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Over&Over-時を超え、選び直す-  作者: うしご
第一章 旅立ち
12/24

1-12.魔導書『翻訳魔導回路』

 ようやく、光り輝く文字たちが全て額に吸い込まれ、部屋が再び静寂を取り戻す。


クライス「……な、なんだ、今の……」


 頭がぼうっとして、まともに立っているのも辛い。俺は机に手をつき、呼吸を整えながら、視界の端に映る魔導書を睨みつけた。


???「大丈夫か?クライスの兄貴?」


 聞き覚えのある声が耳に届き、俺は咄嗟にシロの方を振り向いた。


クライス「……えっ?シロ、お前さん、今……」


 正直シロが話したとは信じらず、聞き間違いかと思った。けれど、そんな俺の動揺とは裏腹に、シロはいつものように笑顔を浮かべていた。


シロ「へへっ。クライスの兄貴の反応を見ると、オイラの言葉がちゃんと分かるようになったみたいだね」


 その言葉が、はっきりと、しっかりと胸に届いた。


クライス「シロお前……本当に……俺と、同じ言葉で……」


 これまで猫語しか話さなかったシロが、今、こうして俺と同じ言葉を話している。ずっと感じていた、世界から自分だけが取り残されているような冷たい孤独が、静かに、確かに溶けていくのがわかった。


 ただ言葉が通じる――そんな当たり前のことが、こんなにも嬉しいなんて。


シロ「そんな顔すんなよ、ちょっと照れるじゃんか。でも、オイラも嬉しいよ!」


 シロは鼻先をくすぐったそうに指で掻きながら、少しだけ照れたように笑った。その笑顔が、心の中にじんわりと温かさを広げていく。


クライス「……いや、本当に嬉しいんだ。こうして、シロと話せるなんて」

シロ「ちゃんと話せるぞ。でも、オイラの名前はシロじゃないけどな」


 そう言って、ケラケラと笑うシロ。


 言葉が通じたことで、俺たちの間にあった見えない壁が崩れ、またひとつ距離が近づくのを感じた。

 この魔導書がもたらした変化が、どれほど大きなものか――今、はっきりと実感できる。


クライス「シロ……いや、なんて呼べばいいか分からねぇけど、……ありがとな」


 シロに笑いかけると、彼もまた笑ってくれた。ようやく訪れたこの変化を俺は心の底から喜んだ。


 その時、控えめな咳払いが部屋に響いた。


受付の美女「ふふっ、盛り上がっているところ申し訳ありませんが、少しお話よろしいですか?」

クライス「あ、すまない」


 すっかり彼女がいることを忘れてしまっていた俺は、謝罪しながら椅子に座り直した。


受付の美女「翻訳魔導回路は問題なく接続されたみたいですね。シロさんの言葉もちゃんと聞き取れているようですし」

クライス「ああ……おかげでシロともこうして話せるようになった。本当に感謝するよ」


 受付の美女は、笑顔を浮かべ言葉を続けた。


受付の美女「私はこの街アルボルドにあるギルドの受付を担当しておりますリリアと申します」

クライス「俺はクライスだ。よろしく頼む」

リリア「クライスさんですね。身体に不調などありませんか?」

クライス「今のところ大丈夫だ。それより、”翻訳魔導回路”ってのは一体何なんだ?」


 俺の問いに、リリアは穏やかな笑みを浮かべたまま丁寧に説明を始めた。


リリア「では、説明を兼ねて、この世界の言語の歴史について少しお話ししますね」


 彼女の声は落ち着いていて、どこか安心感を与える響きを持っていた。


リリア「この世界には多くの種族が暮らしていて、それぞれの国や地域で異なる言語が使われています。そのため、かつては意思疎通が困難で、多くの誤解や争いを生んでいた時代があったんです。当時は“翻訳魔法”を組み込んだ魔道具も存在しましたが、魔力の消耗が激しく、維持するには莫大な費用がかかっていたそうです」


 彼女の声は心地よく、説明はスムーズに続いていく。


リリア「そんな中、一人の天才魔導士――ルーフィルが“自動翻訳魔法”を開発しました。これは、少量の魔力だけで他者の言葉を自分の脳内で理解できるようになるという画期的な魔法だったんです。そして、それを誰でも使えるようにしたのが“翻訳魔導回路”という、この魔導書なんです」


 彼女の説明に耳を傾けながらも、俺はその技術の壮大さに圧倒され、理解が追いつかずにただ目をしばたたかせるばかりだった。


リリア「あっ、それとご安心ください。たとえ魔力が尽きた場合でも、あるいは魔力を持たない方であっても、ほんのわずかな生命力を代わりに使って翻訳機能を維持することができます。この世界では、ほとんどの人がこの魔法を習得していますので、日常生活で困ることは滅多にありませんよ」

