魔王のささやかな野望と、七色の湯気
吹雪は先輩友人の健太と、馴染みの喫茶店で、だらだらと会話をしていた。
健太の膝の上にはいつも読んでいる分厚い歴史書が置いていて、吹雪の傍には常にスマホが置かれている。
それと、窓際の席では、幼馴染で口数の少ないアリアが、静かに妙な形の石をコーヒーの湯気にかざしていた。
その石からは微かに虹色の光が漏れ、それが湯気に当たると、七色の湯気となって立ち上っていた。
「いやー、昨日さ、一日お客さん来なかったんですよ。本当に暇すぎて、バイトの子とずっと世間話してました」
健太はフッと笑った。
「へえ、それはそれで楽でいいじゃん。でも、お前の給料は大丈夫なのかい?そんな日が続けば、稼ぎが減るんじゃねぇのか?」
「それがですね、俺の給料はあんまりなくて、ボーナスもちょっとだけだし、引退後の生活なんて考えられないくらいなんです。でもですね、これって究極の楽な人生じゃないかと最近思うんですよ」
「楽?どこがだよ、金がなきゃ話にならねえだろ」
「まあ、これだけ聞くとそう思うのも無理ないですけど。でも聞いてください」
吹雪は眼鏡の位置を直した。
「仕事が少ないから、ちゃちゃっと終わらせるじゃないですか。そうしたら、余った時間は全部、将来のための勉強をしたり、ブログを書いたり、自己研鑽に使えるんです。お客さん多い日はさすがに無理ですけど、少ない日はほとんど自由時間みたいなもんです。体も楽だし、頭を悩ませるような複雑な人間関係も少ない。真面目に仕事をやっていれば、精神的な負担も軽微です」
「ふむ、まあ確かに、楽なのはいいことだ。だが金がないのは結構な心配事じゃないか?」
健太は腕を組み、と首を傾げた。
「そこなんですよ!昔、近所の神社で『暇な時間が欲しい』ってずーっとお願いしてたんです。それがいつの間にか叶ってたって気づいた時は、ちっとばかし感動しましたね。でも、もうひとつの願い、『大金持ちになること』。これだけは全く叶ってないんですがね」
健太は大きな声で笑った。
「なんか、相変わらずだな、お前は。で、暇ができて何やってんだい?」
「今はですね、健康を維持向上させるために時間を使っています。どうやったら毎日健康に過ごして、太らずに、ずっと生きていけるか、具体的な計画を立てて実行してるんです。あと、友達との交流も重視していて、人間関係を大切にして、年老いてからも人生を楽しめたらなって」
「まあ、体が丈夫なのは何よりだよね。俺も最近、ちょっと考え始めてるわ。未来のことも考えてるのかい?」
「もちろんですとも。未来も、仕事に困らず、一生働きながら、ちゃんとした稼ぎも得られる身分。できれば今の自宅で店を立ち上げて、社員を雇って、一生仕事ができたら最高なんですけどね。そのためには、人を雇える仕組みを発見しないと、と考えています」
「なるほどね。なんかお前にしては、ずいぶん壮大な計画だな」
少しバカにされたような気もしたが、吹雪はアリアが差し出してくれた湯気の立つコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
「で、その上でブログを執筆しながら、AI小説も作成して世の中に残していくのが今の目標なんです」
「AIで小説?マジか!お前、昔から物語を書きたいって言ってたもんな」
「そうなんですよ!昔は、何もせずにただ憧れてただけだったんですけど、今はそれが実際に叶ってるんです。もちろん、まぁベストセラー作家にはなれないだろうし、収益もゼロなんですけどね。でもですね、昔は『すごい物語を書き上げてやるぞ!!』って、有名になりたいとか自分の才能を見せたいって気持ちが強かったんだと思います。だから、憧れだけで手をつけるのが怖かったんでしょうね。それが、AIツール一つで解決したんですから、現代の技術って本当にすごいですよね」
「へえ、面白いな。じゃあ、お前の人生の目標は、健康と仕事と人間関係とお金と、新しい物語を記すことって感じかい」
「まさにそれです。でですね、これらが全部うまくいった時、俺の魂が本当に欲しいものって何なんだろうって最近よく考えるんですよ。今やってることって、実はもうほとんど叶ってることばかりじゃないですか。まあこれを継続する事が難しいから、今は工夫を重ねないといけないんですけどね」
吹雪は少し考え込み、
「なんかですね、『前に進んでる』って実感できるものが『成功』なのかな、って思うんです。そして『当たり前のことを、人ができないレベルまで徹底的にやる』。これができたら、ちょっとは満足度が上がるんじゃないかなって。結局、これも自分の欲なんだろうとは思いますけど」
「わかる気がするぜ。人から『すごい』って褒められたい、なんてのは誰でも思うもんだろ?」
健太は頷いた。
「そうなんですよ。『認められること』。ここまで来ないと満足しないのだろうなって思うんです。あとは、もっと『人間関係』を深めていきたいんです。引っ越しして今は誰も知らないですけど、近所の人たちと楽しく話したり、一緒にお酒を飲んだりする仲間ができたりすれば、もっと心が満たされるんじゃないかと思ってまして。まあ、ここまでできれば最高かなって」
「うん、そうだな。全部叶ったなら、お前は本当に幸せだろうよ。だが、そういう目標があるからこそ、人は頑張れるってのもあるんじゃねえのか?」
「ああ、まさに。今はまだ道半ばですが、いつか全てを達成して、健太さんとまたこうして喫茶店で語り合うことができたら最高ですね」
「楽しみにしてるよ。その時は、うまい飯でもご馳走してもらおうかな!」
アリアは、二人の会話を静かに聞きながら、湯気でぼやけた石の表面に、指でくるくると謎の模様を描き続けていた。