魔王の孤独な休日と、二つの鍛錬
今日から四日間、正確には三日間、この魔王城には我一人だ。
静寂は思索を深めるのに良い。
この孤独な時間を使い、平時では疎かになりがちな二つの鍛錬に励むとしよう。
一つは「身体」、そしてもう一つは「叡智(勉強)」だ。
しかし、叡智の鍛錬をしようと古代魔術の書を開いてみたものの、どうにも集中力が続かない。
我にはまだ、まともな勉強に耐えうるほどの精神力が備わっていないようだ。
気分転換に、と身体の鍛錬に切り替える。
ゆっくりと肩を回すと、コキコキと不快な音が鳴った。
これは、古の戦いで受けた呪いの予兆だろうか。
その様子を見ていた、城の書庫から現れた竜の健太が、静かに言った。
「それは呪いではない、吹雪。単なる筋肉の低下と柔軟性の喪失だ。放置すれば、数百年後には間違いなく痛むだろうな」
「なんと…」
「人間界の老人たちが、今まさに直面している不具合だ。彼らにとってそれは『対処療法』。だが、まだ不具合の少ないお前が同じことをすれば、それは優れた『予防療法』になる」
健太の言葉に、吹雪はハッとした。
未来を見据え、今から布石を打つ。それこそ王の務めではないか。
「身体には650の骨格筋と無数の平滑筋、そして一つの心筋があるという。これらを健やかに保つには、結局、休息と栄養、そして運動に行き着くのだな」
「その通りだ。身体は正直だ。やった分だけ、必ず応える」
半永続的な健康は、金で買えるものは少ない。
日常の中で、いかに心地よく、あるいは必要に迫られて、身体を動かす習慣を取り入れるか。
それが鍵だ。
そして、再び叡智の鍛錬へと意識を戻す。
勉強の習慣は、5年後、10年後に直接的なスキルとして役立つ以上に、
「脳を働かせる習慣」
そのものを我が物とするために必要なのだ。
だが、これも楽しくなければ意味がない。
「我がこの魔導日誌を6年以上も続けてこられたのは、集客も収益も考えていないからだ。ただ、書くという行為自体が、我にとって必要で、楽しいと感じられるからに他ならない」
吹雪は、自分の内なる声に耳を澄ます。
「勉強も、それと同じなのかもしれぬな」
ストレスのかかる勉強は、自分を老けさせ、消耗させるだけだ。
人間界の「デュオリンゴ」という遊戯のように、遊びの延長として続けられるものなら、きっと続くはずだ。
その時、アリアがボールをぽんぽんつきながら、部屋に入ってきた。
彼女はただ、ボールが弾む感触を楽しんでいる。
そこに義務もなければ、目標もない。
「ふぶきん、難しい顔してる。これ、面白いよ」
アリアの純粋な楽しみの姿を見て、吹雪は道筋を見出した気がした。
そうだ。
まずは遊びでいいのだ。
遊びのように続けていれば、いずれ本当の興味を持つタイミングが来る。
その時に、決して無理をせず、ほんの1ミリ前に進めばいい。
今、我があの異国の言語のヒアリングができるようになりたい、と願い始めたように。
そうやって少しずつ進化させていけばいい。
楽しく続けられる鍛錬は、自己肯定感も、自己満足感も、そして達成感も与えてくれる。
「健太先輩、アリア。この連休の目標が決まった」
吹雪は、開いていた魔術書を静かに閉じた。
「身体の鍛錬は、日常に溶け込ませる『楽しい儀式』として。叡智の鍛錬は、無理に頂を目指すのではなく、『遊び』の中から進化させる方法を、それぞれ模索してみようと思う」
健太は、満足げにわずかに口角を上げた。
「身体も脳も、鍛えれば応える。そして何より、楽しむ心を忘れるな。それこそがお前を最も強くするだろう」
アリアが、ぽーんとボールを高く弾ませる。
その放物線が、とても自由に見えた。
魔王は、孤独な休日の初日に、静かな決意を固める。
半永続的な健康も、尽きることのない叡智も、日々の小さな楽しみと、続ける工夫の中にこそあるのだと。
彼の自己変革の旅は、静かに、しかし確かに続いていた。




