1-16.リトライ
ヤキトリを平らげた後、ギルドに向かった俺たちは、正面の受付で忙しそうに接客しているリリアを見て、しばらく待つことにした。
クライス「リリアさん、今は接客中だな」
シロ「そうだね。空くまで討伐クエストでも眺めてみる?」
クライス「それもいいな。どんな依頼があるか、少し下調べしておくか」
ギルドの入り口から見える掲示板は6つあり、それぞれAからE、そしてS級の階級に分けられている。下級のE級やD級には、びっしりとクエストが貼り出されており、掲示板の前は冒険者たちでごった返している。一方、S級の掲示板はほぼ無人で、大きな掲示板の中央にたった1枚だけ綺麗な依頼書が貼られているという寂しい状況だ。
(人だかりが多いな、参考程度に中級のクエストでも見て見るか)
俺は比較的人が少ないB級の掲示板に足を運び、どんなクエストがあるのか目を通してみた。
クライス「グリフォンの討伐求む。家畜への被害甚大。冒険者の犠牲、推定10名以上。報酬200万ゼニ―か……」
掲示板に並ぶクエストの内容はどれも過酷なものばかりで、大型の魔物による甚大な被害や、危険性が強調されたものばかりだった。この世界の中級クエストは、俺が元いた世界の基準とは比べ物にならないほど危険らしい。
(こんなの、俺には無理だ……)
そんなことを考えながら目を滑らせていると、ふと見覚えのあるシルエットが目に飛び込んできた。
クライス「プラントウッドの討伐求む……。近隣の森に生息し、擬態して商人に被害を及ぼす。報酬150万ゼニ―……」
これって俺たちが倒したあの魔物じゃないか!?
クライス「討伐のしるしとして、プラントウッドの枝と魔石をお持ちください、だと!」
(枝も魔石も回収していない!いや、急いで戻れば回収できるんじゃないか!?)
そんなことを考えながら掲示板を凝視していると、シロが俺の背中をつついてきた。
シロ「クライス、リリアさん空いたみたいだよ」
クライス「それよりシロ、これを見てみろ!」
俺は興奮気味にプラントウッド討伐のクエストをシロに見せた。
シロ「あ!討伐依頼出てる!」
クライス「急いで戻れば、枝と魔石を回収できないか?」
シロ「残念だけど、それは難しいね……魔物の素材を採取するには『リテンション』の魔法を使わないと、一時間やそこらでチリになって消えちゃうんだ」
クライス「リテンション?」
シロ「うん。魔物の体は魔力で満たされてるんだよ。魔物は死ぬと魔力が抜け始めて、完全に魔力がなくなると、体がチリみたいに消えちゃうんだ。その魔力の流出を防ぐためにリテンションの魔法が必要なんだよね」
クライス「なるほど……。じゃあ今戻っても、報酬はもらえないってことか」
シロ「残念だけどね」
俺は肩をがっくり落としたまま、受付に向かって足を運んだ。その時、背後からドタドタと駆ける音が聞こえた。振り返ると、小柄な人間族の女性が猛スピードでこちらに向かって走ってきていた。
人間族女性「どいてどいてどいて!」
その勢いに圧倒され、俺はとっさにS級掲示板の方へ避けた。慌てて避けたもんだから、ボッチの悲しいクエスト依頼書とキスをする距離まで急接近だ。
人間族女性「ちょっとリリア!今さっき街の中で特殊な魔力反応があったんだけど、何か知らない?」
リリア「アリシアさん、落ち着いてください」
リリアが穏やかに応じるも、アリシアと呼ばれたその女性は息を切らせながら、興奮した様子で早口にまくし立てる。
アリシア「落ち着けるわけないでしょ!こんな魔力反応、見たことないわよ!未知の魔術かもしれないんだから!」
リリア「こちらのギルドには、今のところ何の情報も来ておりませんが……」
アリシア「魔力探知機はちゃんと起動してるの!?」
リリア「起動してますよ。ただ、特に反応は検出されていません」
リリアが冷静に答える中、アリシアは苛立ちを隠さず、リリアの言葉を遮るように声を上げた。
アリシア「未だに旧式を使ってるからでしょ!早く新式に変えなさいよ!何なら今私が調整してあげてもいいわよ?」
その提案に、普段冷静なリリアも少し慌てた様子で手を振った。
リリア「いえ!それは結構です!新式に買い換える件は、ギルドマスターに相談してみますので!」
アリシア「そう。それがいいわね。でも早くしなさいよ!あ、魔法屋の爺さんなら何か知ってるかしら……」
そう呟いたと思ったら、アリシアは嵐のように受付を去っていった。
シロ「なんか、凄い人だったね」
クライス「ん?何がだ?」
シロ「何がだって、今の人だよ!見てなかったの?」
クライス「ちょっと考え事してて、気にしてなかった」
シロ「また~?クライスってよく考え事してるよね」
クライス「ま、まぁな」
シロ「まぁな、じゃないよ!」
シロはぷりぷりと頬を膨らませながら不機嫌そうな顔になった。
クライス「すまんすまん。さぁ、行くか」
シロ「うん」
俺は覚悟を決め、リリアの待つ受付へと足を運んだ。
リリア「あら、クライスさん、随分とお早いお帰りですね」
クライス「旅の資金が無くてな。冒険者登録をお願いしようと思って」
リリア「左様でございましたか。シロさんもご一緒に登録されますか?」
リリアがシロにも視線を向け、柔らかい笑みを浮かべながら問いかけた。
シロ「うん。オイラも登録する」
シロは少し緊張した様子ながらも、落ち着いた声で答えた。
リリア「では、サーチグラスの準備をいたしますので、少々お待ちください」
その言葉を残し、リリアは奥の部屋へと姿を消した。
