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Over&Over-時を超え、選び直す-  作者: うしご
第一章 旅立ち
11/24

1-11.混ぜるな危険

 ところ変わって俺は今、人生最大の試練に直面している。拷問――それも精神的にたっぷりと削られるタイプのやつだ。


 目の前には、満面の笑みを浮かべる人間族の女性。その微笑が圧を伴っているようで逆に怖い。そして、机の上には分厚い「魔導書」がドンと置かれている。その表紙には、赤い文字ででかでかと「読め、アホ虎」と、煽り散らかした文句が燦然さんぜんと輝いていた。


(煽りすぎだろ……こんなピンポイントな表紙あるか!?万人向けの魔導書なのに、俺の為に作ったかって程だぞ!)


 心の中でツッコむが、女性の微笑みがますます深くなった気がする。俺は、魔導書を開く前から既に敗北感でいっぱいだった。


 なぜ俺がこんな目に遭っているのかというと……


 俺とシロが命がけでたどり着いた街の門――すべては、そこから始まった。


 謎の黒い鎧の男に襲撃され、どうにか逃げ切った俺たちは、街に入れてもらうため、門番を務めるパンダ獣人の男性に声をかけた。


クライス「すまねぇ。今すぐこの街に入れてもらうことはできねぇか?」

パンダ獣人「ダ~パン」

クライス「……は?」


 予想外の返答に理解が追い付かず、思わず間抜けな声が漏れてしまった。


クライス「いや、だから、この街に入れてくれ!」

パンダ獣人「ダ~パン?」


 門番は真剣な表情で答えるが、俺の耳にはただの鳴き声にしか聞こえず、彼の言葉は理解できなかった。


クライス「……おい、冗談だろ?」


 豹獣人以外なら会話ができる――そう思い込んでいた俺の希望を、現実が容赦なく打ち砕こうとしていた。


クライス「いやいや、ダ~パンじゃなくて……」

パンダ獣人「ダ~パンシャンシャン」

クライス「語尾にバリエーションつけても分かんねぇよ!」

パンダ獣人「シャンシャン?」

クライス「語尾だけにすな!」

パンダ獣人「ぷんぷん!」

クライス「言葉を喋れぇぇ!!」


(なんでだよ!?さっきの黒い鎧の男とは、ちゃんと会話できたよな?豹獣人以外とは、会話できるはずだよね?)


 どんどんと希望が崩れていくことに焦りが押し寄せていくなか、今一度門番に尋ねてみた。


クライス「頼む!今すぐ入れてくれ!」

パンダ獣人「ぷんぷんパン!」

クライス「ダメだぁぁぁ!!」


 絶望の声を上げていると、少し離れた場所にいた、もう一人の犬獣人の門番が近づいてきた。


犬獣人「クンクン!」

クライス「匂いを嗅ぐな!」

犬獣人「クゥン、ぷんぷん!」

クライス「だから言葉を喋れぇぇ!!」


(……なぜだ?なんで獣人は鳴き声しか発せられないんだ?)

(いや、それなら――人間族だったら!)


クライス「獣人じゃなくて、人間族を出してくれ!」


 すると、門の向こう側から、騒ぎに気づいたのか人影が現れた。姿を見せたのは、人間族の男性と、狐獣人だった。


狐獣人「コーンコン?」

クライス「お前じゃない!」


 俺は狐獣人を弾き飛ばし、人間族の前に駆け寄った。


クライス「やっと人間族に会えた!これでちゃんと会話ができる!」


 俺は喜びと感動のまなざしで人間族を見やった。


人間族「ティン?」


 一瞬、理解が追いつかなかった。そして再び口を開いた人間族の言葉に、俺は凍り付いた。


人間族「ティンティン?」

クライス「俺の希望を返せぇぇぇ!!」


(やっと誰かと会話できると思ったのに、理解できた言葉がティンティンだと!冗談じゃねぇ!)