クライス「生命力を対価に……それに危険はないのか?」

リリア「はい、大丈夫です。生命に影響が出るほどの消耗ではありませんから、安心してください」


 どうやらこの『翻訳魔導回路』という代物は、この世界で生きるためには欠かせないものらしい。俺は、ついさっきその効果を体験しているだけに、妙に説得力を感じた。


クライス「なるほど……魔導書って、本当に凄いんだな」


 感嘆の言葉を漏らすと、リリアが軽く微笑みながら続けた。


リリア「えぇ。触れるだけで効果を得られますが、読み込むことでさらに強い効果が得られるんですよ。ただ、この翻訳魔導回路の魔導書は各国で厳しく管理されているので、お貸し出しはできないのですけれど」

クライス「そんな大層なものを俺なんかが使っちまってよかったのか?」

リリア「問題ありませんよ。使用したからといって、効果が失われるものではありませんので」

クライス「そうか。それなら安心だ」

リリア「さて、翻訳魔導回路のおかげで会話が円滑になりましたので、少し質問に答えていただいてもよろしいでしょうか?」

クライス「あぁ、構わない」


 彼女の穏やかな口調が妙に安心感を与えてくれる。俺は肩の力を抜き、椅子に腰をかけ直した。


リリア「まずは、貴方の種族は何ですか?」

クライス「俺は虎獣人だ」

リリア「では、ご出身地はどちらですか?」

クライス「出身……?」


 その問いに、俺は自分の生まれ育った場所を思い出そうとした。だが、何も浮かばない。頭の中に白い霧がかかるような感覚が広がり、記憶を辿ろうとするほど、その霧は濃くなる。


クライス「……すまない、思い出せない」


 自分の言葉ながら、胸に重く響く答えだった。うまく答えられずに言葉を探す俺を前にしても、彼女は動揺する様子もなく、次の質問を投げかけてきた。


リリア「では、ご家族について何か覚えていませんか?」

クライス「……母と俺だけだ」


 ぽつりと答える。その返答が自分でも妙に味気なく感じた。


リリア「それでは、貴方のおられた国の名前は分かりますか?」

クライス「……国の名前……」


 頭の奥から何かを引き出そうとするが、霧がすべてを覆い隠してしまう。焦りが募り、背中を冷たい汗が伝う。


クライス「すまん……。それも分からない……」


 呟くように答えると、彼女は少しだけ首を傾げ、柔らかな声で続けた。


リリア「分かりました。では、チキュウという名前に聞き覚えはありますか?」

クライス「チキュウ?……初めて聞く名前だ」

リリア「では、二ホンはどうですか?」

クライス「それも知らないな……」


 彼女は軽く息をつき、少し考えるように目を伏せたあと、言葉を紡ぐ。


リリア「どうやら、チキュウや二ホン出身の方ではないようですね。よく迷い込んでこられる、異世界からの住人かもしれないと思ったのですが……」

クライス「異世界だと!?」


 思わず声を張り上げてしまった。そんな俺を見ても、リリアは動じることなく、穏やかな表情で話を続けた。


リリア「ええ。この世界とは別の世界に住んでいた人が、何らかの理由でこちらに渡ってくることがあるんです。彼らは翻訳魔導回路が繋がっていないので、クライスさんと同様に自身の言葉は通じるけれど、私たちの言葉を理解できないんです」

クライス「いや、ちょっと待ってくれ。俺が異世界に迷い込んだって、そう言いたいのか?」


 自分でも驚きを隠せず反射的に聞き返していた。


リリア「その可能性が高いかと思います」


 リリアの穏やかな口調が、逆に現実味を帯びさせる。ふざけた冗談ではなく、彼女は心の底から本気でそう思っているのだ。その事実が、余計に俺の胸をざわつかせた。


リリア「特にチキュウや二ホン出身の方が多いので確認してみましが、他の世界から来られた方々もいるので、クライスさんは後者の方かと……」


 彼女の言葉が、静かに胸の奥へと染み込んでいく。その重さに、俺は無意識に拳を握りしめていた。


 異世界に迷い込んだ……? そんな荒唐無稽な話、信じられるかよ!そう心の中で叫んでいる俺がいる。だが同時に、すべてを否定しきれない自分も確かに存在していた。


 冷静になれ……冷静に考えろ――この世界が、俺の知る世界である証拠を見つければいい。そう思った俺は、自分の過去を辿るため、記憶を掘り起こそうと必死になった。


 だが。


 ――何も思い出せない。


 花畑の部屋で目を覚ます前、俺はどこにいた?何をしていた?


 その答えはどれだけ考えても出てこない。記憶を遡ろうとするたび、頭の中に立ち込める霧が視界を遮るように、何一つ掴むことができなかった。


(……どうなってるんだ……?)


