魔王、休日の過ごし方に苦悩する
土曜の夜。
いつものフリースペース「京橋」の片隅で、魔王吹雪は玉座(ちょっといい椅子)に深く身を沈め、世界の終わりでも見るかのような深刻な顔で唸っていた。
「くっ……どこにも行きたい場所がない……。だが、このままでは明日という一日が無為に過ぎてしまう。つまらない休日ほど、我が魂と身体を蝕むものはないのだ!」
目の前のスマートフォン――吹雪が「全知全能のAI」と呼ぶ神託の箱は、『そんな時は目的を決めずに出かける方がいい』などと、分かりきった答えを映し出すだけ。
もちろん、そんなことは今までもやってきた。
だが、今日の吹雪は「なんとなく」では満たされない、強烈な焦燥感に駆られていた。
「どう思う、健太、アリア。我はこのたぎる情熱をどこへ向ければよいのだ!」
向かいに座る先輩、ドラゴンの健太は、分厚いハードカバーから目を離さずに答えた。
「面倒くさいことを壮大に言うな。要は暇なんだろ。カラオケでも行けばいいじゃないか」
「日曜日は高いのだ! 魔王とて経済観念は持ち合わせている!」
「じゃあ家でゲームでもしてろ」
「それも考えた! 封印されし遊戯盤を解放する、という案もな! だが、それだけでは何かが足りんのだ!」
吹雪は立ち上がり、熱弁を振るい始めた。
「我の練り上げた計画を聞くがいい! まず今宵、24時間営業の聖域『スーパー』へ赴き、激安弁当がさらに3割引になった頓食をGetする! そして夜を徹してグータラと過ごし、夜明けと共にその頓食をむさぼり食うのだ! 今日みたいな気分の時は太るなど些末な問題よ!」
「ただの夜更かしとドカ食いだな。どうせお前はいつも通りに寝るぞ」
健太の冷静なツッコミにも構わず、吹雪は続ける。
「あるいは、寝屋川なる地にあるという魔導書とか、か覚醒のポーション(ソフトドリンク)が飲み放題はがついてくる聖なる泉『温泉』で心身を浄化し、新たな力を得るという手もある!」
二人の壮大な(?)会話の横で、アリアは空になったドリンクカップにストローを何本も差し込み、不思議なオブジェ作りに没頭していた。そして、ふと顔を上げて言った。
「吹雪くん、お弁当作るの? アリアもお手伝いする! 公園に行って、アリさんの行列を見てから作ろ!」
その純粋な提案に、吹雪は言葉に詰まる。
目的などなくても、この幼馴染はいつだって楽しそうだ。
その時だった。ピロン、と軽い音を立てて神託の箱が光った。
友人からの通信だった。
『明日、昼12時に会わないか?』
「……!」
先程までの苦悩が嘘のように、吹雪の顔に光明が差した。
混沌としていた未来に、確かな一本の道筋が示されたのだ。
そして日が変わって今日、日曜日。
約束の時間まであと2時間。
吹雪は「マクドナルド」という名の前線基地で、優雅に執筆活動に勤しんでいた。
友人との昼時で食べ過ぎぬよう、朝一でスーパーに寄ってバゲットサンドを作った。
そしてそれをバッグに入れて会う前に食べる、という老獪な戦術も忘れない。
食べるスイッチが入ると、逆に暴食してしまうことを我は知っているのだ。
だが、我の集中を乱す不協和音が店内に響いていた。
「ゴホッ、ゲホッ、ゴホゴホッ!!」
少し離れた席の女が、延々と激しい咳を撒き散らしている。
食べ終えているのに、なぜまだこの聖域に留まるのか。
どれだけ周囲に迷惑をかけているのか、分からぬのか!
「我が結界内で何たる無作法……!」
吹雪の目から、魔王らしい暗い光が放たれる。
だが、その怒りの波動も、無神経な咳の前には届かない。
女の周囲から人が離れていくのは当然の理だった。
「風邪さん、苦しそうだね。かわいそう」
隣でシェイクをすするアリアが、心底同情したように呟いた。
その言葉に、吹雪の怒りは少しだけ鎮まる。
「まあ、気にするな。それより、約束までどうするんだ?」
健太が時計を見ながら促した。
吹雪はふっと息を吐くと、すっかり落ち着きを取り戻した表情で答えた。
「うむ。残り二時間、この魔導書(ブログと小説)の執筆を進める。時間が余れば、大阪城公園なる古の戦場を散策するのもよかろう」
あれほど
「つまらない休日は過ごしたくない」
と苦悩していた魔王は、もうどこにもいなかった。
一つの約束が、目的のない時間を、充実した待ち時間へと昇華させたのだ。
魔王の休日は、かくして人とのささやかな繋がりによって救われる。
吹雪は満足げにコーヒーを一口すすると、再びキーボードへと指を走らせた。




