1-22.ポーション屋
シロの案内で辿り着いた先には、まるで一本の巨大な大樹のような建物がそびえ立っていた。
幾つもの幹が絡み合いながら天へと伸び、その中央には入り口らしき扉が備え付けられている。絡み合う木々の合間から四方へと枝が広がり、その枝先には可憐な白い花が咲き誇っていた。
さらに上へと伸びる枝葉は、瑞々しい緑で覆われ、陽光を受けて優しく揺れている。
木造の建物が立ち並ぶ街並みの中でも、ひときわ異彩を放つその姿は、まるで森の一部がそのまま建物へと姿を変えたかのような、不思議な存在感を放っている。
クライス「ここが薬屋か……樹そのものだな」
シロ「冒険者にとって、ポーションは命綱だからね。どの街に行ってもすぐに見つけられるように、建物のデザインが統一されてるんだって」
クライス「ふ~ん、なんだかんだで見た目以上に商売上手ってわけか」
シロ「う、うん……まあ、そうとも言えるかもね……」
俺の期待外れな返答に、シロは苦笑いを浮かべた。それを見て少し気恥ずかしくなり、頭をかきながら薬屋の扉に手をかける。
ドアを開けると、チリンと心地よいベルの音が響いた。店内にはほんのりと温かみのある薬草の香りが満ちており、外観の自然な雰囲気とは違い、床や壁はしっかりと木材で整えられている。
カウンターの奥には、棚に並べられた瓶や薬草の束があり、中央にはガラスケースが置かれていた。そのカウンターでは、エルフ族の男性が薬草をすり潰したり、木の実を煮込んだりと、何やら調合作業に没頭している。
店員「いらっしゃいませ」
手を止めずに穏やかに微笑むその男性に、シロが親しげに声をかけた。
シロ「リオネルさん、こんにちは!」
リオネル「おやおや、こんにちは、シュレイ」
”シュレイ”と呼ばれたシロは、少し慌てたように俺のほうを向いた。
シロ「えっと……オイラの本当の名前はね、シュレイって言うんだ」
クライス「そうか。じゃあ、これからはシュレイって呼んだほうがいいか?」
俺の問いに、シロは少し黙ってから視線を逸らし、顔を伏せるようにして小さく答えた。
シロ「……シロのままが、いい……」
耳がほんのり赤くなっているのが分かる。
その仕草が可笑しくて、俺は思わず笑みをこぼし、くしゃっとシロの頭を撫でた。
シロ「ちょっと!子ども扱いしないでよ!」
シロはむっとした顔で俺の手を払いのけた。
その様子を見ていたリオネルの方から、「ふふふ」と穏やかな笑い声が聞こえた。
リオネル「シュレイ、今日はヴァルトは一緒じゃないんですか?」
シロ「にーちゃんは、一緒じゃないよ」
リオネル「珍しいですね。喧嘩でもしましたか?」
シロ「してないよ!」
そう言ってから、シロは胸を張り、いつもより少し誇らしげな笑みを浮かべた。
シロ「にーちゃんがいないのは、ここにいるクライスと一緒に旅をすることに決めたからなんだ!」
その言葉に、リオネルは一瞬目を見開き、耳を疑うようにシロを見つめた。
クライス「挨拶が遅れてすまない。俺はクライスだ。シロと共に旅をしている。よろしく頼む」
リオネル「調合士のリオネルです。……まさか、シュレイがヴァルトの元を離れるとは……」
シロ「オイラだって、いつまでもにーちゃんの腰巾着じゃないんだからな!」
リオネル「そうですね……シュレイも、もうそんな年ですか……」
どこか感慨深げに呟くと、リオネルは俺の方に視線を向け、柔らかく微笑んだ。
リオネル「クライスさん、どうかこの子を頼みます」
クライス「あぁ。もちろんだ。むしろ今のところ、俺の方が助けられてるくらいだけどな」
その言葉に、シロはどうだと言わんばかりに更に胸を張り、得意げに鼻をこすっている。
そんな様子を見て、リオネルは微笑ましそうに目を細めた。
シロ「ねぇねぇリオネルさん、品質の良い治癒ポーションって在庫ある?」
リオネル「そうですね……今あるのは、上級が2本ってところですかね」
クライス「上級?」
俺が頭の上に特大のハテナマークを浮かべていると、シロがニコニコと説明し始めた。
シロ「上級の治癒ポーションは、致命傷でない限り全身の怪我を完治させることができるんだよ。ただ、上級と言えど、失った部位までは戻らないから、無茶しちゃだめだけどね」
クライス「素晴らしい性能だな……ただ、腕などが切り落とされたら、元には戻らないってことか」
シロ「一応、切断された部分をくっつけて、上級ポーションを振りかければ治りはするみたい」
クライス「一応?」
シロ「うん……あんまり時間が経っちゃうと無理なんだって。しかもね、すごく痛いらしくて、人によってはそのまま気絶しちゃうこともあるんだって」
クライス「……なるほど」
戦闘中の気絶は死を意味する。となれば、欠損した場合は元に戻せなくなる可能性が高いという事だ。上級ポーションがあるからと言って油断はできない。
シロ「中級ポーションなら、深めの切り傷くらいまで。下級ポーションは、軽い切り傷や疲労回復に使えるかな」
