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魔王は信頼について午前3時に哲学する

午前三時。闇が最も深くなるその時刻。

魔王吹雪は玉座(ベッドからずり落ちた床の上)で目を覚ました。


心臓が妙に高鳴っている。

忌々しい夢を見たせいだ。


夢の中の話。

吹雪は人間界で身をやつす「会社」という組織から急いで帰る途中だった。


慌てて荷物を鞄に詰め込んだ際、誤って備品の魔力結晶ボールペンをいくつか持ち帰ってしまった。


もちろん、次の日には返すつもりだった。

いつもの「うっかり」だ。大したことではない。

そう高をくくっていた。


だが夢の中の同僚たちは、「またか」と冷たい視線を向け、ささやき声が背中に突き刺さる。


「信頼できない」

その一言で、築き上げてきたささやかな地位は崩れ去った。


「納得できん……」


薄明かりの中、吹雪は独りごちた。

なぜ意図せぬ過ちで、我が威信が傷つけられねばならんのだ。

しかし「信頼」とは結局、他人が勝手に貼る「この者はこういう人だ」というレッテルだと気づく。


思考は、別の小さな罪へと及ぶ。

吹雪は会社の備品であるマスクを、通勤時以外にも使っていた。


一日一枚。会社への些細な不満からくる、ささやかな「腹いせ」のつもりだった。

だが、これも見方によっては「横領」と断罪されるのだろう。


信頼を失いたくなければ、するな。

正論だ。

マスクなど50枚で258(税別)円。魔王の財力をもってすれば、塵芥にも等しい。


「我は何故、このような矮小なことで心を乱しているのだ……?」


吹雪の脳内で、壮大な哲学の扉が開かれた。


人生にとって大事なのは、我が心が楽しくあること。

しかし、その心は「環境」という結界に多分に守られて初めて平穏を保てる。


そしてその結界は、「信頼」という脆い魔力で成り立っているのだ。

信頼があれば言い訳も通じるが、ひとたび失われれば、ため息一つでさえ断罪の対象となる。


「そうだ……信頼を失うとは、世界のすべてを敵に回すに等しい! たった一つの『うっかり』で、不自由で不愉快な人生を送る羽目になるのだ!」


だが、と吹雪は思う。


このくらいの気の緩みは、誰の心にも巣食っているのではないか?

それを完全に無くす努力をし続けていれば、精神は病むものだ。

ではどこの線引で「このくらい」を許容すべきなのか。


「結局は……人の信頼を失いそうなことは、決してするな、ということか。当たり前だが、気付きにくい真理だ」


翌日。


いつものフリースペースに集まった三人の前で、吹雪は昨夜からの苦悩を洗いざらいぶちまけた。


「――というわけなのだ! 我々は目に見えぬ『標準』という名の掟に縛られ、心の平穏を侵されている! そしてこのままでは闇に飲まれる!」


熱弁を振るう吹雪に対し、先輩の健太は、巨大なマグカップのコーヒーを一口すすると、静かに言った。


「要するに、会社のマスクを私用で使うのがバレるかビビってる、って話だろ。結論は出てるじゃないか。自分で買え。以上だ」


「ぐっ……! ドラゴンの現実主義は心に刺さる……!」


健太の隣で、アリアはテーブルに落ちた消しゴムのカスを指で集め、小さなハートの形を作っていた。


「ふぶきん、悩んでるの? じゃあね、マスクにお顔描いてあげようか? そしたら自分のだってすぐわかるよ。笑顔がいいならニコちゃんマークも描いてあげよっか?」


「そういう問題ではない!」


だが、二人の言葉が、吹雪の心に混沌とした光を投げかけた。


そうだ、我が不満の根源は、マスクや備品ではない。

カイシャに経済的余裕を奪われ、「自分は損をしている」と感じる心そのものだ。

心の不満が、無意識の「仕返し」へと我を駆り立てていたのだ。


「我は…得たいものがあったのだ! それは『自分の時間』という、誰にも侵されざる聖域だ!」


吹雪は、まるで天啓を得たかのように立ち上がった。


「そうだ! 我は『自由に楽しく望み通りに健康に生きる』という目標を、今ここで再確認する! そのためには信頼を損なう行動は、たとえそれが『うっかり』でも『大したことない』ものでも、排斥せねばならん!」


「おお、なんか知らんが吹っ切れたみたいで何よりだ」


吹雪は構わず、自身のタイムマネジメント計画を宣言した。


「我が魔王としての活動時間は、一日三時間までが限界! ゆえに、これより①朝の仕事前の一時間、②休憩時間の一時間、③夜の帰宅途中の一時間を、我がブログと小説を執筆する『魔王の活動時間』と定める!」


今日は結局、山のような仕事で自分の時間は確保できなかった。

だが、明日の分の仕事も途中まで片付けたのだ。


「つまり!」と吹雪は指を立てる。


「今日の活動で休憩が潰えたが、明日はその分時間に余裕ができた。その為に昼に二時間の活動が可能となる! 朝一時間、昼二時間、夜一時間! 合計四時間! なんと素晴らしい時間配分だ!」


「よかったね、ふぶきん! 明日はいっぱい遊べるんだね!」

アリアが無邪気に手を叩く。


健太は心底呆れた顔をしながらも、どこか面白そうに口の端を上げた。


「壮大な哲学の果てが、結局はタイムスケジュールの見直しか。まあ、お前らしい解決策だな」


そう、魔王の悩みは壮大だが、その解決策はいつも、驚くほど人間くさいのだ。


吹雪は、明日の四時間の活動時間に胸を膨らませ、満足げに頷いた。

しかし次の日は忙しくて、また昼休憩はないのだった。

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