1-19.通話魔道具
首に装着された魔道具は、冷たく重く、まるで無慈悲な死の象徴のように俺の存在を締め付けている。
時を遡るギフトを持っているとはいえ、死を軽んじるつもりはない。痛みや恐怖は決して慣れるものではなく、繰り返えす度に精神を削り取っていく。
「ウルズ」の忠告によれば、生きたいと強く願わなければ、本当に死んでしまうらしい。
何度も死を経験すれば、いずれ”もう戻らなくてもいい”と思う瞬間が訪れるかもしれない――それが何よりも恐ろしかった。
そんな考えが頭をよぎり、無意識に首元の魔道具へと手を伸ばしていた。指先で金属の感触を確かめていると、ボルグがゆっくりと口を開いた。
ボルグ「冒険者としての初仕事となるわけだが……本来、Eランクからスタートする冒険者がS級依頼を受けることはできない。したがって、今回は正式なギルドの依頼ではなく、あくまで私からの個人的な調査として、君にはルプス村へ向かってもらう」
クライス「……あぁ」
ボルグ「では、依頼内容の確認と、現状分かっているルプス村の情報を共有しておく」
クライス「待ってくれ、仲間が一人いるんだ。彼も同席させてもらえないだろうか?」
ボルグ「いいだろう」
ボルグは短く答えると、耳飾りのような小さな魔道具を装着し、中央に埋め込まれた魔石を指で軽く二度叩いた。
一瞬、彼は宙を見つめるような素振りを見せたが、すぐに口を開く。
ボルグ「リリア君か、クライス君の仲間を私の部屋に連れてきてくれないか……承知した。彼も冒険者希望という事だな。……頼む」
端的に用件を伝え終えると、ボルグは耳飾りを外し、机の上に置いた。
クライス「……なんだそれは?」
ボルグ「通話魔道具だ」
クライス「通話魔道具?」
ボルグ「あぁ。同じ魔石から作られた通話魔道具同士であれば、どれだけ離れていようと相手の声を聞くことができ、こちらの声も届けることができる」
クライス「すごい技術だな……」
ボルグ「確かに便利ではあるが、魔石が異なれば、その分、複数の通話魔道具を所持しなければならない。それが少々面倒ではあるがな」
苦い笑みを浮かべ、いくつかの通話魔道具を俺に見せてきた。
ボルグ「それと、クライス。先ほど話した歴史書の内容については、他言無用で頼む」
クライス「なぜだ?」
ボルグ「歴史書の内容は、混乱を防ぐため一般には公開されていない。知るのは、国の重鎮とギフトを管理する立場にある者たちだけだ」
クライス「……きな臭い話だな」
ボルグ「今となっては、な」
ボルグの表情が一瞬陰る。そんな彼に俺は、もう一つ疑問をぶつけた。
クライス「なぜそんな重要なことを、俺に話した?」
ボルグ「君の命のやり取りをするんだ。知っておくべくであろう」
クライス「……そうか」
短い会話が交わされたちょうどその時――静寂を破るように、ドアをノックする音が響いた。
リリア「ボルグ様、シロ様をお連れしました」
ボルグ「ありがとう。入ってくれ」
扉が静かに開かれ、リリアとシロが部屋へと足を踏み入れた。
シロは明らかに緊張しているのか、顔は強張り、右手と右足が同時に動いている。
ボルグ「君がシロ君か。君も冒険者登録を希望で良かったかね?」
シロ「お、おう……」
ボルグ「ひとつ聞いておきたい。君もギフトを持っているのか?」
シロ「もっももっもっ持ってる……」
言葉がつっかえ、しどろもどろになるシロを見て、ボルグは一瞬キョトンとした表情を見せたが、次の瞬間には豪快に笑いだした。
ボルグ「わははは!そんなに緊張しなくとも良い。取って食ったりなどせぬ」
その朗らかな笑いに場の空気が少しだけ和らぐが、シロの表情はまだ強張ったままだ。
シロ「で、でも……」
クライス「シロ、大丈夫だ。俺も素直に話したが、こうして生きている」
その言葉に、シロは驚愕したように目を見開いた。
シロ「えっ!!話したの!?話したら殺されるんじゃなかったの!?」
クライス「その可能性はあったが……なんとかチャンスを貰うことができた」
ボルグ「聞き捨てならんな。私は、そんな野蛮な男ではない」
ボルグが苦笑い混じりに言うが、それを聞いた俺は思わず肩をすくめる。
クライス「本当か?腰に下げていた大剣を持っていたら問答無用で襲ってきたんじゃないのか?」
ボルグ「……それは……ないとは言えぬな……」
バツが悪そうに目をそらすボルグに、シロが不安げに俺を見上げる。
クライス「まぁ、嘘をついても見抜かれちまうからな」
シロ「どういうこと?」
ボルグ「それについては、後ほど話そう」
そして、ボルグはゆっくりと視線をリリアへと移した。
ボルグ「その前に、リリア君」
リリア「ボル――」
