1-14.ギルドマスター・ボルグ
ギルドに戻り受付に向かうと、相変わらず愛想良くニコニコとしたリリアの姿が目に入った。
リリア「あら、クライスさん、随分とお早いお帰りですね」
クライス「はは、王都に向かうつもりではいるんだが、旅の資金が無くてな。何か稼げる依頼はあるだろうか?」
リリア「左様でございましたか。それでしたら、まずこちらで冒険者登録を行ってください。冒険者登録をされますと、他の街でもギルドを通して依頼を受けることが可能です」
クライス「なるほどな……。冒険者登録には何か条件とかあるのか?」
リリア「はい、登録の際に『サーチグラス』という魔道具を使用し、基礎能力を測定させていただきます。この測定で、冒険者としての最低限の基礎能力が確認できましたら、登録が可能です」
クライス「ふむ。じゃあ、早速その登録をお願いできるか?」
リリア「かしこまりました。シロさんもご一緒に登録されますか?」
リリアがシロにも視線を向け、優しく問いかけると、シロは満面の笑みで胸を張った。
シロ「おぅ!オイラも登録する!」
その頼もしい返事に、思わず口元が緩む。どこか張り切っているシロの様子が微笑ましい。
リリア「では、サーチグラスの準備をいたしますので、少々お待ちください」
その言葉を残し、リリアは奥の部屋へと姿を消した。
クライス「なんか緊張するな……」
シロ「大丈夫だよ、クライスの兄貴は、にーちゃんより強いから絶対平気だって!」
クライス「そうか?そう言われると、なんか照れちまうな」
俺が照れ笑いを浮かべていると、リリアが手に不思議な眼鏡を持って戻ってきた。その眼鏡のフレームは細工が施され、普通の眼鏡とは一線を画している。
リリア「お待たせいたしました。それでは、クライスさんから測定を始めますね」
リリアは眼鏡をかけ、軽く姿勢を正したあと、口元を引き締めて一言発した。
リリア「サーチ」
その声とともに眼鏡のレンズがほのかに輝き、文字や図形が流れるように現れる。しばらくするとリリアの顔がぱっと明るくなった。
リリア「これは凄い!クライスさんの生命力はS級冒険者並みですし、魔力も通常の獣人よりはるかに多いですよ。冒険者として問題なく活動できます!」
どうやら俺は冒険者として十分な基礎能力を持っているらしい。リリアの言葉に安心しつつも、妙にくすぐったい気分だ。
リリア「それに、炎の魔術も習得されていますね」
クライス「炎の魔術?そんなもの覚えた記憶はないが……」
リリア「どうやら、チリや細かい物体を瞬時に燃やす魔術のようですね」
クライス「……なんだそれは?戦闘で役に立つのか?」
リリア「えっと……お掃除のときにゴミを処理したり……きっと便利ですよ?」
リリアの遠慮がちな説明と微妙な笑顔が、むしろこの魔術の実用性のなさを物語っていた。
俺は「炎の魔術」と聞いて、派手な爆発や強力な火炎放射を期待していたが――まさかごみ処理用とは。
クライス「……もしかして、細かい物体ってのは、毛も含まれるのか?」
リリア「ええ、もちろん含まれますよ」
その瞬間、俺の脳裏に忌まわしい記憶がよみがえった。かつて手渡された魔導書――触れた瞬間に魔法が暴発し、毛という毛が丸焦げになった、あの事件。裸の猫として過ごした屈辱の日々が鮮明によみがえる。
(あの魔法かよ……)
過去の二の舞にはならぬよう、この魔法だけは絶対に使用しないと、固く心に誓っていると、リリアの弾んだ声が耳に飛び込んできた。
リリア「それにしても、素晴らしいです! ギフトまでお持ちなんですね!」
いつも穏やかな彼女が、珍しく興奮を隠せない様子で身を乗り出している。その輝いた瞳には、純粋な驚きと期待が込められていた。
クライス「……一応な」
