1-2.覚醒
意識が途切れたはずだった。しかし、いつの間にかハッキリと意識が戻っていた。声すら出せなかった激痛もすっかり消えている。不思議に思い目を開けると、そこは一面の白。永遠に続いていきそうな白い空間だった。
意識は、確かに途切れたはずだったのに、気がつけば、最初から目覚めていたかのように、はっきりとした感覚が戻っていた。
不思議に思いながらゆっくりと目を開けると、不思議に思い目を開けると、そこは一面の白。永遠に続いていきそうな白い空間だった。
虎「ここは……死後の世界なのか?」
そう呟いた時、空間の中央に眩い光の球体が浮かび上がった。あまりの眩しさに一瞬目がくらんだ。再びゆっくりと目を開けると、そこには人ならざる神々しい存在が浮かんでいた。
虎「なんだ!? お前は……!」
その存在は穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
???「私の名はウルズ。よく頑張りましたね、クライス」
クライス「……何のことだ?」
ウルズ「ようやくあなたの器が完成しました。これはあなたへのギフトです」
そう言いながら、手に渡されたのは、美しい装飾が施された懐中時計だった。
クライス「これは……? 」
ウルズ「これはあなたの秘められた力を引き出すための道具です」
クライス「力……?」
ウルズ「それではクライス、また後ほどお会いしましょう」
クライス「ちょ、ちょっと待ってくれ!聞きたいことが……」
だが声は届かず、再び眩い光が辺りを包み込んだ。
その光は陽だまりの様に心地よく、このまま身を任せれば眠ってしまいそうなほどだった。
強烈な眠気が襲い、思考がぼんやりとしていく。
心地よい風が毛並みを撫で、小鳥のさえずりが耳に届いた。俺は目覚めの良い朝だと感じながら、目を覚ます。
クライス「ふあぁ~」
深いあくびをしながら、大きく体を伸ばした。心地よい朝の余韻に浸り、ベットから起き上がると――
ゴツッ!!
虎「いってぇっ!!なんだよ……」
顔面を低い枝にぶつけ、思わず顔をしかめた。昨日も同じようにぶつけたことをすっかり忘れていた。
クライス「ったく……」
額をさすりながら朝食のことを考えていると、不意に頭の片隅でノイズが走った。
昨日”――そう、昨日頭をぶつけたのは確かだ。その後は……
そう記憶をたどろうとした時、それを拒むかのように、全身が小さく震え始めた。
目覚めた後、森へ行き、そして、カメレオンのような魔物に――
殺された
胸が急に締めつけられ、呼吸が荒くなる。
冷たい恐怖が全身を駆け抜け、震えが激しくなる。
(死んだ?)
(俺は、死んだ!?)
あの瞬間の焼けつくような痛み、苦しみが脳裏にこびりつく。まるで、再びその時を迎えてしまったかのように。
クライス「クソッ!」
恐怖が全身を支配し、混乱が広がる。
確かに俺はあの魔物に胸を貫かれ、命を落としたはずだ。それなのに、なぜまだ生きている?
慌てて胸に手を当てて確認するが、激痛が走ったはずの場所には、傷一つ残っていなかった。
クライス「はぁ、はぁ……夢、だったのか……?」
胸に当てた手からは、心臓の激しい鼓動が伝わり、「お前は生きている」と痛いほど力強く脈打ち、訴えかけてきていた。
だが、夢にしてはあまりにも鮮明すぎる。あの焼けつくような痛みも、迫りくる死の恐怖も、すべてが現実そのものだった。
ゆっくりと息を整え、なんとか落ち着こうとしていると、視界の端に人影が映った。
クライス「……誰だ!?」
警戒しながら視線を向けると、そこにいたのは――昨日、埋葬したはずの老獣人だった。彼は微笑みを浮かべたまま、椅子に座っている。
クライス「なっ……どうなってやがる……!」
ゾクリと背筋が冷え、一気に全身の毛が逆立つ。
慌ててその場を離れようとした時、「ジャラジャラ」という音と共に、銀色の懐中時計が床に落ちた。
混乱と恐怖の中にありながらも、不思議とそれが、大事なもののような気がして、無意識に手を伸ばした。
クライス「……早くここを出ねぇと」
嫌な予感がして、拳を強く握りしめる。
カチッ!
