魔王の朝と野菜の魔法
午前4時。
規則正しく鳴り響くはずの目覚ましより早く、俺――吹雪は目が覚めた。
しまった、まただ。寝室にスマホを置いていると、つい開いてしまう。
真夜中なら開いても二度寝できるのだが、朝方はもう無理だ。
一度意識が覚醒すると、再入眠は困難を極める。
「しかし、TikTokでまた相撲バトルが始まっていたからな…」
俺は独りごちた。
眠い目をこすりながらも、一回戦からちゃんと気づいて勝ちにいけるのはありがたい。
これもまた、早朝覚醒の恩恵とでも言うべきか。
今日の俺のミッションは、昨日購入した野菜を切る作業だ。
先日調べたばかりの「野菜の芯は電子レンジで柔らかくなる」という情報を、早速試す時が来たのだ。
人参の皮はみじん切りに。
青梗菜は柔らかいのでそのまま刻む。
白菜の芯も同様に刻むだけ。
新しいキャベツの芯もみじん切りにした。
前のキャベツの芯もまだ残っていたので、変色した部分だけ切り取って、これもみじん切りにする。
そして、キャベツの緑が濃い部分と、これら全てのキャベツの芯をレンチンした。
独特の匂いもするが、しっかり柔らかくなった。
予想以上に量が多い。
お好み焼きでいうと、軽く2枚分はあるだろう。
1枚分は今日食べるために冷蔵庫へ。
残りの1枚分はタッパーに入れ、冷凍庫へと押し込んだ。
今までお好み焼きにしてから冷凍庫に入れていたが、野菜をそのまま冷凍しても問題ないことに気づいたのは大きな収穫だ。
これからは、野菜くずを刻んで柔らかくしてタッパーに詰め、冷凍庫に入れておくことにしよう。
そうすれば、いつでも出来立てのお好み焼きが作れるはずだ。
冷蔵庫に放置したまま、いつか食べようと思いつつ、結局劣化させて捨ててしまうという、罪悪感の塊のような行為はこれでなくなる。
これからは、古くなりそうな野菜は全て刻んで冷凍庫に入れればいい。
新たな節約術、そして食品ロス削減術の誕生だ。
「今の時期は野菜がめちゃくちゃ安いからこそ」
春の訪れとともに、5月中旬前から野菜は軒並み価格が下がり始めた。
冬場の高騰を考えると、今のうちに節約方法を確立させて食費を抑えれば、年間トータルの支出はかなり抑えられるはずだ。
しかし、全て使い切ろうと細かく刻んだりレンチンしたりしていると、時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。エコと節約にはなるが、時間のロスは結構大きい。
いつもなら捨てるだけのものを全部使おうとすると、こうなるのは仕方ないことか。
「まあ、これで一回に2枚分のお好み焼きができるなら、悪くない」
月5回この作業をすると考えれば、一ヶ月でお好み焼きが10枚できる計算だ。
一日で2枚食べても、おかずが5日分確保できる。
卵や小麦粉は別途必要だが、それでも節約効果はかなり大きいだろう。
俺は自作のお好み焼きレシピを頭の中で反芻する。
お好み焼きレシピ:
小麦粉:50g
顆粒だしの元:5g
卵:1個
水:70ml
野菜クズ:適量
お好み焼きソース、マヨネーズ:適量
あるとさらに美味しいもの:
豚肉:適量
天かす:適量
紅生姜、長芋:適量
青のり、かつお節:適量
豚肉はあった方がもちろん美味しいが、なくても「キャベツ焼き」のようにシンプルに野菜の味を楽しめる。それはそれで十分に満足できるものだ。
ちょうどその時、コンコン、と控えめなノックの音がした。
「吹雪さん、朝ですよ。まだ寝てますか?」
健太の声だ。
彼はいつも俺の生活リズムを気にかけてくれる。
まるで俺の世話係とでもいうべきか。
「起きている。今、野菜の処理が終わったところだ」
ドアを開けると、健太がいつものように無表情で立っていた。
その手には、淹れたてのコーヒー。
「ご苦労様です。相変わらず早起きですね。…野菜くずですか。またお好み焼きにでもするんですか?」
健太はちらりと俺の足元にあるタッパーに視線をやった。
彼の鋭い洞察力は、俺の行動を筒抜けにする。
「そうだ。これでいつでも出来立てのお好み焼きが食える。野菜の節約にもなるしな」
俺が自信満々に答えると、健太はフン、と鼻を鳴らした。
「それは結構なことですね。…ただ、その作業にかかる時間を考えたら、時給換算でいくらになるんでしょうか」
「うぐっ…」
健太の現実的な視点にはいつも敵わない。
エコと節約にはなるが、時間のロスは結構大きい。
まさにその通りなのだ。
その時、突然、扉が勢いよく開いた。
「吹雪!健太!ねえねえ、今日はお好み焼きパーティーしない!?」
そこに立っていたのは、幼馴染のアリアだった。
彼女はいつも突拍子もない行動で俺たちを驚かせ、そして場の空気を和ませる。
まるで吹雪を呼ぶ風のような、そんな不思議な存在だ。
「アリア、どうしてそれを…?」
健太が呆れたように問う。
「ふふーん!吹雪が野菜を刻む音、いつも聞こえてるんだもん!あ、なんか今日はいつもより量が多い気がする!」
アリアはキラキラした目でタッパーの中身を覗き込んだ。
「うむ。冷凍しておけばいつでも食えるからな。今日はこれから、お前が食べたいと言っていたコロッケを買いに行く予定だが…」
「コロッケもいいけど、お好み焼きも食べたい!ね、健太も!」
アリアは健太の腕を掴んでブンブンと揺さぶる。
健太はため息をつきつつも、その腕を振り払うことはしない。
「仕方ないですね。吹雪さん、昼はコロッケ、夜はお好み焼き、ということでどうですか?」
健太の提案に、アリアは満面の笑みを浮かべた。
「賛成!吹雪、今日の夜ご飯はお好み焼きね!私、手伝うから!」
俺は小さく呟いた。
魔王が食費を節約し、野菜くずと格闘する朝。
今日もまた、ささやかな日常が始まった。