だが、俺は未だに苦い記憶の余韻に囚われており、つい、そっけない返事をしてしまった。リリアは一瞬きょとんとしたが、すぐに気を取り直したように微笑み、今度はシロの方へと視線を向けた。
リリア「では続いて、シロさんも測定しますね!」
シロは少しそわそわしながらも、胸を張ってリリアに向かい合った。
リリア「サーチ」
再び眼鏡のレンズが光り、シロのデータが表示される。そして、リリアの口から驚きの声が漏れた。
リリア「すごい……シロさんも生命力は十分高いですし、魔力に至っては、クライスさんを上回っています!」
シロ「えっ!?オイラ、クライスよりスゴイの!?」
シロが目を輝かせて嬉しそうに尋ねると、リリアは微笑みながら頷いた。
リリア「ええ、それに加えてギフトもちゃんとお持ちとは!」
シロ「ふふん、そうなんだ~。そうだ!クライスの兄貴にも特別に教えてあげる!オイラのギフトは『ブリンク』!一瞬で物を移動させる能力なんだ!」
なるほど、樹木のような魔物との戦いや、黒い鎧の男と対峙した時に武器が突然シロの手元に現れたのは、これが理由だったのか。
クライス「シロ、お前さん、本当にすごいな!あの時も助けてくれてたんだな、ありがとうよ」
シロ「へへっ、いいってことよ!」
シロは得意げに胸を張り、満足そうに笑顔を浮かべている。その様子を見て、俺はついクスリと笑ってしまった。
リリア「ギフトを授かるほどの生命力と魔力をお持ちの方は、非常に稀です。お二人とも、これからの冒険が楽しみですね」
そう言いながらも、リリアはどこかそわそわと落ち着かない様子で、ちらちらと俺を窺っている。その仕草が少し気になったが、シロは全く気にする素振りもなく、興味津々に俺に話しかけてきた。
シロ「なぁなぁ、クライスの兄貴のギフトってどんな能力なんだ?」
その問いかけに、リリアの顔がぱぁっと明るくなった。なるほど、彼女が先ほどからそわそわしていた理由はこれだったのか。
クライス「ん?俺のギフトは『ウルズ』っていうらしい。時を遡る能力だとか」
何気なく答えた瞬間、リリアの動きが止まった。彼女の瞳が大きく見開かれ、その顔は驚愕とも、あるいは別の感情とも読み取れる複雑な色が浮かんでいる。
一瞬の沈黙の後、彼女は小さく息を呑み、思案するように視線を落とした。何かを逡巡しているのか唇を結び、しばらくの間俯いていた。やがて、意を決したように顔を上げると、カウンター越しに身を乗り出してきた。
リリア「クライスさん!お願いがあります!一度ギルドマスターとお話ししてください!もしかしたらクライスさんのギフトなら、オリーブさんを救えるかもしれないんです!」
クライス「……すっ救える?ちょっと待ってくれ、一体何のことだ?話が見えない……」
突然の頼みに戸惑いながらも、リリアの切迫した表情を見た瞬間、ただ事ではないと直感した。
リリア「オリーブさんは、三週間前にとある調査へ向かったのですが、ある日を境に連絡が一切取れなくなってしまったみたいなんです……」
彼女の顔に、不安と焦りが滲む。
クライス「ギルドで捜索はしていないのか?」
リリア「もちろんギルドとしても動いています。ギルドマスターも何度か調査に向かったのですが、その度に異常な魔物が現れるみたいで……。このままでは、オリーブさんの手がかりすら掴めないまま、時間だけが過ぎてしまう……」
そこまで言ったところで、リリアは僅かに目を伏せふっと口を噤む。言葉を選ぶように目を泳がせているその仕草に、単なる焦り以上のものを感じた。
しかし、俺のギフトは、”自分の精神を過去に保存したポイントに戻す”というもの。それ以前の時間には遡れないし、保存ポイントはその都度上書きされる。そんな俺に、一体何ができる?