その時、金属が押される音が鳴ると同時に、目の前に半透明の自分とそっくりな存在が現れた。
クライス「っ……!今度はなんだ!?」
突然、俺の頭の中に声が響いた。
???「これが、あなたの”ギフト”の能力です」
クライス「うわっ!なんだ!?声が頭に!?」
???「驚かせてしまってごめんなさい。私の名はウルズ」
クライス「ウルズ? これは一体なんなんだ!?」
ウルズ「クライス、どうか落ち着いてください。あなたは今、死んでしまった恐怖によって、正常な思考ができていないはずです。まずは深呼吸を」
クライス「そうなんだよ! 俺は、死んだのか? 何がどうなってるんだ?」
ウルズ「クライス、大丈夫です。あなたは今生きています。死んではいません」
クライス「生きてんのか……俺……」
ウルズ「えぇ、ですからまずは呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせましょう」
俺はウルズの言葉に従い、大きく息を吸い込んで吐き出した。何度も繰り返すうちに、心臓の鼓動が少しずつ落ち着いていく。肺がしっかりと空気を取り込み、体の中に生命が宿っている感覚が戻ってきた。
クライス「……生きてる……」
ウルズ「ごめんなさい。もっとあなたの心に寄り添うべきでした」
クライス「いや、俺の方こそ……取り乱して悪かった。大分落ち着いてきた」
ウルズ「安心しました。本当は、先ほどの空間でお話すればよかったのですが……あの空間は人に与える影響が未知数なんです。ですから、あなたを現実へ戻す判断をしました」
クライス「現実……」
ウルズの話す内容は、理解の範疇を超えており、聞き返したいことも沢山あったが、自分の身に何が起きているのかを知ることが、今は何よりも大切なはずだ。そう思い直し、彼女に尋ねてみた。
クライス「……なぁ、ウルズさん、今俺に何が起きてるんだ?」
その問いに、ウルズは一瞬だけ表情を曇らせ、ゆっくりと頷き、言葉を選ぶように口を開いた。
ウルズ「クライス。これから、あなたが置かれている状況についてお話しします。どうか、心を強く持って聞いてください」
ウルズの声は静かだったが、その響きにはどこか慎重な色が混じっていた。
ウルズ「……あなたは、一度、死にました」
その言葉を聞いた途端、背筋が凍りつき、心臓が跳ね上がった。死の恐怖が、再び容赦なく俺の心を支配していく。
クライス「……夢だったんだよな? あれは……」
夢であってほしい。
あの瞬間の、身を焼き切るような痛み、苦しみ、恐怖――あれはただの悪夢だったのだと、そう言ってくれれば、少しは救われる気がした。
ウルズ「夢ではありません」
希望に反したその言は、俺を踏み潰すように重く響いた。心のどこかで分かっていたはずなのに、どうしても受け入れることができなかった。
クライス「だったら……どうして俺は生きてるんだ!?」
“死”という現実を突きつけられた一方で、今この瞬間、自分が確かに呼吸をし、立っているという矛盾に頭をかき乱され、気づけば声が荒くなっていた。
ウルズはそんな俺の動揺を受け止めながら、わずかに間を置いて、静かに口を開いた。
ウルズ「あなたは、死を迎えることで――“時を遡る”力を得たのです」
クライス「……時を、遡る? 」
現実離れした響きに、思わず聞き返してしまう。
ウルズ「それが、あなたに授けられたギフト……特殊な能力です」
とても信じがたいが、今こうして生きている事実を前に、完全に否定することはできなかった。
クライス「……何で俺にそんな力が?」
ウルズ「ギフトを授かるきっかけは人それぞれです。あなたの場合は、“死”を経験することでその力に目覚めました」
クライス「……なんとも受け入れがたい条件だな」
死ななければ手に入らない能力。その代償は、あまりにも重すぎた。死の恐怖を知ってしまった今となっては、素直にその力を欲しいと思うことは難しい。
クライス「……それで、俺は……この力で“死ぬ前の時間”に戻ったってことなのか?」
ウルズ「はい。生成された“過去のポイント”に、あなたの精神が戻ったのです」
クライス「ちょっと待ってくれ。俺はそんな“過去のポイント”なんて作ってないぞ?」
ウルズ「確かに、ギフトを授かった時点では、過去に戻るポイントが生成されていません。ですが、今回だけは特別に私が生成しておきました」
クライス「……ウルズさんが?」
ウルズ「えぇ。けれど、これからはご自身の意思でポイントを作っていただきますので、意図的に過去へ戻ることが可能になります」
クライス「意図的に戻るだと!?」
