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魔王、スロットで天下取り?

「ふぅ…やはり土いじりは落ち着くな」


魔王城(という名のちょっと広い一軒家)の庭で、鍬を片手に汗を拭う男がいた。

かつては魔王として世界征服すら夢見た(らしい)吹雪である。


今の彼は、野菜作りに情熱を燃やす、穏やかな好青年(?)だ。

玉座で暇を持て余していた頃が嘘のようである。


「ふぶきー、見て見てー!おっきいミミズさん捕まえたよー!」


畑の隅で泥んこになっていた幼馴染のアリアが、満面の笑みで巨大なミミズを掲げて走ってくる。

その隣では、ドラゴンの化身である健太が、やれやれといった顔で苦笑いしながら、ハーブティーを味わっていた。


「アリア、それを吹雪の顔に近づけるんじゃないぞ。それにしても吹雪、お前も変わったもんだな。昔はあんなにギラギラして、一攫千金を夢見ていた時期もあったというのに」


健太の言葉に、吹雪は遠い目をして空を見上げた。

「ああ…ありましたね、そんな時期が。特にスロットにどっぷりハマっていた頃は…若気の至りというか、何というか」


そう、あれは彼がまだ「暇を持て余す魔王」だった頃の話だ。


***


「先輩、スロプロの定義って覚えてます?『1ヶ月の収支で必ずプラスになる人』でしたよね! 俺、目指しますよ、スロプロ!」


当時の吹雪は、かつて人間界でパチンコやスロットに熱中した興奮を忘れられず、再びその世界に足を踏み入れようとしていた。

一時期は月に30万以上も負けていたことなどすっかり忘れ、根拠のない自信に満ち溢れていた。


そんな吹雪に、冷静な現実を突きつけたのが健太だった。

「甘いな、吹雪。プロの世界はそんなもんじゃない。まず大前提として、子役の取りこぼしは絶対に許されない」


健太は、プロがいかに厳しい基準で立ち回っているか、子役一つ取りこぼすことの損失がいかに大きいかを、懇々と説いた。


プロは平均30万を稼ぐと言われているが、それは子役を取りこぼさないからだ。


素人はレア子役を1/3から半分は取りこぼすと言われている。

つまり、それだけで1日に200枚から300枚、金額にして数千円のロス。一ヶ月で計算すると10万以上のロスが生まれる。


つまりプロと全く同じ打ち方をしてもプロが30万なら、そいつは20万以下になるのだ。

それは設定6の台を掴んでも、技術介入が完璧でなければ期待値を下回ってしまう事を意味する。


「うぐぐ…」

実際にシミュレーターで挑戦してみても、吹雪は「あ、しまった!」の連続。


そのたびに健太からは

「『あ、しまった!』はスロプロにあってはならない一言だ」

と手厳しい指摘が飛んだ。


「子役を取りこぼさないのはスタートライン。そこから正確なカウントで設定を見極め、店の癖を読み、経験を積む。月単位で絶対に負けない精神力と、生活費を稼ぎ出すシビアさが求められるんだ。なんせスロプロは一ヶ月で1日も休みなんてないからな」


アリアはそんな吹雪の様子を、いつものように不思議な方法で応援していた。


子役を取りこぼすたびに自分の頭をコンと叩いて「取りこぼし菌」を追い出そうとしたり、スロット台のキャラクターのモノマネをして励まそうとしたり。


その純粋さが、張り詰めた吹雪の心を少しだけ和ませてくれたものだ。


「プロは台と一体化する覚悟がいる。お前が昔、プロの友人に教わりながらも大負けしたのは、結局、目押しもマスター出来ず、子役カウントもし忘れて、熱くなって冷静さを失ったからだろう? 何も学ばなければ、素人は簡単に大金を失う。練習のつもりで低レートで打っても、『勝ちたい』という気持ちが先行すればスキルは上がらない。『極める』という覚悟がいるんだ」


健太の言葉は常に厳しかったが、それは彼自身もかつてその世界の厳しさを知っていたからかもしれなかった。


「極めるには、まず家庭用のゲームでいい。追加料金が発生しないから、ひたすら練習できる。設定ごとの挙動を理解し、演出を完璧に覚え、子役を100%取れるようにする。それがプロの入り口だ。そこで熱くならずにやり込めるなら素質はあるかもしれんが、逆にゲームですら無理なら諦めた方がいい」


吹雪は当時、健太の言葉に発奮し、シミュレーターに真剣に取り組んだ。

魔王としてのプライドもあったのかもしれない。


「まずはこのシミュレーターで、子役を100%取れるようになるまで」

と。


***


「…で、結局どうなったんだっけな、あの挑戦は」


健太が思い出すように尋ねると、吹雪は苦笑いを浮かべた。


「いやあ、お恥ずかしい限りですよ。7000回転を回すスピードで子役を100%取るというのは、想像を絶する集中力と慣れが必要で…ある程度までは行けたんですが、それを毎日続けるとなると、とてもじゃないが俺の性には合わなかったようです」


彼は続ける。


「それに、仮にそれができたとしても、健太先輩が言っていた『1ヶ月収支で必ずプラス』という壁がいかに高いか、身をもって知りました。冷静さを保ち続けることの難しさ…俺にはギャンブルの素質も、そこまでのめり込む覚悟もなかった。まさに、先輩の言う『挫折した人間』ですよ」


吹雪はそう言って、少し寂しそうに笑った。


「でもある時、気づいたんです。アリアが毎日楽しそうに畑の世話をしているのを見て…ああ、こういう風に、日々の小さな成長や収穫を喜ぶ生き方もあるんだなって」


アリアが、ちょうど採れたてのプチトマトを吹雪の口に「あーん」と運んできた。

「ふぶきんの作るお野菜、おいしいもんね!」


その屈託のない笑顔に、吹雪も健太も顔がほころぶ。


「まぁ、あの頃の経験も全くの無駄だったとは思いませんよ。何かに真剣に取り組むことの難しさ、そしてそれを継続することの大切さは学べましたから。今の野菜作りにも、どこか通じるものがある気がします」


吹雪は晴れやかな顔で言った。


「だから、もうスロットで食っていこうなんて夢は見ません。この畑で、皆で食べる野菜を育てる方が、よっぽど性に合っています」


健太は満足そうに頷いた。

「それが一番だ。ギャンブルは、深入りすればするほど失うものも大きいからな。お前が良い境地に至れて何よりだ」


魔王城(?)の庭には、穏やかな時間が流れていた。


かつてスロットのシミュレーター音が響いていた部屋からは、今はアリアの鼻歌と、時折聞こえる吹雪の笑い声が聞こえてくる。


暇を持て余していた魔王が、小さな畑と日常の中に大きな幸せを見つけた、そんなお話である。

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