コンビニエンスな夜
下ろした側から積もっていく。まるで賽の河原だ。
もうかれこれ1時間くらい寒空の下で除雪作業をしている。
車の雪を降ろして、駐車場から道路までの道を確保して、ある程度でいいやと思い車を動かそうとしても、タイヤは空回りするだけだった。
普段はただ真っ暗なだけの空も、今日は妙に白みがかって薄気味悪い灰色をしている。
静かな夜に、エンジンが振動している音とスコップが雪を砕く音が鳴り響いていた。
びしょ濡れになった手袋を助手席に投げつけた。
意地になってアスファルトが見えるまで掘り下げて、何とか車が発進できるようになった頃にはもう21時を超えていた。
大雪の夜に運転なんてするもんじゃない。
吹き付ける雪はライトを反射して視界を奪い、こんな周りが田んぼだらけの田舎じゃどこが道かなんて見分けがつかない。
唯一道路の端に立つ電柱がガイド代わりになっているくらいだ。
前に車がいれば轍を頼れるが、こんな夜にそんな都合のいいことは起こらない。
時速2、30キロほどで慎重に進みながら、ふとガソリンのメーターを確認した。
やはり残りが心もとない。帰りのことを考えると今入れておいた方が賢明だ。
幸い道中には、23時までやっているセルフのガソリンスタンドがある。
寄っていくことにした。
車を停めてエンジンを切る。
『───が───きます』
ドアを閉めた後、妙な違和感を覚えて車を見た。
ETCカードが、いつもと違うことを言った気がした。
普段は『カードが残っています』だったはずだ。
不思議に思いつつもガソリンを入れるため、パネルを操作して給油ノズルを投入口に差し込む。
何か聞き違えたのだろうか。
ふと降り続く雪が、左右に揺らめいた。
一瞬、世界が裏返るような感覚に襲われた。
白と黒が反転し、雪に覆われた地面が闇に沈み、夜空が白く光る。
息を飲んだ次の瞬間、強風が吹き荒れ、雪が横殴りに叩きつける。
なんだったんだ、今のは……。
給油メーターが止まり、パネルの音声が流れた。
『───を───てください』
まただ。普段なら『給油キャップの締め忘れにご注意ください』のはず。
吹雪の音に紛れて聞き取れなかったが、違う言葉だったことは確かだった。
今度は何が起こるのかと身構えたが、異変はなく、ただ吹雪が激しさを増していくばかり。
震えながら車に乗り込み、エンジンをかけた。
屋根があっても、吹きつける雪はフロントガラスの半分を白く染めている。
ハァー、とため息を吐いた。
これから職場まで何分かかるか。
仕事が終わっても、また雪を掻いて、アパートに戻っても除雪して……。
……帰ろう。
こんな日に仕事なんかしてられるか。
これで怒られたとしても知らん。
帰り道の途中、白い世界の隙間に温かな光が滲んだ。
コンビニの看板だ。
こんな夜でも営業しているらしい。
ついでに夜食でも買って帰ろう。
融雪装置のおかげで、駐車はスムーズに済んだ。
車を降りると、今度は意識してETCに耳を傾けた。
『カードが残っています』
いつもの音声だ。
妙な違和感はもうない。
ドアを力強く閉め、店内へと足を踏み入れた。