央。
子どもたちの輪の中にいる存在。
四肢は獣。牙。筋肉の張り。
ただの犬ではない。
副官の声が低くなる。
「……なぜ魔獣が市街地に?」
犬「ばう!」
尻尾を振る。
だが魔力の気配は明確だ。
視察官が鋭く問う。
「拘束具は?」
ギルド長、青ざめる。
「い、いや、その……現在は協力関係でして!」
「協力?」
ちょうどその時。
少年が叫ぶ。
「部屋の湿度が高い! 戦闘に影響する!」
少女が真顔で床に頬を当てる。
「今日の床、滑らか。転倒率、低い」
別の子が犬の顔をぐいっと引き寄せる。
「耳裏、整ってる! 左右差なし!」
犬「ばう!」
視察団、凍る。
「……接触している?」
◇
広場の片隅。
子どもたちは本気だった。
石畳の目地を指でなぞり、段差を測る。
靴裏をこすり、摩擦を確かめる。
深呼吸し、湿度を読み、空気の重さを共有する。
「今日ちょっと重いよね」
「うん、汗の蒸発遅い」
「じゃあ体温管理優先」
そのすぐ横で、魔獣が自然に混ざっている。
副官が低く言う。
「危険度は?」
学者が震える。
「A級相当……スタンピード個体に類似」
「なぜ従う」
少年がきょとんとする。
「整ってるから?」
視察団、沈黙。
ギルド長が必死に言う。
「違うんです! あれはその……鎮圧戦の際にですね! 共闘状態になりまして!」
「契約は?」
「してません!」
「支配魔法は?」
「使ってません!」
犬「ばう」
尻尾ぶんぶん。
副官のこめかみに血管が浮く。
「……では、なぜ暴れない」
◇
中庭。
例の五人が立っている。
・筋肉を揺らすガチム
・地面に耳を当てるペルペチュア
・壁を撫でるアイラ
・空気を測るヒンヤリ
・地面を嗅ぐヌル
そして中央に、その魔獣。
鎖なし。
視察団、完全警戒。
視察官が本題に入る。
「魔獣が従う理由を説明願う」
ヌルがしゃがむ。
「耳裏、完璧。裏切らない匂いだ」
犬、うっとり。
ガチムが肩を叩く。
「筋肉に嘘がない」
アイラが毛並みを撫でる。
「滑らか。毛流れが整ってる」
ヒンヤリが手をかざす。
「体温安定。興奮域に入ってない」
ペルペチュアが耳を澄ます。
「心音リズム正常。今の鼓動、きれい」
犬「ばう!」
視察団、沈黙。
学者が震える。
「……理論が存在しない」
その瞬間、広場から子どもの声。
「今ちょっとテンション上がって部屋の温度上昇中!」
ヒンヤリが反射的に言う。
「みんな落ち着いて、湿度も上がってるわ」
子どもたち一斉に深呼吸。
視察団、完全停止。
副官が小声で言う。
「……文化として根付いている」
視察官がゆっくり息を吐く。
「理論は破綻している」
副官。
「だが実績はある」
学者。
「再現性は不明だが効果は確認済み」
長い沈黙の後――
「当街の特殊感覚戦術及び魔獣協力体制を――暫定承認する」
ギルド長、崩れ落ちる。
子どもたち歓声。
「耳裏整ってるー!」
「床なめらかー!」
「湿度管理完璧!」
視察団、青ざめる。
「……何それ怖い」
夕暮れ。
副官が最後に振り返る。
「……本当に普通の冒険者か?」
ギルド長は遠い目で答える。
「本人たちは、そう言ってます」
中庭から響く声。
犬「ばう!!」
「今の音きれい!」
「筋肉反応良し!」
「湿度下がった!」
街は今日も整っている。
普通とは何か――
もう誰にもわからなかった。