 焦燥感に突き動かされ、さらに奥深く記憶を探ろうとした瞬間、鋭い頭痛が襲ってきた。


クライス「っ……!」


 俺は額に手を当て、顔を歪める。その痛みは、記憶に触れようとするたびに反発するかのように強くなった。


シロ「クライスの兄貴、大丈夫か?」


 耳に飛び込んできたのは、シロの心配そうな声だった。俺は痛みに耐えながら深呼吸し、なんとか声を絞り出す。


クライス「ああ、大丈夫だ……記憶を思い出そうとしたら、ズキッときただけだ」


 自分でも情けない声を出しながら、シロの顔を見る。彼は不安げな表情でこちらを見つめていた。


クライス「心配かけて、すまねぇな」


 シロの頭を軽く撫でてやる余裕すら今の俺にはなかった。


リリア「記憶喪失の可能性がありますね。異世界から来られた方の中には、記憶を失っている場合があると聞いたことがあります。どうやら、異世界間の移動で記憶が削られてしまうとか」

クライス「……記憶喪失……」


 その言葉が、胸の奥に重く響く。記憶喪失――それは他人事だと思っていた言葉だったが、自分の中の空白を思えば、その可能性を否定できない。


 花畑の部屋で目覚める以前の記憶の欠落、街へ続く道中での既視感のなさ、そして霧に覆われるような曖昧な記憶達――すべてが繋がる気がした。


クライス「でも……どうしてそんな大事なことを、俺は自分で気づけなかったんだ……?」


 声に出たのは、自嘲にも似た言葉だった。自分の過去が欠けていると気がつかず、ここまで来てしまったことに対する戸惑いが、焦りを助長させる。


リリア「それは分かりません。ですが、もし本格的に調べたいのでしたら、王都に在る異世界研究所に相談するのが良いと思います」


 今ここで考え込んだところで、何も解決しないのは明らかだ。俺にできることは、確かな情報を手に入れるための次の一手を打つこと。それが可能だという王都に向かうのが、今の状況では一番理に適っている。


クライス「そうか……。一度王都に行くか考えてみるよ」


 そう彼女に伝え、深く息をつき、心を落ち着かせた。


クライス「それと……少しこの部屋を借りても良いか?シロと今後のことを話したいんだ」

リリア「ええ、構いませんよ。お話が済みましたら、受付にお越しください」

クライス「ありがとう。助かる」


 俺の言葉にリリアは立ち上がり、優しい笑みを浮かべて軽く会釈すると、静かに部屋を出て行った。


 彼女が去った後、部屋に静寂が訪れる。その沈黙の中、考えをまとめながらシロに向き直った。


クライス「シロ、聞いてくれ。俺は……自分が何をしてきたのか、全く思い出せない。黒い鎧の男に命を狙われていたし、もしかしたら、大罪人かもしれない。そんな訳の分からねぇ奴についてきたら、お前だって――」

シロ「何言ってんだよ!」


 俺の言葉を遮るように、シロが声を張り上げた。


シロ「にーちゃんを助けてくれた奴が大罪人なわけないだろ!」

クライス「でも……」

シロ「過去なんて関係ない!オイラは今のクライスについて行きたいんだ!」


 シロの瞳は一切の迷いもなく、まっすぐ俺を見つめ、言葉以上に強い意志を感じさせた。


シロ「言葉が通じない俺たちを守ってくれたり、黒い鎧の奴と対峙した時も、真っ先に逃げろって言ってくれたり!大罪人がそんなことするはずがないだろ!」


 ひたむきな言葉が、その純粋な言葉が胸の奥に強く響く。自分に対する彼の信頼が痛いほど伝わり、胸の奥がじんと熱くなった。


クライス「……シロ。ありがとう」


 自然と笑みがこぼれ、感謝の言葉が口から零れる。それを聞いたシロは、ふいっと視線をそらし、口ごもりながら話し始めた。


シロ「でも、オイラの名前はシロじゃないんだけどな」

クライス「そうだったな。すまん。本当の名前を教えてくれないか?」


 一瞬、シロは答えようと口を開いたが、すぐさま気まずそうに顔を伏せる。そして、恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら小声で呟いた。


シロ「……やっぱり、シロのままでいい」

クライス「おや、本当は気に入ってくれてるんじゃないのか?」

シロ「ちげぇよ!名前を教えるのが面倒なだけだってば!」


 慌てて否定するシロの様子が、どこか可愛らしくて、思わず口元が緩む。だが、その温かい時間は一瞬だけ。俺は息をついて、少し真剣な表情を作り直した。


クライス「俺は、自分が何者なのか、何をしてきたのか思い出すために、まずは王都に向かおうと思う。ただ、この先にどんな危険が待ち受けているのかも分からない。それでも……一緒に来てくれるか?」

シロ「もちろん!」


 シロは即答だった。その瞳には迷いも不安もなく、純粋な信頼だけが込められていた。


クライス「そうか。ありがとう、シロ。これからもよろしくな」

シロ「うん!」

クライス「よし!そしたら、腹も減ったし、メシでも食いに行くか!」

シロ「やった~!メシだ!」


 シロは目を輝かせ、子供のような元気な声で答えた。その無邪気な笑顔を見ていると、自然とこちらまで元気になれる。


 そして、俺たちは肩を並べて歩きだした。これまでは言葉が通じず、もどかしさを感じることも多かったが、今はお互いの気持ちがしっかりと繋がっているのを感じる。共に歩む仲間がいる――それだけで、不思議とどんな試練も乗り越えられるような気がした。

貴重なお時間を使って、お読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと、大変うれしく今後の励みになります。

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