魔王、NEATという名の秘術に目覚める
「馬鹿な……! 我が神託の箱が、これほどまでに絶望的な数値を弾き出すとは……!」
魔王吹雪は、いつものフリースペースのテーブルに両手をつき、愕然と目を見開いた。
彼がAIに自身の生活様式を打ち込み、解析させた結果は、あまりにも衝撃的だった。
「どうした吹雪、世界の終わりでも見えたかのような顔だな」
ドラゴンの健太が、分厚い専門書から顔を上げて静かに問う。
「終わりだ……いや、終わりの始まりだったのだ! 聞くがいい、我が盟友たちよ! 我はついに、この肉体を蝕む呪いの正体を突き止めた!」
吹雪は、隣でストローの袋を几帳面に結んで遊んでいたアリアにまで聞こえるよう、声を張り上げた。
「過去において続けてきた習慣、我が食生活における最大の敵、それは『スナック菓子』であった! かつての我は、一度にそれを3つも4つも平らげるのが常であったのだ…」
吹雪は続けた。
「だが、我は新たな戦術を編み出した。『食事の前に、決してこれを購入するべからず』。食事を終えれば大抵の場合、『買いに行くのが面倒』という名の結界が発動する。そして、冷凍庫に常備された『氷結の魔杖』で十分に満足できるのだ!」
吹雪は指を折りながら計算してみせる。
「氷結の魔杖は一本40キロカロリー。我は8本で満足を得るゆえ、合計しても僅か320キロカロリー! これぞ聖者の食事よ!」
「吹雪くん、虹色のつららをいっぱい食べてる! きれい!」
とアリアが無邪気に言う。
「だが、問題はそこではない」
と吹雪は本題に入る。
「我が神託の箱が示した真の恐怖…それは休日の過ごし方にある!」
吹雪は姿勢を正した。
「 我が城に籠りし時、我が摂取カロリーは実に5000に達する!。だが、外界に赴けば、節約意識も働くので持参した弁当を合わせても3500に抑えられるのだ。 これだけで既に1500の差。さらに、活動量の差による消費カロリーが500!。合計で2000キロカロリーもの絶望的な差が、たった一日で生まれていたのだ!」
健太はやれやれと首を振る。
「要は、休日にゴロゴロしてると食い過ぎて太るってだけの、ごく当たり前の話じゃないのか?」
「違う。断じて違う!」
吹雪は健太の言葉を遮り、指を一本立てた。
「これは単なるカロリー計算に非ず。 我が城に籠ることで発動する、『五大禁忌』とも呼ぶべき呪いなのだ!」
吹雪は芝居がかった仕草で、再び指を折って数え始めた。
「一つ! 若返りの否定。 外出しなければサーチュイン遺伝子は眠ったまま、我らの細胞は修復されぬ!」
「二つ! 肥満の確定。 先に述べた通りだ!」
「三つ! 一日の無為。『食事+テレビ=寝る』、そして『起床=胃もたれ=テレビ=食事』という、抜け出せぬ悪魔的ループに囚われる!」
「四つ! 肉体の硬直。動かぬ体は錆びつき、いずれは些細なことで筋を痛める。それは、この先の人生が痛みと共に歩むかどうかの、重大な分かれ道なのだ!」
「五つ! 財産の消失。一日中エアコンを稼働させれば、一台につき最大500円が虚空に消えるのだ!」
さらに吹雪は、自らの節約家としての性質がもたらす別の葛藤についても語りだした。
「しかし、自分で作る外出用のお弁当には、別の罠がある」
こぶしを握りしめてこういった。
「作った直後、強烈な食欲が我を襲うのだ! だがここで屈してはならん! 我は『城内でこれを食らわば、その日は終わりなり』という古の呪文を唱え、食欲を封印して外出の準備をするのだ」
そして、吹雪は神託の箱から得た最終奥義を披露した。
「かの地では『ニート』と呼ばれる秘術が確認されているという」
「えっ、アリアはニートじゃないよ?」
とアリアが慌てて否定する。
「NEATだろ。非活動性熱産生。日常生活でマメに動けということだ」
と健太が冷静に補足した。
「その通りだ、健太! 聞くがいい、かのジムという名の修練場においても、ただ重い鉄塊を10回持ち上げるだけでは不十分! その後に軽い鉄塊を追加で10回持ち上げるか否か、その『ちょこっと』が、肉体の進化を左右するという! それこそがNEATの神髄! そして外出すれば、それが必然的に発動する」
話を聞いていたアリアは、おもむろに立ち上がると、その場で楽しそうにステップを踏み始めた。
「アリア、ちょこっと動いてる! これがニートなんだね!」
吹雪は満足げに頷くと、最後の戒律に触れた。
「そして眠りだ! 7時間以上の安息を確保せぬ者には、食欲の悪魔が囁きかける…5時間しか眠らぬが最後、ドカ食いの悪霊に取り憑かれるであろう!」
全てを語り終えた吹雪は、高らかに宣言した。
「故に我は、ここに最新のダイエット法を確立した! これぞ『魔王式・四戒律』!」
「一、食前にスナック菓子を買うべからず」
「二、食事は、可能な限り長く行うべし」
「三、7時間の安息を確保すべし」
「四、休日には必ず城門を開き、外界へ赴くべし」
健太は一連の熱弁に呆れつつも、どこか感心したように呟いた。
「……まあ、お前にしては科学的根拠があって、具体的で、続けられそうな方法だな」
「当然だ。全ては計算通りなのだ」
吹雪はそう言うと、まるで勝利の証のように、持参したバッグから氷結の魔杖を一本取り出し、誇らしげにかじった。




