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魔王、心の「現在地」を探す』

人とは弱いものだ。

いや、我が弱いのか。


あるいは、人間という種族そのものが、本質的にそうなのかもしれない。

知識や経験、慣れといったものは、この社会で生きていく上で、必須の武具となる。

だが、その武具の鍛え方を知っていても、なぜか振るうことができない時がある。


魔王城の玉座で、吹雪は魔導通信網スマートフォンに映し出される、かつての同級生「S子」の姿を眺めていた。

彼女は、いとも簡単に人気者となり、富を築いているという。


「『動画を撮るだけだから簡単だよ』か…」


その言葉は、世に溢れている。

やり方も、成功例も、すぐそこに転がっている。

それなのに、我はなぜ、この薄暗い城で、ただ時間を浪費しているのだろう。


他の魔王たちが、新たな領地(海外旅行)を征服しているという報せを聞くたびに、胸の奥が、ちりりと焦げ付くような感覚に陥る。


「健太先輩。1+1=2だから、10+10=20になるとは、限らないようです」


吹雪は、傍らで静かに佇む竜の健太に、問いかけるように言った。


「宝くじに4万は使えても、株に4万は使えない者がいる。それと同じで、我は他者を征服する方法を知りながら、その一歩を踏み出せない。この心の問題は、一体何なのでしょう」


健太は、ゆっくりと瞬きを一つした。


「吹雪よ、お前は壮大な航海図を広げ、新大陸の場所を知りながら、己の船が今どこにいるのかを知らないでいる。人生という旅路において、目的地を設定する前に、まず己の心の『現在地』を確定させねばならんのだ」


「心の…現在地」

「そうだ」

と健太は続ける。


「世間体や他人の価値観を、自分のものだと思い込んではいないか。SNSで見る友人のきらびやかな断片に心を乱され、自分が何に喜びを感じるのか、見失ってはいないか。それが『現在地』を見失った状態だ」


吹雪はハッとした。まさにその通りだった。

自分は、他人の物差しで自分の価値を測り、漠然とした焦りを感じていただけなのだ。


「では、どうすれば我が『現在地』を知ることができるのですか」


「物事は、自分で試さねばならん。だが、その試し方でさえも、己の心に従う必要がある。羨望や扇動からではなく、自分自身の内から湧き出る、ささやかな行動からだ。例えば…そうだな、今日は一日、その玉座で背筋を伸ばして過ごしてみるがいい」


たったそれだけのこと。

吹雪は、健太の言葉に従い、意識して背筋をすっと伸ばした。

胸を張り、まっすぐ前を見据える。


確かに、気分はしっかりし、いつもより視界が広く感じられた。

しかし、同時に背中に鈍い痛みと、慣れない姿勢がもたらす、もやもやとした違和感がつきまとう。


「…なんだか、落ち着かぬ。心地よくない」


「その違和感こそが、お前の『現在地』だ」

と健太は言った。


「お前の心身は、慣れ親しんだ猫背の姿勢に親和感を抱いている。その『現在地』を無視して、ただ理想の姿勢を強制すれば、心は反発する。無理は、続かぬ」


その時、アリアが部屋に入ってきた。


彼女は、いつもと違う吹雪の姿を見ると、きゃっきゃと笑いながら真似をし始めた。

しかし、すぐに飽きて、今度は左手で絵を描き始めた。

うまく描けない線を楽しそうに眺めている。


彼女はただ、「いつもと違うことをするのが面白い」

という、自分だけの『現在地』から行動しているのだ。


吹雪は、アリアの姿を見て、静かに悟った。


他人と比較して生まれる行動は、やがて「努力」や「苦労」に姿を変え、心を蝕む。


そうではない。

自分の心がどう変わるか、何に喜びを感じるか。

それを知るための、小さな実験を繰り返すのだ。


背筋を伸ばすことも、いきなり完璧を目指すのではない。


「デスクワークの最初の10分だけ」

といったように、「物足りない」程度でいい。


その小さな成功体験と、心地よい感覚を、心と身体に覚えさせていく。


たくさんの知識を詰め込むのではなく、少ない知識を自由自在に使えるようにする。

他人と比べて後悔するのではなく、自分の心と相談しながら、工夫して楽しく、できることを増やしていく。


そうして手に入れた力は、決して無理をして身につけたものではないから、自分自身ですら「普通にしていただけ」と感じるだろう。


しかし、5年後、10年後には、かつて羨ましいと思っていた者たちから、「羨ましい」と言われるようになっている可能性が高い。


「心の立ち位置とは、常に自分の変化を知り、把握し続けること。心の姿勢とは、他人と比較せず、自分自身の変化から、心地よい調和点を探し出すことなのですね」


吹雪の言葉に、健太は満足げに頷いた。

「そうだ。色々行動してみて、自分に合うものを見つけ、楽しく、楽に進化させていく。たったそれだけで、生き方そのものが変わっていくのだ」


吹雪は、もう一度、今度は無理のない範囲で、すっと背筋を伸ばした。

先ほど感じた嫌な違和感は、少しだけ和らいでいた。


それは、魔王が自分の心と、ほんの少しだけ和解できた証なのかもしれない。

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