クライス「こっちの世界では、階級によって効果が明確に分かれてるわけか」
シロ「うん!でもね、同じ階級でも品質にばらつきがあるから、どのくらい効くかは事前に聞いておいた方が安心だよ」
クライス「そうか。リオネルさん、上級ポーションはいくらするんだ?」
俺の問いに、リオネルはカウンターのガラスケースから、透き通った紅色の液体の入った瓶を取り出し、穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
リオネル「おひとつ10万ゼニ―です」
クライス「……10万!? 今ある資金の半分もするのか!」
思わず大声が出た。ポーション一つで10万ゼニ―とは……さすがに驚きを隠せない。
リオネル「上級ポーションは、そうそう簡単には作れませんからね」
リオネルは苦笑しながら、さらりと言ってのけた。
シロ「クライス、10万ゼニ―でも安いほうだよ……」
確かに、致命傷以外ならほぼ完治できるとなれば、その価値はあるのかもしれない。だが、俺のいた世界では、これほどの効果を持つ薬でも、もっと気軽に手に入ったし、そもそも治癒魔法を使える者も多くいた。
クライス「なぁ、一つ疑問に思ったんだけどよ……この世界って治癒魔法は存在するのか?」
リオネル「効果が中級ポーション以下の治癒魔法なら、魔導書を使えば習得できますよ。ただ、上級ポーションレベルの回復魔法は、極々限られた者しか使えませんね」
クライス「だから上級ポーションは高価なんだな……。ちなみに中級ポーションはいくらだ?」
リオネル「中級でしたら、1本3000ゼニーです」
クライス「安っ!!」
あまりの価格差に、またしても大声を上げてしまった。
そんな俺の反応を見て、シロは腹を抱えてケタケタと笑っていた。
リオネル「いかがなさいますか?」
クライス「ちなみに中級ポーションの品質はどの程度か教えてもらえるか?」
リオネル「どれもこれも、通常の中級よりも少し強い効果が期待できますよ」
シロ「リオネルさんの作るポーションは、品質が安定してるから、評判が良いんだよ。オイラも何度も助けられてるからね」
自信たっぷりに語るシロの様子に、思わず頬が緩んだ。
それに、シロがここまで信頼しきっている様子から、十分な効果が期待できるのだろう。
棚に並ぶポーションも、どれも丁寧にラベルが貼られ、整然と管理されており、リオネルという男の几帳面な性格が、そのまま薬の品質にも反映されているように思えた。
クライス「それなら、上級ポーションを1本、中級ポーションを3本もらえないか?」
リオネル「ありがとうございます」
リオネルは笑顔で応え、手際よく注文の品を用意してくれた。
ポーションの瓶はすべてガラス製の為、輸送中に割れないよう、仕切りの付いた専用の箱に丁寧に詰められていった。特に上級ポーションは、他と区別がつくよう特製の木箱に収められていた。
支払いはシロに頼み、俺は箱ごとポーションを受け取ると、背負っていた袋の中へ慎重にしまった。
クライス「ありがとう。また買いに来るよ」
リオネル「上級ポーションが使われることのないよう、旅の無事を祈っております。お二人にドライアドの加護があらんことを」
シロ「リオネルさん、ありがとう! またね!」
手を振るシロに対して、リオネルさんが優しく微笑んだのを確認すると、俺たちは薬屋を後にした。
シロ「次はどうする? 武器屋に行く? それとも防具屋? スペルシートも買わなきゃだし、魔法屋にも寄らないとね」
クライス「そうだな……残り91,000ゼニ―か……」
手にした袋を軽く揺らしながら、つぶやく。限られた資金をどう使うか、慎重に考えなければならない。
クライス「シロの武器は、買い替えた方がいいよな」
俺の視線は、シロが背負っている槍へと向かう。棒の先端に鋭い鉄が括りつけられたそれは、明らかに手作りの代物だった。おそらく、シロの兄貴が作ったものなのだろう。
シロ「にーちゃんが作ってくれた槍だけど、さすがに無理があるよな……」
シロは名残惜しそうに槍を手に取り、じっと見つめる。
クライス「S級に匹敵する魔物が出る可能性を考えると、心もとないな……。武器は、どこかに預けられないのか?」
シロ「え?……冒険者バンクなら費用を払えば預かってくれるよ?」
クライス「そうか。じゃあ、新しい武器を買ったら、その槍を預けに行こう」
シロ「いいの? お金もったいなくない?」
クライス「その槍には代えられんさ」
俺の言葉に、シロはぱっと顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
シロ「ありがとう、クライス!」
嬉しそうに尻尾を揺らすシロを見て、俺も思わず口元が緩んだ。
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