魔王吹雪、不動産トラウマを語る
「ちくしょう、またやっちまった…」
魔王吹雪は、手にしたスマホを眺めて深いため息をついた。
原付きバイクの保険の更新を間違えてしまい、節約するつもりが、意味のない割高なプランを追加する羽目になったのだ。
「こういう細かいロスが積み重なるんだよなぁ。節約もさ、色々聞いたり試して見ないと逆に損するってことか…」
ラウンジでくつろいでいたドラゴンの化身、健太に愚痴ともつかない言葉を漏らす。
健太は手にしていた古文書から顔を上げ、面白そうに言った。
「どうしたんだ、吹雪。いつになく浮かない顔だな。またアリアに冷蔵庫のプリンでも全部食われたか?」
「違いますよ! …いや、まあ、それも日常茶飯事ですけど。今日はバイク保険でちょっと…。健太さんみたいに何でも知ってれば、もっと上手くやれるんでしょうけどね」
「俺は別に万能じゃないさ。ただ、新しい情報や家電に触れておくのは、どんな時代でも損にはならんと思うぜ。最近じゃ、若い魔族の連中はスマホを使いこなして、昔じゃ考えられんような情報交換や娯楽を楽しんでるだろ? 年配の魔族の中には、いまだにガラケーが現役だとか、テレビはブラウン管じゃないと味がないとか言ってるのもいるが…」
そこへ、噂をすれば影、幼馴染のアリアがスキップしながらやってきた。
手にはスマホとぬいぐるみを持ち、何やら画面をタップしている。
「ふぶきー、けんたー、見て見て! 魔界ポイントで、光るスライムのぬいぐるみと交換できたのー! ふわふわだよー!」
「おお、アリア、お前いつの間にそんなポイ活マスターに…」
吹雪は、ポイントで大喜びするアリアと自分を重ねて、また小さくため息をついた。
「俺だってそうですよ。スーパーの野菜が安いかどうかで一喜一憂してる小さい魔王ですから。そういう奴って、大きなお金が動く時に、大金動かす免疫がないから、ドカンと失敗するんですよね…昔はテレビばっかり見てて、行動しないのにわかった気になっていたから、大事な時に判断をミスってしまう…」
健太は興味深そうに吹雪を見た。
「ほう、何か心当たりでも?」
「…ええ、まあ。何を隠そう、この魔王城…というか、まあ、この家ですよ」
吹雪は天井を仰ぎ、遠い目をした。
あれは、魔王として成り上がり、自分の城、もといマイホームを持つという夢に浮かれていた若かりし頃の、最大の汚点であり、最大の失敗だった。
「あの頃は、もう完全に舞い上がってましたね。部屋の間取りですか?『魔王たるもの、リビングは広く、書斎は防音!』くらいしか考えてませんでした。冬の寝室の床が、こんなに底冷えするなんて思いもしませんでしたし、屋根の断熱材の性能もちゃんと確認すべきでした。壁のヒビだって、『塗れば治りますよ』なんて言いくるめられて…」
「…なかなか豪快なやられっぷりだな」
健太は苦笑を禁じ得ない。
アリアはいつの間にか、光るスライムのぬいぐるみを吹雪の頭に乗せて
「魔王様のかんむりー!」
とはしゃいでいる。
「そもそも、もっと他の物件…中古マンションとか、建売とか、色々見て比較検討してれば、今のこの家を選んだかどうか。タイミングも最悪でした。自分の心のボルテージが最高潮な時に、不動産屋に乗せられて、一気に話を進めちまったんです」
吹雪は頭を抱える。
「昔から細かい失敗を色々経験してれば、もっと慎重になれたかもしれない。でも、そういう経験があったとしても、自分の『舞い上がりやすい』本性に気づけたかどうか…お金が大きく動く時は、本当に冷静にならないとダメですね」
健太は頷き、少し真面目な顔で言った。
「ああ、それは賢者ダイチャンタも言ってたな。『何かを買う時は、その会社の株を買うような気持ちで、その価値と中身をしっかり見極めろ』と。特に大きな買い物ならなおさらだ。安くする方法だって、探せばいくらでもあるはずだからな」
「そうなんですよ! もっと時間をかけて比較検討すべきでした。特に不動産屋は要注意でした。彼らはこちらが素人なのを良いことに、自分たちが楽で儲かるリフォームや改装を勧めてくる。こっちが注文をつけると、途端に態度が冷たくなる奴もいましたしね」
吹雪の愚痴は止まらない。
「『これが普通ですよ』『皆さんこうしてます』なんて言葉を鵜呑みにして、結局、言われるままにリフォーム会社と契約するんですが、不動産屋が中間マージンをたっぷり取るんです。おかげで予算の関係もあって出来ない事が多くなり少し不便な家が出来上がっちまうんです。不動産屋を経由するのは要注意ですね。まず物件に当たりをつけたら、信頼できるリフォーム会社は自分で探さないと」
「住宅ローンもな。これも不動産屋に任せるんじゃなくて、自分で条件の良いところを探すべきだ。特にリフォームが必須の物件なら、その内容も込みで考えないといかん」
健太が補足する。
「家を購入するなんて、普通の会社員…いや、普通の魔王にとっても全くの未知のジャンルで一代事業ですからね。手間暇かけて情報を集めて、比較して、納得いくまで時間を置いて冷静になるべきでした」
吹雪は続けた。
「一番いけないのは、急かしてくる相手。向こうは早く契約させて金が欲しいから急かしてくるけど、こっちはそんなに急ぐ必要なんてなかった。前の賃貸アパートの家賃が2~3ヶ月余計にかかったって、知れてますからね。それよりも、納得できる契約にする方がよっぽど大事だった…」
吹雪は、今度こそ本当に深いため息をついた。
アリアが、そんな吹雪の顔を覗き込み、光るスライムのぬいぐるみで頬をツンツンする。
「ふぶき、だいじょーぶ? このおうち、アリアは好きだよー! かくれんぼするとこいっぱいあるし、バイクもガレージに置けるし!」
その屈託のない言葉に、吹雪はふっと表情を緩めた。
「…ああ、そうだな。結局は住めば都、なんだよな。色々あったけど、お前たちが今いるから、この家も悪くない」
健太も頷く。
「失敗から学ぶことは多い。今回のバイク保険も、この家の教訓も、次に活かせばいいさ。大事なのは、同じ轍を踏まないことと、自分が冷静になる方法と判断基準をしっかり見つけることだ」
「はい。これからは、もっと慎重に、人に聞いて自分の頭で考えて、冷静になる為に時間を置いて、納得いくまで情報を集めてから決めるようにします。大きい事はもちろんですが、小さなことでも」
吹雪は顔を上げ、少しだけ晴れやかな表情になった。
失敗はしたが、そこから得た教訓は、これからの魔王人生にとって、きっと大きな財産になるだろう。
「よし、まずは手始めに、アリアのその光るスライム、俺もポイントでゲットしてみるか!スマホで検索だ!」
「えー!ふぶきも欲しいのー?おそろいだねー!」
魔王城、もとい魔王の家には、魔王とドラゴンと幼馴染の、いつもと変わらない、けれど少しだけ現代的なアイテムに囲まれた日常が流れていくのだった。




