自称魔王の「なんかイイかも」探し
自称「魔王」こと吹雪は、実のところ暇を持て余していた。
世界征服なんていう壮大な目標は、この平和な現代日本ではリアリティがなく、かといって本業以外にバイトに明け暮れるほどの勤勉さも持ち合わせていない。
ただただ、自室の玉座(という名のデスクチェア)に鎮座し、流れていく動画を眺める毎日。
そんな彼を見かねたのか、あるいは単に面白いオモチャを見つけたかのように、現実的な視点を持つドラゴンの血を引く(と吹雪は勝手に思っている)先輩の健太と、予測不能な行動でなぜかいつも場を和ませる幼馴染のアリアが、彼の城(という名のアパートの一室)に入り浸るようになって久しい。
「あー、なんかこう、シャキッとしねぇかなぁ」
リモコンを弄びながら、吹雪が天井に向かってぼやく。
窓の外からは、カツカツと小気味良いヒールの音が聞こえてくる。その音に、吹雪は眉をひそめた。
「あの音、なんか冷たくて気に障るんだよな。まるで俺様の無気力さを嘲笑っているようだ」
「考えすぎだろ、吹雪。ただの通行人だ。むしろ、その音で緊張感が得られて、思考が集中できるって捉えることもできるぞ」
ソファで分厚い本を読んでいた健太が、顔も上げずに淡々と言う。
彼の言葉はいつも的確で、ぐうの音も出ない。
「椅子もなんか生暖かいし…気持ち悪い。俺様の集中力を削いでくる刺客か、これは」
「昨日お前が長時間座ってたからだろ。それより、そんなことばかり気にしてるから、余計に意識が散漫になるんじゃないか?」
健太の指摘はいつも通り正論だ。
無視すればそこで終わるもの。
呼吸だって、意識してなくても、いつの間にか勝手にしている。
しかし、そこに意識を向けることで、「今の自分を知る」ことができるのだと、どこかの自己啓発本で読んだ気がする。
「マインドフルネス、だっけ?呼吸に集中しろとか言うけどよ、健太先輩。俺、飽き性だからそんなの毎日できねえんだよ」
「無理に呼吸にこだわる必要はないさ。お前が今、感じていることを言葉にしてみることから始めたらどうだ?『通りすがりのヒールの音が冷たく感じる』。それはそれで一つの発見だろ。そこからどう感じて思い巡らせるか、だ」
ふむ、と吹雪は腕を組む。
「言葉にならない言葉を見つけて紡ぎ出す…か。それによって、今の自分に適切な判断ができるようになり、満足できる行動が取れる…と?」
「まあ、そういうことだ。一日を振り返った時に『今日は充実してたな』と思える日が増えれば、結果的に一年後には大きく変わってるかもしれないぜ」
健太の言葉は、まるで予言のようだ。
そういえば、数ヶ月前に自分がSNSに書きなぐった悩みを見て、
「え?こんな最近でそんなことで悩んでいたのか、俺様は?」
と赤面した記憶がある。
いつの間にか、人は成長しているものらしい。
その時、ガチャリとドアが開いた。
「ふっふっふー、魔王様に献上品だよー!」
アリアが、両手にコンビニの袋をぶら下げて入ってきた。彼女はいつも唐突で、そしてなぜか楽しそうだ。
「お、アリアか。今日の献上品は何だ?」
「新作の激辛スナックと、あとこれ!なんか美味しそうだったから!」
アリアが取り出したのは、なぜか大量のわさびチューブだった。
「…なぜ、わさび?」
吹雪と健太の声がハモる。
「んー?なんか、ツーンとした刺激が欲しかった気分だったの!」
アリアはケラケラと笑いながら、早速激辛スナックを開けている。
その自由さに、吹雪は少しだけ救われたような気になる。
「自分の状態を言葉にできないから認識できない。認識できないから対策できない。ここが悩みの本質なんだよな、きっと」
吹雪は呟いた。
「俺で言うなら、『休日は家から出られずに動画ばかり見ている』ってやつだ」
「『そんな事をしている自分が悪い』って考えて、そこで思考停止してないか?」
健太が本から目を離して言った。
「そんなダメな自分を許容するのも一つの手だが、改善したいなら、なぜそうするのか、色んな感情を言葉にしてみるんだ」
「うーん…『動画は楽だから』…とか?」
「もっと掘り下げてみろよ。悪いことじゃなくて、自分が楽しいこと、つい行動してしまうことに目を向けてみたらどうだ?」
吹雪はハッとした。そうだ、俺様にも楽しいことはある。