それでも、ここまで親身になってくれた彼女を、無下にすることは俺にはできなかった。
クライス「……何ができるかは分からないが、話を聞くくらいなら構わない」
そう答えると、リリアの表情が少し和らぎ、安堵の色が浮かんだ。そして深々と頭を下げた。
リリア「ありがとうございます!」
そういうと、リリアはすぐに踵を返し、ギルドマスターがいるであろう奥の通路へと足早に消えて行った。
クライス「……厄介事に首突っ込んじまったか?」
シロ「ん~分かんないけど、クライスの兄貴のギフトって、なんかすごいヤツなんだな!」
しばらくすると、リリアが去った受付カウンターの奥から、突然「なんだと!」という怒気を含んだ声が響き渡ってきた。次いで地面を揺るがすようなドスドスとした足音が近づいてくる。足音の主は、リリアを片手で軽々と抱えた状態で現れた。一目でわかる。彼は巨人族だ。
彼は俺の身長よりもかなり大柄な体躯を持ち、全身が分厚い筋肉で覆われている。威圧感たっぷりのこわもてに加え、濃い顎髭まで蓄えたその姿は、まさに「屈強」の一言だった。
巨人族「私は、この街のギルドマスター・ボルグだ。君がクライス君か?」
クライス「ああ、そうだが……」
ボルグ「君のギフトについて詳しく聞きたい。少し奥の部屋で話せないか?」
クライス「分かった……」
彼の真剣な眼差しに押され、俺は頷いた。そのままボルグについていこうとすると、シロも後ろからついてきた。
ボルグ「すまないが、クライス君と二人きりで話がしたいんだ。君はここでリリア君と待っていてくれないか?」
シロ「え?なんでだよ!オイラも気になる!」
クライス「シロ、すまないが待っていてくれ。後でちゃんと話すから」
シロ「……分かった。絶対に教えてくれよな?」
クライス「ああ、約束だ」
しぶしぶ納得したシロをその場に残し、俺はボルグの後を追った。
◇ ◇ ◇ ◇
ボルグに導かれ、ギルドの奥へと進んでいく。木造だった壁は次第に石造りへと変わり、やがて鉄でできた重厚な扉の前にたどり着いた。ボルグは片手でその扉を軽々と押し開け、俺を中へと促す。
部屋の中は石造りで、簡素な机と椅子が数脚置かれているだけ。全体的に無機質で冷たい印象だった。
ボルグ「すまないな。君のギフトに関する話は、他人に漏れると危険だ。防音効果の高いこの部屋を使わせてもらう」
クライス「そうか……」
促されるままに椅子へ腰を下ろすと、ボルグも向かいの席に座り、腕を組んだ。
茜色の瞳がまっすぐ俺を捉える。その視線は探るようでありながら、どこか慎重さが伺えた。
ボルグ「まず、確認させてくれ。君のギフト、『時を遡る力』とは、具体的に何をどのように遡るんだ?」
クライス「……どのように遡る、か?」
どう説明するべきかと考えていると、ボルグはさらに具体的な例を挙げてきた。
ボルグ「例えば、割れてしまった花瓶を、割れる前の時間に戻すことができるのか?それとも、意識だけ過去に遡らせ、過去の出来事を観察するのか?あるいは、自分が過去へ戻り、出来事そのものを変えられるのか?」
語り口はあくまで丁寧だ。
純粋に俺の能力を知ろうとしているのが伝わってくる。だからこそ、俺も素直に答えた。
クライス「……俺のギフトは、自身の精神だけが過去に保存したポイントに戻ることができる。物や他人には使えない」
その瞬間、ボルグの表情が微かに揺らいだ。
ゆっくりと目を伏せ、そのまま沈黙する。
その仕草は、考えを整理するようにも、何かを確かめるようにも見えた。
次に目を上げたとき――その茜色の瞳からは、先ほどまでの穏やかさは消えていた。
ボルグ「精神だけ、か……」
その声は、さっきまでのものとは違った。
嫌な予感が背筋を這い上がる。
ボルグ「その力で、何かを変えたことはあるのか?」
問いかけの響きが、先ほどよりも一層低く、重くなっている。
俺は一瞬、言葉に詰まったが、正直に答えた。
クライス「シロの兄貴を助けたくらいだ。その他には、特に何もしていない」
そう言った途端、ボルグの眉がわずかに動いた。
気のせいか、部屋の温度が一気に下がったような気がする。
張り詰めた沈黙が訪れる。
ボルグはゆっくりと目を閉じ、長く息を吐いた。
そして、静かに、だが、底知れぬ覚悟を滲ませながら一言を告げた。
ボルグ「……残念だよ、クライス君」
クライス「え?」
視界が急に揺れた。次の瞬間、俺の身体がぐらりと傾き、床に倒れ込んだ――いや、倒れたのは俺の「頭」だ。視界の端に、自分の身体が椅子に座ったままの状態で見える。まるで、意識だけが身体から切り離されたようだった。
ぼんやりと遠のいていく意識の中、ボルグの声が微かに聞こえた。
ボルグ「君のギフトは、この世界にとってあまりに危険すぎる――」
その言葉を最後に、俺の視界は完全に闇に閉ざされた。
貴重なお時間を使って、お読みいただきありがとうございます。
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