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魔王印の万能鍋つゆ開発秘話 〜ちょっぴりスパイシーな日常鍋〜

「うーむ……」


キッチンカウンターに肘をつき、目の前のステンレス鍋を睨みつける俺、吹雪。


魔王を自称してはいるものの、最近の主な活動はもっぱら料理、それも鍋料理の研究だ。

今日はレシピを見ずに、勘だけで豆板醤鍋を作ってみたのだが……。


「どうしたんだよ、魔王様。また世界の法則でも歪めたかのような顔して」


リビングからひょっこり顔を出したのは、俺の先輩であり、その正体は思慮深いドラゴン(らしいが、普段は人間体で常識人ぶっている)健太だ。


手には読みかけの文庫本を持っている。


「健太か。いや、世界の法則ではない。だが、この鍋の味が、美味いのかそうでないのか、全くの未知数なのだ。我が魔導の勘が、今日はどうも冴えん」


昨夜、近所の定食屋で食べた豆板醤鍋は、それはもう絶品だった。

あの味を再現、いや、凌駕しようとしたのだが。


「また適当に入れたんだろ? 昨日のアレは確かに美味かったけどな」


健太が呆れたように肩をすくめた隣で、ふわふわとした雰囲気の幼馴染、アリアが

「ふぶきん、お鍋できたのー?」

とパタパタと駆け寄ってきた。


彼女の周りだけ、いつも春風が吹いているようだ。


「アリア、ちょうどいいところに。味見……はまだ早いか。まず、我が理論を聞いてもらおう」

俺は咳払いを一つして、二人に向き直った。


「この豆板醤鍋、実は味噌も使うのだ。するとどうだ、我が家がストックしている100個入り税込み599円の業務スーパーのインスタント味噌汁が、ちょうどよく消費されて一石二鳥! しかも味噌も豆板醤も発酵食品。つまり、健康にも良いというわけだ。ふははは、我ながら完璧な布陣!」


最近、どうやら俺は辛いものが好きらしい。

そして、味噌も活用したい。


そこでネットの叡智を借りたところ、味噌と辛いものはそもそも相性が抜群、特に豆板醤やキムチの素とはゴールデンコンビだという啓示を得たのだ。


「つまり、そのバランスさえ見極めれば、至高の鍋が完成する、と?」

健太が面白そうに口の端を上げる。


「その通りだ、我が友よ! ネットのレシピは様々だったが、俺なりに統合し、昇華させたのだ!」


俺は得意げに、壁に貼ったメモを指差した。

そこには、数多のレシピから抽出したと思しき材料が殴り書きされている。


「だし汁は水が700mlに顆粒だしで十分」

俺は講釈を始めた。


「ごま油を回し入れ、酒、みりん、醤油、そしてチューブのニンニクと生姜を『大さじ1前後を目安に適当に』投入してもしなくてもベースは完成する!」


「適当に、ねぇ……」

健太が訝しげな視線を送るが、俺は構わず続ける。


「そして、ここからが我が魔王流! 味噌パックを三つ! そして豆板醤かキムチの素を、これまた『大さじ1前後を適当に』! どうだ、シンプルかつ大胆だろう!」


アリアが

「わー! ふぶきん、すごーい! 適当がいっぱいだね!」

と目を輝かせている。


うん、アリアは分かってくれる。


「このベースさえあれば、豚肉だろうがサバ缶だろうが、恐れるものはない。サバ缶に至っては、水煮、味噌煮、醤油煮、どれでも受け止める懐の深さだ。なんなら冷凍の鶏団子だけでも、きっと楽園は現出する」


俺の脳内では、次々と鍋のバリエーションが生まれては、湯気を立てて踊っている。

「その上で野菜を適当にだ。ふふふ、試してみたくてたまらん!」


健太がため息をつく。

「その『適当』の精度が問題なんだろうけどな。まあ、鍋は懐が深いから、大抵なんとかなるのが救いか」


「ふん、貴様ごときに我が黄金比率が理解できるかな? さらにだ! 味変でカレールーを投入すればカレー鍋に、キムチの素を増量すればキムチ鍋へと進化する! トマト鍋やポトフ、ウェイパーを使った中華鍋は鶏ガラやコンソメがベースだが、それもいずれ我が支配下に置かれるであろう!」


ここ数年、鍋料理ばかり作っている俺は、そろそろ鍋という概念そのものをマスターするべき時が来たのではないかと感じている。


「鍋の感覚を掴むことができれば、料理時間はさらに短縮され、そこから先の新たなる料理の地平線も見えてくるはずだ……!」


俺は拳を握りしめ、高らかに宣言した。

「よし、これからも色々作っていくぞ! まず目指すは鍋料理の完全制覇だ!」


「はいはい、まずは目の前のその『未知数の鍋』をどうにかしてからな。アリア、味見は勇気がいるかもしれないぞ」


健太が苦笑しながら言うと、アリアは

「だいじょーぶ! ふぶきんの『適当』は、たまにすっごく美味しいもん!」

と、無邪気に俺の鍋に期待の眼差しを向けていた。


う、うむ。その純粋な信頼に応えねばなるまい。


俺はそっと鍋の蓋を開け、立ち上る湯気の中に、ほんの少しだけ、まだ見ぬ美味の予感を感じ取ろうと鼻をひくつかせた。


魔王の挑戦は、まだ始まったばかりなのだ。

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