ボルグ「ダメだ」
彼女の言葉を遮るように、ボルグは鋭く言い放った。
リリアの大きな瞳がうるうるとボルグを見つめているが、彼の表情が呆れ果てたものに変わると、リリアは悲しそうに肩を落とし部屋を後にした。
クライス「結局、ギフトについては共有するんじゃないのか?だったらなぜ秘匿する必要がある?」
俺は、ふと思った疑問をボルグに投げかけてみた。
ボルグ「君のような危険なギフトの持ち主が現れた時に、適切に対処するためだ」
クライス「……でも、管理はするんだろ?」
ボルグ「もちろんだ。全てのギフトは上層部に詳細を報告し、国とギルドが共同で管理することになる。しかし、危険なギフトに関しては例外だ。上層部には正確な情報を伝えるが、一般のギルド関係者には、ギフトの内容次第で別のギフトとして伝えられる」
クライス「わざわざ隠す意味は?」
ボルグ「例えば、君のギフトの存在が広く知れ渡ったとしよう。”過去を遡れる力”があると知れば、悪用しようとするものが必ず現れる」
クライス「……でも、俺が過去に戻ったところで、他の者の記憶は残らないぞ?」
ボルグ「記憶は残らずとも、未来を変えられるのであれば、それだけで十分だ。現状に不満を持つ者や野心を抱く者……そういった連中が、お前の力を利用しようとする可能性はいくらでもある」
彼の眼光がさらに鋭さを増し、虚空を睨みつける。その表情には、何か複雑な感情が入り混じっているように見えた。
やがて、彼はふっと息をつき、考えを振り払うように目を閉じる。そして再びゆっくりと目を開けた時、茜色の瞳がシロを捉えた。
ボルグ「……おっと、すまない。シロ君のギフトについて尋ねるところだったな」
シロ「う、うん」
シロは少し緊張しながらも、ボルグをまっすぐ見つめている。
ボルグ「君のギフトは、どんな能力か聞かせてもらえないか?」
シロ「えっと、オイラのギフトは『ブリンク』。一瞬で物を移動させることができるんだ」
ボルグ「ほう。物か……では、そのギフトでは生物は移動できないという事か?」
シロ「うん。命あるものは動かすことができないんだ。ただ、死んでしまった動物とかなら、自分の手元に移動させることはできる」
ボルグ「なるほど。生命活動が行われていないものに限るというわけだな。では、手元以外に移動させることは可能かね?」
シロ「ダメなんだ。必ずオイラの手に触れた状態じゃないと移動させることができない」
ボルグ「ほほう。出現位置が君の手に固定されている、ということだな?」
シロ「多分そうだと思う。今まで他の場所に移動させようとしてもできなかったから」
ボルグ「では、移動できる距離は?」
シロ「オイラの視界に入る範囲ならできるよ。見えていないと移動させられないんだ」
ボルグ「そうか……。ありがとう、シロ君。とても素晴らしいギフトだな。冒険者として将来が楽しみになるほどだ」
ボルグが柔らかく微笑みかけた後、その瞳の色は茜色から朱色へと変わった。
ボルグ「私のギフトは『達眼』。この眼は、相手の真偽や隠された悪意を見抜く力を持っている」
シロ「え……?」
ボルグ「君はとても正直で、その言葉は純粋そのものだった」
シロがきょとんとした顔で固まるのを見て、俺はニヤリと笑いながら肩をすくめる。
クライス「つまり、もし嘘ついてたら、とんでもない尋問が待ってたってことだな」
シロ「えっ!?なんで先に教えてくれなかったの!?」
クライス「俺はちゃんと、嘘ついても見抜かれるって教えたぞ?」
シロ「ギフトとは言ってなかったでしょ!」
口を尖らせるシロを見て、ボルグは楽しげに笑う。その笑い声は、さっきまでの厳粛な空気を一瞬で和らげた。
ボルグ「すまぬな。私のギフトは先に明かすわけにはいかんのだよ」
シロ「なんでなの?」
ボルグ「冒険者家業は、信頼関係が何よりも大事だ。初対面で平気で嘘をつく者に、ろくな人間はいない。冒険者の品質を保つためにも、見極めは必要なんだ。試すような真似をして悪かったな」
その言葉を聞いたシロは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、俺の方を向いた。
シロ「ハナから嘘をついて、自分のギフトを隠そうとする人間には、ろくな奴はいないってさ。ね、クライス」
その顔には「絶対言い返せないだろ?」という得意げな色がにじんでいる。
クライス「おまえ!悪意丸出しだぞ!旦那、このあくどい白毛玉は放っておいて良いのか?」
俺の抗議に、ボルグはますます豪快に笑い声をあげた。
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