「俺、休日に5時に置きて、朝一で24時間スーパーに行くのは結構好きなんだよな」
俺は今朝の感情を表現してみた。
「原付きで走らせて、太陽はすでに少し温かいけど、まだ少し肌寒い空気を浴びながら行くのが気持ちいい。そして今日の料理を作る為の材料を選ぶのも楽しい。そして帰ってから、その日の料理を作るのも楽しい」
「ほう、それは知らなかったな」
健太が少し意外そうな顔をする。
「でも、問題は家から出ないことだったろ?それはなぜだ?」
「…それが、朝食をガッツリ作って食べて、満腹になると、もう動きたくなくなるんだよ。で、テレビをつけて、そのまま動画…魔のループだ」
なぜテレビばかり見るのか、なぜ苦しくなるまで食べるのか、なぜこんなに無気力なのか。
マイナス面ばかり見ていた時は、答えが見えなかった。
「なるほどな」
健太が頷く。
「つまり、お前の『楽しいこと』の後に、行動を阻害する要因が隠れていたわけだ」
アリアが、口の周りをスナックの粉だらけにしながら言った。
「あ、それならさー、吹雪くん! 朝に作ったとびっきり美味しい料理、そのまま家で食べちゃうからお腹いっぱいで動けなくなるんでしょ? 」
アリアは楽しいおもちゃを見つけたようにハッとした顔になった。
「じゃあさ、それをお弁当箱に詰めて、どこか景色のいい公園とか、ちょっとした探検気分で新しい場所とかに持って行って食べればいいじゃん! ピクニックだよ、ピクニック! そしたら、家でゴロゴロゴロゴロ〜ってなる前に、お腹空いているから、お弁当食べるために絶対外に出かけることになるよ!」
アリアは、まるで自分が今すぐピクニックに行くかのように、ワクワクした顔で吹雪を見た。
「…!」
アリアの天真爛漫な提案に、吹雪は三度、目から鱗が落ちる思いだった。
なぜ、いつも仕事の日は毎日きっちり起きられて、活動できるのか。
なぜ、平日あんなにアクティブな行動ができるのか。
それは、明確な目的と、その後の行動が決まっているからだ。
休日の朝のスーパーも、その後の料理も楽しい。
その行動は目的を持って行動している。
しかし、その「完成品」を家で食べてしまうから、満足感と満腹感で動けなくなり、そのまま無気力なループに陥っていたのだ。
「そうか…! 料理を作るという『楽しい目的』の後に、その料理を『外で食べる』という新しい目的を見つければいいのか! 家の中にいなければ、テレビや動画の誘惑もないし、ダラダラと苦しくなるまで食べることもない。しかも、『どこでお弁当を食べようか』と考えたり探すのも、新しい楽しみになるかもしれない!」
「調理という創造的な活動の後に、場所を変えてその成果を味わう、か」
健太が腕を組み、少し感心したように言った。
「食事の場所を外部に設定することで、必然的に外出が促され、日中の活動へと繋がる。環境を変えることは、気分転換だけでなく、行動のスイッチを切り替えるのにも有効な手段だ」
吹雪は、自分の心の中でまた一つ、新しい回路が繋がったのを感じた。
感じていることをちゃんと認識し、言葉にする。
その繰り返しが、次の答えを見つけ出すきっかけになる。
そして、その繰り返しが、いつの間にか習慣さえも変えていくのかもしれない。
「よし!まず次の休日の朝は、最高の食材で至高の弁当を作り上げ、まだ見ぬピクニックスポットを求めて出陣するぞ!」
高らかに宣言する吹雪に、健太は「まあ、熱中症には気をつけろよ」と現実的なアドバイスを忘れず、アリアは「やったー! 私もついてくー! お菓子いっぱい持ってくね!」と満面の笑みで手を挙げた。
通りすがりのヒールの音は、まだ少し冷たく感じるかもしれない。
座っている椅子が、長時間座れば生暖かくもなるだろう。
だが、それに囚われるのではなく、そこから何を感じ、どう言葉にし、次へと繋げるか。
魔王吹雪の、暇を持て余す日常からの脱出計画は、まだ始まったばかりだ。
そうしている内に一年後には、彼はきっと「え?あの頃の俺様、そんなことで悩んでいたのか?」と、今の自分を笑い飛ばしているに違いない。
そんな予感を胸に、吹雪は少しだけ軽くなった心で、窓の外の夕焼けを眺めた。
それは、いつもより少しだけ、鮮やかに見えた気がした。




