1-13.アルボルドの街
アルボルドに到着した俺たちは、いくつかの紆余曲折を経てギルドへと案内された。そこで俺は「翻訳魔導回路」という魔導書の力を借り、この世界の人々と会話できるようになった。それまで、言葉が通じないもどかしさを抱えながら過ごしていた為、無意識のうちに孤独感を感じていたのかもしれない。シロと初めて会話ができた瞬間の感動は、言葉に表せないものがあった。
その一方で、異世界から迷い込んだ可能性、自分の記憶が曖昧であるという事実を突きつけられた俺は、シロと話し合い、旅の目的を「自分が何者なのかを明らかにすること」と定めた。そのためには、異世界から来た者について詳しい異世界研究所があるという王都を目指すつもりだ。
とはいえ、この世界のことをまだ何も知らない俺が、いきなり王都へ向かうのは無謀だ。情報を集めるためにも、まずはアルボルドの街を探索することにした。
まぁそう決めたものの、腹が減っては何も始まらない。街の探索も兼ねて露店を回ることを決め、俺たちはリリアから借りていたギルドの一室を後にした。
ギルド内は相変わらず賑やかで、多種多様な冒険者たちがクエスト掲示板に群がり、それぞれに適した依頼を吟味している。同じ目的を持つ仲間を募る声も飛び交い、活気が溢れていた。
入ってきた時には気がつかなかったが、クエスト掲示板にはランク分けがされているようで、一際賑わっているのは低級クエストが集められた掲示板だった。逆に、最上級のS級クエストの掲示板には誰も寄り付かず、そこに貼られた一枚の依頼書が、どこか寂しげに風に揺れている。悲哀すら漂わせるその紙に、一瞬目が止まる。
だが、この世界に対する知識も経験も持たない俺が、S級の依頼をこなすなど、平民が魔王を倒すようなもの――到底、不可能な話だ。
S級依頼がどのようなものか少し気になったが、リリアに部屋を貸してもらった礼を伝えるためにクエストカウンターへ向かった。そこで待っていたのは、先ほどと変わらない穏やかな笑顔のリリアだった。
リリア「クライスさん、お話は終わりましたか?」
クライス「ああ、おかげさまで、これから街を少し見て回ったら王都に向かうことにしたよ」
リリア「それは何よりです。では、こちらの紹介状をお持ちください。王都にあるギルドの受付でこちらをお渡しいただければ、異世界研究所に通してもらえます」
クライス「そんなものまで用意してくれるのか。ありがとう」
リリア「とんでもございません。他にも何かありましたら、いつでもギルドにご相談くださいね」
クライス「あぁ、その時は頼らせてもらうよ」
リリアの変わらない丁寧な対応に、自然と感謝の気持ちが湧き上がる。俺は軽く頭を下げてから、シロと共にカウンターを後にした。
ギルドの外に出ると、目の前には広場が広がっていた。広場の中心には威厳ある男性の像が立ち、その足元には噴水が据えられている。その周囲を囲むように人々が集まり、活気に満ちている。広場からは複数の道が延びており、その先には大きな門が見えた。
道沿いや広場には色とりどりの露店が軒を連ね、どの店も個性的な品々を並べていた。新鮮な食材、華やかな衣類、冒険者向けのアクセサリーなど、見ているだけでも飽きないほどに多彩だ。
大きな街ならではの整備が行き届いた石畳の道は歩きやすく、上質ささえ感じられる。行き交う人々の笑い声や、露店の店主たちの威勢のいい呼び込みが絶えず響き渡り、街全体に溢れるエネルギーが肌を通して伝わってきた。
クライス「こりゃ凄いな」
シロ「クライスの兄貴はラッキーだね。今日は”森の日”だから、いつもより露店が多いよ」
シロの声にはどこか弾むような調子があった。
クライス「森の日?」
シロ「うん。アルボルドでは樹木の精霊ドライアドを祀っていて、月に一度、森の恵みに感謝を捧げる日があるんだ。だから、森の日の前後は特に賑やかで、露店も増えるんだぜ。珍しい食材や、ちょっと変わった魔物の肉なんかも並ぶからな!」
クライス「なるほどな。つまり今日はちょっとしたお祭りみたいなもんか」
シロ「そうそう!あ、見て見て!あそこ、ヤキトリ屋があるよ!」
