1-24.魔法屋
魔法屋に到着すると、店先で長く白いひげを蓄えた老人が、大きなため息をつきながら店内へと入っていくのが見えた。
シロ「どうしたんだろうね?」
クライス「すごいため息だったな……」
そんな疑問を抱えながら、俺たちは魔法屋の扉を開いた。
店内に足を踏み入れた瞬間、インクや革、古びた木の香りに混じり、わずかにかび臭さを感じる独特な匂いが鼻をくすぐった。
周囲を見渡すと、壁一面にぎっしりと本棚が並び、その中には無数の書物が収められていた。
豪華な装飾が施されたものから、長年の使用で擦り切れたもの、装丁のシンプルなものまで、その背表紙を眺めているだけでも時間を忘れてしまいそうなほど個性豊かな本ばかりだ。
本棚の上部には、目的の本を探しやすいよう「炎属性」「水属性」といった魔法の分類が記されている。
攻撃魔法だけかと思いきや、「一人暮らしのための家庭魔術」「できる男の魔術集」など、実用的なのかネタなのか判断に困る本まで並んでいた。
お爺さん「いらっしゃい」
先ほど、盛大なため息をついていた老人が俺たちを出迎えてくれた。
彼の表情はどこか疲れ切っていて、今にも倒れてしまうのではないかと心配になるほどだった。
クライス「じいさん、大丈夫か? 体調でも悪いのか?」
お爺さん「おやおや、心配かけてすまないね。さっきまでアリシアが来ておってな。質問攻めで疲れてしまったんじゃ……」
アリシア。その名前には聞き覚えがあった。
ギルドで冒険者登録をした際、慌ただしく魔力探知機について話していた人間族の女性だ。
クライス「あぁ、ギルドで魔法屋に行くって言ってたあの女性か」
お爺さん「アリシアのことを知っておるのか? 悪いことは言わん、あまり関わらん方が身のためじゃぞ」
魔法屋の老人は渋い顔をしながら忠告してきた。
シロ「そんなに厄介な人なの?」
お爺さん「厄介も厄介、大問題の塊じゃ。あやつは何かと騒ぎを起こしおるからな。今回も『未知の魔力を探知した』とかなんとかで張り切っておったからのう……またひと悶着あるじゃろうな」
シロ「ひと悶着……?」
お爺さん「この間も、ガラス玉の中に光を閉じ込める魔術を開発したとか騒いどったんじゃがな……」
そう言うと、老人は疲れたようにため息をついた。
お爺さん「それを街中で割りおったせいで、夜になっても辺りが昼間のように明るかったんじゃ」
クライス「……」
シロ「……別に明るいくらいなら問題ないんじゃない?」
シロが首をかしげると、老人は「分かっとらんな」とでも言いたげに目を細め、厳かに首を振った。
お爺さん「ふん、問題ないじゃと? その光に低級の魔物が引き寄せられて、街中が大騒ぎじゃったんじゃぞ!」
シロ「とんでもない人だね……」
クライス「……確かにな」
街全体を巻き込む騒動を起こすとは、ただの変わり者では済まされない。なるべく関わらないようにしよう――そう心に留めた矢先、老人が話題を切り替えた。
お爺さん「それはそうと、お前さんたちは何か買いに来たんじゃろ?」
クライス「あぁ、スペルシートを探していてな。1万ゼニ―ほどで何か良いものはないだろうか?」
お爺さん「ふむ。1万ゼニ―となると、基礎属性の初級魔法が妥当じゃの。攻撃魔法で良いのか?」
クライス「それで構わない」
お爺さん「うむ……ちと待っとれ」
そう言い残し、老人は奥の本棚へと姿を消した。
本棚の間をゆっくりと歩きながら、手慣れた仕草でスペルシートを探していく。
しばらくして、5本の巻物を手にして戻ってくると、それをカウンターに並べながら説明を始めた。
お爺さん「どれもD級以下の魔物なら、一撃で仕留められる威力を持っておる」
クライス「さすがは魔法だな。C級やB級以上の魔物にはどうなんだ?」
これから相手にするであろう強敵を想定し、魔法の威力について詳しく聞いてみる。
お爺さん「C級以上となると、属性の相性や急所に当たれば、大きなダメージを期待できるじゃろうな。B級に対しても、工夫次第で十分に使える。じゃが、さすがにA級以上となると効果はほぼないのう」
クライス「使い方次第でB級までか……」
それでも、持っていて損はなさそうだ。
だが俺は魔法の知識がほとんどない。果たして、まともに扱えるのだろうか?
