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魔王吹雪の「なんとか生活向上委員会」

「暇だ……」


玉座(と称している趣味部屋の税込み2,980円のデスクチェア)に深くもたれかかり、吹雪は天を仰いだ。


かつては世界征服すら夢見た(かもしれない)魔王も、今やブログから小説を書き上げるというささやかな楽しみを見出し、それを新たな力の源泉としようとしていた。


「楽しみが増えたのは結構だが、それで未来が明るくなる保証はないぞ、吹雪」


背後から、まるで硬質な鱗を思わせるほどの現実的な声が飛んできた。

ドラゴンの化身にして吹雪の先輩、健太である。

彼は手にしたタブレットで何かの収支計算をしながら、冷めた目で吹雪を見ている。


「分かっているさ、健太先輩。この筆一本で天下を取るなど、夢物語。現実に食える状況を作らねば、我が未来は常闇に閉ざされるであろう!」


吹雪が大げさに胸を反らすと、部屋の隅で奇妙なポーズで固まっていた幼馴染のアリアが、ふわりと動き、窓辺に積まれた古雑誌のタワーにそっと小さな花を挿した。

彼女の行動はいつも唐突で、しかし不思議と場の空気を和ませる。


「未来が暗いとか言う前に、まずは副収入だ。今の会社、副業禁止だろう? 普通のアルバイトは無理だぞ」


「うむ。それが一番確実な稼ぎ方だというのに…! 我が魔力を時給に換えれば、時給1000円としても…む、人間界の賃金は安いな!」


「人件費として計上される仕事がダメなんだ。請負なら、自分で税金を処理すれば問題ない可能性はある」


健太はタブレットを操作し、あるデータを示した。


「欲しい金額は月5万円。そのためには、思ったよりも稼げないのを見越して最低でも10万から15万円の粗利目標が必要だ。甘く見るなよ」


吹雪は腕を組む。

「小説を書いて評価を得て、そこから仕事に繋げるのは一つの道だが、時間がかかりすぎる。即効性のある収入源も確保せねばな」


「現実的なのは、やはり物販だな。休日に卸売で仕入れて、メルカリやAmazonなどで売る」

と健太。


「結局それしかないのか…」

吹雪はため息をつく。


「まずは我が城(家)に眠る不用品を処分し、軍資金と経験値を稼ぐとしよう。匿名配送の術もマスターせねばな」


アリアが、どこからか取り出した古いぬいぐるみを見つめ、

「この子も、旅に出るの?」

と首を傾げた。


その純粋な問いに、吹雪は少しだけ胸が痛んだ。


「問題は何を仕入れるかだ。古物は扱えん。今の我が仕事が古物関連の会社だからな。資格を取るのも今は無理だ」


「つまり、ヤフオクやメルカリで仕入れて売る『せどり』はアウト。仕入れは正規の業者から、新品ということになるな」


健太が続ける。

「まずは一日2万円の粗利を目指す必要がある。その為には単価の高いものを少数売るか、単価が低くても大量に売れるものを見つけるかだ。しかし単価が安くて大量に売るのは休日に行う作業としては現実的ではない。手数料10%、送料1,000円、梱包材200円と仮定すると…例えば1万円で売れるものを仕入れ値5000円で見つけられれば、1個あたりの利益は2800円。一日7個売れば達成できる。一ヶ月で50個売れれば粗利14万だな」


「仕入れ5000円で売価1万円で飛ぶように売れる商品か…そんな秘宝、どこにあるというのだ!」

吹雪は頭を抱える。


「まあ、定番品を狙うのが堅実だろう。そして、付加価値だ」

健太は指を立てた。


「ネット販売では、ちょっとした工夫が物を言う。プロテインにシェイカーを付ける、扇風機に可愛い吹き流しを付ける、とかな」


その時、アリアが先ほど花を挿した古雑誌のタワーの横に、いつの間にかリボンで飾った空き缶を置いていた。それはただの空き缶だったが、リボン一つでどこか特別なものに見えた。


「…それだ! アリアの発想、まさに付加価値!」

吹雪は目を輝かせた。


「複数のアイテムを組み合わせ、遊び心や便利さをプラスすることで、定価でも売れやすくするのだ!」


「そのためには、まず売れる定番品を見つけることだ。そして、それを魅力的に見せる組み合わせを考える。一階の趣味部屋を倉庫にすれば、多少の在庫は抱えられるだろう」

と健太。


「うむ、卸売業者か…ネットで仕入れれば確実だな。でも売れる商品がわからないな。先輩の知恵で探し出すことはできぬか?」


健太は少し考えてから、

「今、懇意にしているアルバイトの者が、買い物が好きなのでそういった情報に詳しいかもしれん。聞いてみる価値はある」と答えた。


「おお、希望の光が!」


吹雪は立ち上がり、窓の外を見た。夕日が街を茜色に染めている。


「まずは、この城の不用品整理からだ。そして、来るべき日のために、商材を探し出す。月5万円…いや、その先の覇道も見据えて、我は進むぞ!」


傍らで、アリアが今度はどこからか取り出した小さなベルをちりんと鳴らした。

その音は、まるで小さな祝砲のように、魔王の新たな挑戦の始まりを告げているかのようだった。


健太は、そんな二人を少し呆れたような、しかしどこか期待するような眼差しで見守っていた。

魔王の副業探しという、奇妙で、しかし切実な日常が、今、静かに幕を開けたのだった。

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