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三時間魔王の「書く」以外なにしてる?~凡人と賢龍と不思議ちゃん~

「はぁ……」


俺、吹雪の口から深いため息が漏れる。


目の前のノートパソコンには、昨日書き上げたばかりの小説の一節が表示されている。

我ながら、ほのぼのとした、結構好きな感じで書けている。


夢だった小説を書くという行動は、案外すんなりできてしまった。


AIに

「夢があるのに追いかけない人は、決して怠けているわけではなく、心の中に何らかの葛藤や障壁を抱えていることが多いです」

なんて言われた俺だが、やってみるとその壁は意外と低かったのかもしれない。


「で、またため息かよ、魔王様」


声の主は健太。

俺の数少ない友人で、やたら現実的な視点を持つ男だ。その的確すぎる指摘は時にドラゴンのブレスのように鋭いが、今はカフェオレを啜りながら呆れた顔をしている。


なぜ俺が「魔王」かって?

長年「いつかやる」と言い続けて何もしなかった俺に、いつの間にかアリアがつけたあだ名だ。


曰く、「暇を持て余す姿が魔王っぽい」らしい。

本当に魔王なのにひでぇやつだ。


「だってよぉ、健太。書くのはいいんだ。一日三時間が限界だけどな。問題はその後だ。ポカンと心に穴が開いたみたいで、何していいかわかんねぇんだよ」


「贅沢な悩みだな。前は『才能がないのが怖い』だの『失敗が怖い』だの考えていたようで、一歩も動かなかったくせに」


「うっ……それはそうだけど」


確かに、今までの俺は夢追い人とは名ばかりの傍観者だった。


でも、行動してみたら

「そんなに大したことがなかった」

と気づいてしまった。


もちろん、もっとレベルを上げないといけないのは分かっている。

どんどん書かないと成長しないのも。


でも、無理なんだ、長時間続けるのは。


「だったら、その空いた時間でクオリティを上げるために、ひたすらインプットすりゃいいだろ? 色んな人生を歩む、だっけか? お前が前に言ってたやつ」


「それが難しいんだって。平日は仕事終わりになんか違うことするったって、違うルートで帰るとか、駅の途中で降りて歩くとか……目的が『経験する事』じゃパンチが弱いっつーか、書くためにわざわざ出かける気にはなれねぇんだよな」


俺がぶつくさ言っていると、ふわりと甘い香りがした。

幼馴染のアリアが、どこからか調達してきたらしいマカロンを俺の口に突っ込んできた。


「ふぶきん、考えすぎー。美味しいもの食べたら、新しいこと思いつくかもよ?」


アリアはいつもそうだ。

不思議な行動で、場の空気を和ませるというか、かき乱すというか。

でも、その突拍子のなさに救われることもある。


「アリアの言う通り、たまには気分転換も必要だろ。お前、休日は何してんだよ?」

健太がコーヒーカップを置きながら尋ねる。


「休日はダイエット目的でお出かけしてるぞ」


俺はひとつ咳払いして続けた。

「まず朝イチでスーパー行って家でバケットサンド作って、電車に乗って紙の本を読む。スマホ片手にポイ活も欠かさねぇ。途中で腹減ったらバケットサンド食って、疲れたらマクドだ。アンケートに答えた人がもらえるKODOのクーポンはもちろん使う。そこでブログとか小説書いたりして、また腹減ったら残りのバケットサンド食う。大体15時くらいには疲れて帰宅だな」


俺はまだ続ける。

「しかし食事制限は無理だ。平日は一日一食でもいけるが、休日はそんな事はできない。だから家でゴロゴロして食べて寝る、みたいな生活さえしなければOKにしてる」


一気にまくし立てると、健太は少し引いたような顔をし、アリアは目を輝かせている。


「……相変わらず極端だな、お前は。だが、まあ、行動してるだけマシか」


「ふぶきんのバケットサンド、今度食べたいなー! ポイ活も教えてー!」


「アリアには難易度高いと思うぞ、あのポイ活は」


俺の夢は、納得できる小説を書くこと。

それがさらに人の目に触れてくれれば満足だ。


もちろん売れてほしいけど、今まで書いたことないのに売れるなんて到底思えない。

だから、まずは自分が納得できる出来であれば十分だ。


「でもよぉ、長年小説のことばっかり考えて、でもやらなかったから、どんどんハードルが上がっていた。『人生犠牲にしないと』的な感覚になっていたよな。でもいざ始めてみたら、そんな事はない。だから他の空いた時間、いや、心の隙間をどう使えばいいか全然わからんのだ。もっと大変なものだと思ってたから、そうでもないとわかったら一体どうしたらいいのか……」


「だから、新しいこと始めればいいじゃん!」

アリアがまたマカロンを差し出す。


「資格とか、ふぶきん頭いいからすぐ取れるよ!」


「資格か……」


俺は考える。

「家でできるものと外でできるものの2種類が必要かもな。どっちも重要だもんな」


健太が腕を組む。

「目的がないと行動しないんだろ、お前は。資格取る目的はなんだ? 副業か? キャリアアップか?」


「うーん……副業は、今は小説に力を注ぎたいけど、将来的にはありかもな。ネット系とか。そのために小説を頑張るっていうのも……いや、それは違うか」


「友達と遊ぶのはどう? 飲みに行こうよ、ふぶきん! 健太先輩も!」


「人間関係の構築か。それも少しずつやってるつもりだけどな。飲みに行くか……そのためには準備が必要だな」


何を準備するんだ、と健太が眉をひそめる。


「結局、俺がこれからやる事って、資格取る(2つ)、人間関係の構築(友達と遊ぶ)、副業をする(ネット系かな)、ってことか?」


「それをやる目的をはっきりさせろって言ってんだよ。小説のクオリティを上げるため、とか、将来の安定のため、とか」


健太の言葉はいつも正しい。正しいからこそ、ぐうの音も出ない。


「資格は……なんか実感が湧くものが欲しいな。でももちろん仕事の勉強も大事だ。そっちの方がいいんかな?」


「ふぶきんは、まず目の前の小説を納得いくまで書くのが一番じゃない? そしたら、次に見えてくるものもあるかもよ?」


アリアの言葉は、時々核心を突く。


そうかもしれない。


俺はまず、この「納得できる小説」という小さな山を登りきる必要があるのかもしれない。

その山の頂上に立てば、今まで見えなかった景色が広がっていて、次に登るべき山や、進むべき道が見えてくるのかもしれない。


「……そうだな。まずは書くことだ。そして、空いた時間は、無理に何かを詰め込もうとせず、アリアみたいに美味しいものでも探すか」


「それがいいよ、ふぶきん! 明日は一緒にパンケーキ食べに行こ!」


「おい、俺のダイエット計画はどうなるんだ」


「パンケーキは心の栄養だから、カロリーゼロだよ!」


「……アリア、お前、たまに魔王より魔王みたいなこと言うよな」

健太が苦笑いする。


俺は、まだ暇を持て余す魔王かもしれない。


でも、一人じゃない。

現実的なドラゴンと、不思議な幼馴染がいる。


彼らとのこんな日常が、いつか書く小説のネタになるのかもしれないな、なんてことを考えながら、俺はアリアが買ってきたマカロンの最後の一つを口に放り込んだ。


甘い味が、少しだけ空っぽだった心を満たしてくれた気がした。

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