クライス「魔法について全くの素人なんだが、それでも使いやすいものはあるか?」
お爺さん「そうじゃのう……それなら、炎属性の「ファイアボール」、水属性の「ウォーターブレード」、風属性の「ウィンドスラッシュ」、土属性の「ロックショット」この4種類じゃな」
そういいながら4本の巻物を俺の前に並べた。
クライス「最後の魔法は何なんだ?」
お爺さん「こいつはちと扱いが難しいんじゃが、可能性の魔法『シード』という特殊な魔法じゃ?」
クライス「シード?」
お爺さん「種の魔法じゃよ。現れた種に魔力を吸わせることによって、効果が変わる面白い魔法じゃ」
シロ「それって、攻撃魔法なの?」
お爺さん「攻撃にも補助にもなる、応用の利く魔法じゃな」
クライス「……使えるのか?」
お爺さん「使い方次第じゃな」
クライス「……良く分からない魔法だな」
シロ「クライス、どうする?」
ルプス村では、弱くてもB級、最悪の場合S級の魔物を相手にしなければならない。
そう考えると、少しでも威力の高い魔法を選ぶべきだろう。
クライス「B級以上と戦うとして、一番威力が期待できる魔法はどれだ?」
お爺さん「シードじゃな」
魔法屋の老人は、迷うことなく即答した。
(よりによって、一番訳の分からない魔法か……)
クライス「……本当にか?」
お爺さん「信じられんのも無理はないが、吸わせる魔力の質や属性によっては、十二分に威力を発揮する魔法じゃぞ」
クライス「そもそも、どうやって魔力を吸わせるんだ?」
お爺さん「一番手っ取り早いのは、魔力をぶつけることじゃな」
クライス「……俺たち、魔法が使えないんだが」
お爺さん「何を言っとる。そこの白っこいのが持っておる槍には、魔力が込められておるじゃろうが」
クライス「え? 武器に込めた魔力でもいいのか?」
お爺さん「魔力であれば何でもよい」
老人は当然のように頷いた。
俺たちは思わず顔を見合わせる。
シロ「……ってことは、オイラの槍の魔力をシードに吸わせればいいってこと?」
お爺さん「その通りじゃ。やり方次第では、S級に匹敵する敵にも効果があるやもしれんぞ」
クライス「……なるほどな」
一気に興味が湧いてきた。
魔力を吸収して変化する魔法――ルプス村の戦いで、応用が利く可能性は高い。
クライス「よし、それにしよう」
シロ「決まりだね!」
そうして、俺たちは『シード』のスペルシートを手に取った。
お爺さん「スペルシートは、紐を解き、魔法の名前を口にすれば発動する。使い終わったシートは、再利用可能じゃから捨てずに持ってくるんじゃぞ」
クライス「そうか。分かった」
シロが手際よく会計を済ませたのを確認し、俺はスペルシートを丁寧に袋へとしまう。
クライス「そうだ。治癒魔法を覚えるには、どのくらいの費用が必要なんだ?」
お爺さん「ヒールの魔導書かのう。……覚えるだけなら20万ゼニ―じゃな」
クライス「……20万……」
シロ「高いとは思ってたけど、結構するんだね……」
お爺さん「治癒魔法は貴重な魔法じゃからな。需要も高いし、習得には相応の対価が必要なんじゃよ」
治癒魔法ひとつ習得に20万ゼニ―は、今の俺たちには到底手が届かない額だ。
だが、いずれ必ず必要になる。
クライス「また金が貯まったら、覚えに来るよ」
お爺さん「うむ。その時を楽しみに待っておるぞ。必ずまた顔を見せておくれ」
そう言って、老人は穏やかな微笑を浮かべた。
クライス「あぁ。ありがとう」
軽く頭を下げ、俺たちは魔法屋を後にした。
クライス「よし、あとはシロの武器を預けたら、ルプス村に出発だな」
シロ「うん!」
そうして俺たちは冒険者バンクへ向かい、手付金の1000ゼニ―を支払いシロの武器を預ける手続きを済ませた。
その後、馬車の手配を頼んでいた門番たちのもとへ向かう。
……案の定、下ネタ製造機たちとの不毛なやり取りを交わす羽目になったが、どうにか無事に馬車へ乗り込むことができた。
ふと空を見上げると、すでに日は傾き始めている。
何事も無ければ、ルプス村に到着するのは明日の午前中といったところだろう。
しばらく馬車に揺られていると、隣に座るシロが興奮気味に声を上げた。
シロ「ねぇクライス、見て!アルボルドの街、夕焼けが映えて凄く綺麗だよ!」
クライス「本当だ……こりゃ絶景だな」
馬車の背後には、夕焼けに染まるアルボルドの街が広がり、黄金色の光が建物や街路を優しく包み込んでいた。その幻想的な風景に、思わず息を呑む。
だが――馬車の進む先に広がるのは夕焼けとは対照的な、深く沈んだ闇。
夜の帳がおり始めたその景色は、まるでこれから待ち受ける過酷な試練を暗示しているかのようだった。
貴重なお時間を使って、お読みいただきありがとうございます。
「Over&Over-時を超え、選び直す-」の投稿はこれにて終了とさせていただきます。
ここまでが第一章となっております。
色々な方々に、初めて作った物語を読んでいただき、感謝の言葉しかありません。
二章以降に関してはカクヨムにて投稿を考えております。
一度この作品をブラッシュアップし、改稿したものをカクヨムに1話から投稿しておりますので、今しばらくお待ちください。
もしよければ今後ともよろしくお願いいたします。
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