シロが指さす方を見ると、褐色のたれを塗り、こんがりと焼かれた鶏肉が串に刺さっているのが見えた。食欲を掻き立てる香りが広がり、思わず腹が鳴りそうになる。
シロ「ヤキトリは、異世界の『二ホン』って場所から来た人が広めたのがきっかけで、いろんな街で流行ってるんだよ」
クライス「いい匂いだな……腹が減ってくる」
シロ「匂いだけじゃなくて、味も絶品なんだ!地域によって生息してる魔物が違うから、使われる肉によって味も変わるんだけど、アルボルドの近くにいるグリーンバードは、柔らかい肉質とちょっとしたハーブみたいな香りが特徴で、特に美味しいんだぜ!」
クライス「へぇ、シロは物知りだな」
シロ「へへ~ん!オイラ、にーちゃんと一緒に、お使いでいろんな街に行ってたからな!」
クライス「そうか……にーちゃん、一人にして大丈夫だったのか?」
シロ「平気だよ。本当はにーちゃん一人でも十分なんだけど、オイラが勝手について行ってただけだからさ」
シロは鼻の頭を掻きながら、少し気まずそうに答えた。
クライス「俺についてくることに関しては、ちゃんと相談したのか?」
シロ「うん!快く送り出してくれたよ。ただ『わがまま言って迷惑かけるんじゃないぞ』って釘は刺されたけどね」
クライス「ははは、迷惑どころか助けてもらってばっかりだぞ、俺は」
シロ「ホントか!?」
クライス「ああ、こうして今だって、いろいろ教えてくれるだろ。それに、シロがいなかったら、今頃森で迷子になってたかもしれねぇしよ」
俺の言葉に、シロは目をキラキラと輝かせ、すぐに嬉しそうに笑った。
シロ「へへっ、そんなこと言われると、なんか悪い気しないな!分かんないことがあったら、またオイラが教えてあげるよ」
クライス「そりゃ頼もしいな。じゃあ、よろしく頼むぜ、シロ先生」
シロ「せ、先生って呼ぶなよ!」
シロは照れくさそうに抗議しつつも、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。その様子に俺もつられて笑ってしまう。
クライス「さて、ヤキトリを食いに行くか?それとも他の露店を見て回るか?」
シロ「ヤキトリ!先にヤキトリだ!」
俺たちは、甘く香ばしい香りに引き寄せられるように歩き出した。炭火で焼かれる鶏肉は、脂がにじみ、表面はテカテカと光り、所々に付いた焦げ目が絶妙な色合いを見せている。その見た目と匂いに、腹の虫が反応してしまう。
クライス「おやっさん、5本ずつ頼む」
店主「あいよ、10本だな」
店主は手慣れた様子でヤキトリを大きな葉に並べ、くるりと包み始めた。それを見て支払いの準備をしようと、ケツポケットに手を伸ばす。だが、財布が見当たらない。
(……あれ?)
慌てて他のポケットを探り始めた時、ポケットの中で冷たい金属の感触に気がついた。
クライス「おっと、忘れてた」
ポケットから取り出したのは懐中時計だ。俺は急いで時計の操作を始め、森を抜ける前に設定した過去へ戻るポイントを、今ここで更新しておく。もし何かあれば、またあの黒い鎧の男と対峙する羽目になる。今回逃げ切れたのは幸運だったが、次も同じとは限らない。
(気がついて良かった……)
懐中時計をしまい、再び財布を探し始める。背負っていた袋をガサガサと漁ると、手に愛用している小さな財布の感触を感じた。ホッとしながらそれを取り出し、大銅貨を数枚握りしめた。
店主「お待ちどうさん。10本で1500ゼニ―だよ」
クライス「1500ゼニ―?」
店主「なんだい、1ゼニ―たりとも負けることはできねぇよ」
一瞬、1500ゼニ―がどれだけの価値なのか分からずポカンとしてしまったが、次第に冷や汗が背中を伝う。考えてみれば当たり前だ。俺は異世界に迷い込んでいる可能性が高い。当然、通貨が異なることくらい想像できるはずだった。
クライス「すまない店主、この大銅貨で交換することはできないだろうか?」
元の世界では十分な価値があった大銅貨だが、店主はそれを一瞥すると、怪訝そうに眉をひそめた。
店主「なんだそれは、10ゼニ―か?そんなんじゃ全然足りねえぞ!」