クライス「緊張するな……」
シロ「大丈夫だよ、もしダメでもクライスならやり直せるだろ!」
クライス「……そうだったな」
思わず苦笑し、肩の力を抜く。少しだけ気持ちが楽になったその時、リリアがサーチグラス持って戻って来た。
リリア「お待たせいたしました。それでは、クライスさんから測定を始めますね」
リリアは眼鏡をかけ、軽く姿勢を正したあと、口元を引き締めて一言発した。
リリア「サーチ」
その声とともに眼鏡のレンズがほのかに輝き、文字や図形が流れるように現れる。しばらくするとリリアの顔がぱっと明るくなる。
リリア「これは凄い!クライスさんの生命力はS級冒険者並みですし、魔力も通常の獣人よりはるかに多いですよ。冒険者として問題なく活動できます!」
ここまでは予想通り、前回と変わらない反応だ。恐らく次に炎の魔法について触れるだろう。
リリア「それに、炎の魔術も習得されていますね」
クライス「あぁ、以前にな」
リリア「そうなんですね」
問題はこれからだ。ギフトについて触れられるのは避けられないだろうが、俺が自分から話を広げなければ問題は無いはずだ――そう信じて身構える。
リリア「それにしても、素晴らしいです!ギフトまでお持ちなんですね!」
いつも穏やかな彼女が、興奮を隠せない様子で身を乗り出している。
クライス「一応な……」
俺は、できるだけ素っ気なく返す。リリアの眼が期待に満ちた光を湛えていたが、一瞬きょとんとし、すぐに気を取り直したように微笑み、今度はシロの方へと視線を向けた。
リリア「では続いて、シロさんも測定しますね!」
やり過ごした――そう感じた瞬間、心の奥に張りつめていた緊張が少しだけ緩んだ。
リリア「サーチ」
再び眼鏡のレンズが光り、シロのデータが表示される。
リリア「すごい……シロさんも生命力は十分高いですし、魔力に至っては、クライスさんを上回っています!」
シロ「えっ!?オイラ、クライスの兄貴よりスゴイの!?」
過度な緊張からか、まさかそんな事実を伝えられるとは思ってもみなかったシロは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。そんな顔を見ながら、リリアは微笑みながら頷いた。
リリア「えぇ。それに加えてギフトもちゃんとお持ちとは!」
シロ「い、一応、オイラもギフト持ってるよ」
リリア「ギフトを授かるほどの生命力と魔力をお持ちの方は、非常に稀です。お二人とも、これからの冒険が楽しみですね」
クライス「……そう、だな」
今のところ、リリアがギフトの詳細について深掘りしてくる気配はない。どうやら、無事に登録を済ませられそうだ。
リリア「あの、クライスさん?」
クライス「にゃんだ?」
突然の呼びかけに動揺して噛んでしまう。自分でも驚くほど間抜けな返答だ。
リリア「あら、お可愛らしい」
リリアが楽しそうに微笑む。俺は慌てて顔をそむけ、軽く咳払いして取り繕った。
リリア「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。クライスさんとシロさんの基礎能力であれば登録は問題ありません」
クライス「そうか、それは良かった」
シロ「ふにゃ~」
リリアのその言葉に、俺たちは張り詰めていた緊張から一気に解放された。
リリア「後は、ギルドマスターとの面会で終わりです」
クライス「……なんだと!!」
驚きのあまり、声が必要以上に大きくなった。普段は賑やかなギルド内が、その一声でピタリと静まり返り、周囲の冒険者たちが一斉にこちらを振り返った。
リリア「えっと……ギフトをお持ちの方は、そのギフトの能力を正式に登録する必要があるんです」
クライス「絶対に、か?」
リリア「はい。ギフトの中には非常に危険なものもありますから、内容を明確にして国で管理することが義務付けられているんです」
終わった。俺の中でそう確信せざるを得なかった。サーチグラスが簡易的な情報しか読み取れないのは予想通りだったが、まさかギフトそのものが国で管理されているなんて……。ここまで規則が厳しいのでは、逃れる手段など存在しない。
シロ「どうしよう……」
シロが不安げに俺を見上げる。その視線には言葉にならないほどの心配が滲んでいた。
俺は一瞬だけ彼に目を向け、それから視線を前に戻した。
クライス「大丈夫だ、シロ。冒険者としてやっていく以上、この手続きは避けて通れねぇ。俺も……逃げる事ばかり考えてちゃダメだよな」
シロ「クライス……」
その言葉に、シロは驚いたように目を見開いた。
クライス「リリアさん、ギルドマスターとの面会を今すぐお願いしたいんだが、可能か?」
リリア「かしこまりました。すぐにギルドマスターのお部屋にご案内しますね」
クライス「頼む」
俺はリリアの後ろについて歩き始めた。足を進めるたび、俺の中で覚悟が徐々に形を成していく。鬼が出るか蛇が出るか、それともその両方か――どちらにせよ、立ち止まるわけにはいかない。
ふと足を止め、背後を振り返とシロがそこに立ち、こちらをじっと見つめていた。俺は無言のまま懐中時計を取り出し、高く掲げた。
時計の金属が光を反射し、一瞬だけ輝く。
その瞬間、シロの表情がわずかに緩んだ。
俺は再び前を向き、ギルドマスターの部屋へと歩を進めた。
シロ「兄貴ならきっと大丈夫だよ」
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