驚きと戸惑いが入り混じった。時を遡る力を持つと知らされた時点で非現実的だったが、自らの意思で過去へ戻るなど想像もしていなかった。
ウルズ「実際に試してみましょう。あなたの持つ、その懐中時計の上部を押してみてください」
ウルズに言われるがままに、俺は懐中時計の上部を押した。
すると、懐中時計が光り輝き、先ほどまでそばにいた半透明の自分が消えた。そして代わりに、うっすらと輝く俺そっくりの幻影が再び現れた。
クライス「うぉっ!」
目にするのは2度目ではあるが、非現実的な現象に驚きの声が漏れた。
ウルズ「こちらの幻影は、あなたの力で作り出したものです。この幻影が“過去に戻るためのポイント”となります」
クライス「……これが?」
ウルズ「えぇ。ギフトを使って過去に戻った時、今作り出したこの時間に”精神だけ”戻ってくることができます」
クライス「精神だけ?」
ウルズ「肉体は戻ることができません。ですが、”記憶”はそのまま引き継がれます」
記憶が引き継がれる――。つまり、今の記憶を持ったまま過去に戻ることができるという事だ。
クライス「……やり直せるってことか?」
ウルズ「はい。ですが、過去に戻るポイントはその都度更新されますので、戻れる範囲は限られています」
クライス「直前のポイントにしか戻れないって訳か」
ウルズ「その通りです」
過去に戻れるとはいえ、好きな時代に飛べるわけではないということだ。とはいえ、それでも十分すぎる力だ。
クライス「なぁ、どうやったら戻ることができるんだ?」
ウルズ「実際に過去に戻ってみましょう。そちらの袋の中にあるビンを割ってみてください」
俺は机の上の袋から水の入ったビンを取り出し、地面に叩きつけた。ビンは派手に割れ、中の水が床一面に広る。
ウルズ「では、懐中時計の裏面を強く押すか、戻りたいと強く心に念じてみてください」
ウルズの言葉に従い、俺はそっと目を閉じた。
俺は心の中で「モドリタイ」と呟いた。しかし、何か変化したようには思えない。
クライス「戻ったか?」
ウルズ「……戻っていません。」
疑問に思いながら、もう一度「モドリタイ」と心の中でつぶやく。しばらく静寂が続いたが、耐えきれず再び口を開いた。
クライス「戻ったか?」
ウルズ「……戻っていません。」
(モドリタイ)
……。
クライス「戻ったか?」
ウルズ「……戻っていません」
クライス「騙したな!」
ウルズ「思いの力が弱かっただけです」
ウルズは感情のない声で即座に返してきた。
突如訪れた沈黙に、俺の顔がじわじわと熱くなっていくのを感じた。
その後、何事もなかったかのように懐中時計の裏面を強く押す。その瞬間、時計が眩しく光り始め、針が高速で逆回転を始める。
クライス「うわっ! なんだ!」
周囲が歪み、身体がふわふわと宙を漂うような感覚に陥る。そして、意識が遠のいていった。
気づけば、さっきいた場所から、少しずれた所に立っていた。
クライス「……戻ったのか?」
ウルズ「えぇ。今度はしっかり過去に戻りました。床を確認してみてください」
半信半疑で視線を落とすと、濡れた跡も、ガラスの破片も散らかっていなかった。
クライス「……マジかよ」
思わず小さく言葉が漏れた。
ウルズ「最後に一つだけ。もし命を落とすような事態になったとしても、“死にたくない”と強く念じれば、作成したポイントに戻ることができます」
命を落とす。
その言葉に、身体がびくりと反応する。
ウルズ「クライス。あなたの中にあるその恐怖は、あなたが命を軽視しないための大切な感覚です。その感覚がある限り、あなたは簡単に死を選ぶことはないでしょう」
(……忘れられるものか。忘れたくても、忘れることなどできない)
あの死の感覚。全身を焼き尽くす絶望。二度と、あんなものを味わいたくはない……。
ウルズ「ヒトは、死の恐怖から解放されると、命を粗末にしがちです」
ウルズの声が、一層静かに響く。
ウルズ「“死にたくない”と感じなくなった時、貴方は過去に戻ることができません。そのことを決して忘れることのないよう、強く心に刻んでください」
クライス「あぁ……」
ウルズ「そろそろ時間のようです。クライス、これからの貴方の人生が幸多きものとなることを願っています。また、器が強化される時にお会いしましょう」
クライス「え?まだ聞きたいことが――!!」
思わず聞き返したが、ウルズからの返答は無かった。その後何度呼びかけても、返事はなかった。
クライス「クソ……ここがどこかなのかは、分からずじまいのままか……」
貴重なお時間を使って、お読みいただきありがとうございます。
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