クライス「な、ならこれはどうだ!」
慌てて別のコインを差し出す。
店主「100ゼニ―じゃねぇか!なめてんのか!あと14枚足りねぇよ!」
クライス「銀貨が15枚……」
驚愕のあまり言葉が出ない。元の世界では銀貨15枚もあれば半年以上は生活に困らない大金だ。それがヤキトリ10本と同じ価値だなんて……
俺の頭の中では「ヤキトリ>半年の生活費」という意味不明な公式が成立しつつあった。
クライス「……銀貨15枚もあったら、一家が裕福に暮らせる金額なんだが……」
店主「はぁ?ヤキトリ10本で貴族様になれるなんざ、随分安上がりだな!」
言い返す言葉も見つからず、ただ呆然としていると、隣からシロの声が聞こえた。
シロ「おっちゃん、1500ゼニ―だな。これで足りるよな」
いつの間にかシロは細長い銀の棒と銀貨5枚を手にしていた。それをスッと店主に差し出す。
店主「おっ、ちゃんとあるじゃねぇか。最初からこっちを出しときゃいいんだよ」
シロ「兄貴、まだ慣れてないだけなんだ。異世界から来たばっかりだからさ」
店主「異世界?まぁ、そりゃ仕方ねぇな。でも次からちゃんと覚えとけよ、1500ゼニ―はこの銀貨15枚だ!」
シロはすまなそうに頭を下げ、俺に振り返った。その表情には、ほんの少しの誇らし気な笑みが浮かんでいる。
シロ「クライスの兄貴、これからは、この世界のお金も覚えていこうな!」
クライス「……お前、絶対今ちょっと得意げだったろ」
シロ「へへ、そんなことないよー」
鼻歌でも歌いそうな勢いでシロは笑いながらヤキトリを受け取る。その無邪気な笑顔が、なんとも言えず悔しい……
クライス「すまねぇな、シロ」
シロ「気にすんなって!まだこっちに来たばっかりなんだからさ」
そう言って、シロは笑顔で俺にヤキトリの入った葉包みを手渡してくる。その気遣いに感謝しつつ、俺もヤキトリを一本手に取り、口に運んだ。そして――口にした瞬間、衝撃が走った。
クライス「なんだこれは!」
ヤキトリは信じられないほど柔らかく、口の中でホロリと崩れた。甘辛いタレが肉の旨みを引き立て、かすかに香るハーブの風味と炭火の香りが絶妙に絡み合う。
クライス「すげぇ……こんな肉、今まで食ったことねぇ!」
シロ「へへ、クライスの兄貴も絶対気に入ると思ったんだ~」
クライス「気に入るどころじゃねぇよ!これ、今まで食った肉の中で間違いなく1番美味いぞ!」
シロ「だろだろ~オイラも初めて食べた時は感動したんだ~」
シロは自分のことのように嬉しそうに笑っている。
クライス「でも……銀貨15枚か。気軽に食えるもんじゃねぇな」
シロ「ん?あの丸い銀貨のことか?それならそんなに価値が高くないから、ヤキトリなら気軽に食べられるぞ」
クライス「……は?」
シロの一言に、俺の思考が一瞬止まる。
クライス「なぁシロ!その、銀貨って……そんなに安いのか?」
シロ「うん、まあ日用品とか軽い食事を買うには普通の通貨だよ。丸い銀貨15枚でヤキトリ10本なら妥当だと思うけど?」
クライス「……そうか……」
俺はなんとも言えない複雑な気分に襲われた。今まで命がけで魔物を倒し、必死に稼いできた銀貨。自分にとっての大金が、この世界では「普通」らしい。
(俺の苦労が……)
心の中で静かに泣きながら、残りのヤキトリを頬張る。
クライス「どちらにしろ、これから王都を目指すには準備が必要だな。まずは稼ぐ手段を考えねぇと……」
シロ「じゃあ、とりあえずギルドに戻って、魔物討伐の依頼でも探してみよう!」
クライス「そうだな。まずはそこからだ。これを食い終わったら、さっそく行こう」
シロ「うん!」
俺たちは残りのヤキトリを平らげながら、次の行動を決めた。まさかこんなにも早くギルドに戻ることになるとは思わなかったが、ヤキトリを買って食べるという十数分を過ごしたのちに、再びギルドへ向かうことにした。
ヤキトリの余韻を感じながらも、心の奥では今後の冒険への決意を固めていく――銀貨の価値はさておいて……。
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