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止まった時の中で

 私は勉強なんて嫌いだ。できることなら一日中寝て過ごしたい。

 でも、それは学校や社会が許してくれない。だから最低限はやる。

 幸いなことに、親も学校も、やることさえやってマシな成績なら、ある程度は許してくれる。

 こっそり授業中に寝ていようが、漫画を読んでいようが、バレなければ問題ない。

 さすがに堂々といびきをかいたり、教科書も出さずに漫画を広げたりすれば怒られるけど。


 今も机の下で、手元のスマホを操作してソシャゲのデイリー消化をしている。

 先生からどう見えているかは知らないが、周りの席の友達からは当然丸見えだ。


「瀬川さん? 聞いてるー?」


 ふと気配を感じた。先生がこちらに近づいてきている。

 ゲームに集中しすぎて、名前を呼ばれていたことに気づくのが遅れた。

 とっさに机の下で扉を開いた。何もないはずの空間に、小さな手のひらサイズの扉が現れる。

 私はその異空間に手元のスマホを投げ込んだ。


「すみません。ちょっと寝不足で」


 目を眠たげにして、ぼーっとしていたようなフリをする。

 スマホを没収されるのは避けたかった。もっとも、異空間に投げ込んだ時点で、物理的に没収は不可能なのだけれど。


「授業はちゃんと起きて聞きなさい。みんなも、どうしても眠かったら顔を洗ってきていいから」


 先生は私がゲームをしている確信があって近づいてきたようだ。

 私の手元をじっと見て、何もないことを確認すると、そう言った。

 新任の先生か。油断したな。


 授業が終わり、隣の席の友達が話しかけてきた。


「鏡子って、ほんとゲームしてるか寝てるかだよね。全然授業受けてないのに、なんでテストの点数そんなにいいの?」


「まあ……一夜漬けがうまくいってるだけかな」


 嘘はついていない。ただ、私にとっての“一夜”は、普通の一夜とは違うだけだ。

 彼女が不審そうな顔をして私を睨んでくるので、ちょっとした手品を見せることにした。


「ね、あずみ、ちょっと見てて。ほら、今、私、両手とも何も持ってないでしょ?」


 両手のひらを広げてみせる。


「それで、この両手を合わせてみると……」


 合掌するように手を合わせ、一歩前に踏み出した。

 私の身体全体が、そこにあった境界の中へと入り込む。

 この空間は私だけが認識している。あずみや他のクラスメイトからは見えない。


 この異空間にいる間、時間は完全に停止する。

 ただし、私は現実に干渉できない。彼女の顔に触れても、そのやわらかなほっぺの感触も、華やかな香りもない。

 まるで動画の再生を一時停止したような感覚。

 自分はその動画の中に存在しないように、この異空間も現実世界の外にあるようなものなのだと思う。


 私はさっき投げ込んだスマホを拾い、異空間を出た。


「ハイ!」


「えっ、ウソっ!? どっから出したの!?」


 時間が止まっているのだから、あずみから見れば急に手のひらの間からスマホが現れたように見えるわけだ。

 たまにこうやって手品まがいのことをすると、毎回新鮮に驚いてくれるので面白い。

 彼女は私の手をひっくり返したり、袖の中を覗いてみたり、「わかった!」と言いながら試してスマホを落としたりする。


 ──そんな彼女の姿を、私はもう二度と見られない。


 その日の帰り道、あずみは大型トラックに跳ねられそうになった。

 黄色から赤に変わった直後、トラックが突っ込んできた。

 彼女も歩きながらスマホを見ていて、トラックに気づくのが遅れた。

 だから私は、とっさに異空間に飛び込んだ。


 そこまでは良かった。


 今こうして時が止まった世界を観察して、ようやく気づく。

 運転手は何か叫びながらブレーキを踏み込もうとしているが、間に合わない。

 トラックとの距離は、数センチ。


 私は確かに間に合った。

 だが、この世界では現実に干渉できない。


 どうすればいい?


 このまま異空間から出れば、トラックが彼女を跳ねる瞬間を私が引き金を引くことになる。

 そんなことできるわけがない。

 かといって、この世界では何もできない。


 あずみは、驚きと戸惑いが入り混じった表情で静止している。

 右手に握ったスマホの画面には、手品の動画が映っていた。


 ──諦められるわけがない。


 助けたい一心で時を止めた。そして間に合った。


 方法を探そう。

 時間はある。あるはずだ。

 この異空間にいる限り、現実の時間は止まっている。


 私だけが彼女を救うことができる。


 私だけが──


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