人間族「ティン、ぷんぷん!」

クライス「お前、もう黙れ!口を閉じろ!!」

人間属「ティーティー!」

クライス「すまん!俺が悪かった!頼むから、もう黙っていてくれ!」


 慌てて、人間族に黙っているように頼んだ。そこへ、パンダ獣人と犬獣人が加わってきた。


パンダ獣人「パン」

人間族「ティー」

犬獣人「クンクン」

クライス「嗅いじゃダメ!!」


(こいつはまずい!俺が望んで人間族を呼んでしまったが、この人間族が一番まずい。もうこれは奴が話せないように口を抑えておくしかない!)


 そう思い立ち、人間族を捉えようと足を前に出したが、シロに止められてしまった。


クライス「シロ離せ!奴は公然わいせつ野郎だ!野放しにするわけにはいかない!」

シロ「にゃーん!」


 シロが俺を必死に抑えている間に、パンダ獣人の特大の拳骨が、容赦なく俺の頭上に落とされた。


クライス「ぐはっ!」


 鈍い音が辺りに響き、痛みと共に視界がぐらりと揺れ、意識が遠のいていった。


 ……そして、目覚めたとき、俺は全身を縄でぐるぐる巻きにされ、地面に無様に転がされていた。


クライス「なんでこうなるんだよ……」


 さっきまでの興奮が嘘かのように、力の抜けた声が漏れでた。


(まさか人間族の言葉すら理解できないなんて……そもそも、言葉って呼んでいいのかすら怪しい……ただの鳴き声としか思えない……だとしたら、まともに会話できる奴なんていんじゃないか……?)


 冷静になった頭が、そんな仮説を導き出した。

 その途端、世界から自分だけが切り離されてしまったような、ひどく冷たい孤独が胸の奥を覆った。


シロ「にゃん!にゃにゃん!」


 思考の淵に沈みかけた俺の耳に、シロの声が飛び込んできた。

 顔を上げると、彼は真剣な眼差しで門番たちに猫語で何かを一生懸命に訴えていた。


(……シロ)


 彼らに言葉が通じているのかは分からないが、俺のために、何かを必死に伝えようとしているその姿に、胸の奥にじんわりとした温もりが広がっていくのを感じた。


 やがて、シロの必死の交渉が実を結び、どうにか俺たちは街の中へ入れてもらえることになった。

 ――ただし、俺は相変わらず縄でぐるぐる巻きにされたままだったが。


人間族「ティン!」

クライス「痛てっ!押さなくてもいいだろ!」


 背後から人間族に押され、思わず文句を漏らした。

 まるで犯罪者のような扱いだったが、実際そう見られているのだろうと思えた。


 初めて訪れる街だというのに、街並みを楽しむ暇も、露店を巡り食べ歩きする余裕もなかった。俺は縛られたまま、木造の美しい建物へと連れ込まれた。


 建物の中は活気に満ちており、ガヤガヤと冒険者たちが行き交い、喧噪に包まれている。入ってすぐの両サイドには掲示板が設置され、そこには大量のクエスト依頼書が貼られていた。冒険者たちはそれぞれ自分に合った仕事を吟味しているようだ。


 屈強な牛獣人が巨大な槌を背負って歩いていくかと思えば、先端に赤く輝く魔石をあしらった杖を持つ人間族の女性が何かを呟きながら掲示板を睨んでいる。種族も装備も多種多様。まさに冒険者たちの集まる場所といった風景だった。


 そんな彼らを横目に、俺は縄を引かれるまま、正面のカウンターに連れて行かれた。


 カウンターの奥には、人間族の女性が立っていた。彼女は愛想良くニコニコと微笑んでいる。くりくりとした大きな目、スッと通った鼻筋、手入れの行き届いた金髪――獣人の俺から見ても、はっきり言って可愛い。いや、それどころか、かなりの別嬪さんだ。


 そんな彼女に、門番が俺を突き出して話しかけた。


人間族「ティン!」

受付の美女「きも~い」


(……。)


 俺はもう反応するのを止めた。門番は「ティン」を連発し、受付の美女は笑顔で「きも~い」とだけ返している。


 とても会話が成立しているようには見えなかったが、ときおり漏れる笑い声や、美女が書類に何かを書き込む様子から察するに、どうやら俺だけが通じていないようだった。


(なんで俺だけ……)


 そんなとき、シロの暖かい手が、そっと俺の手を握った。


クライス「どうした、シロ?」


 シロは柔らかい笑みを浮かべながら「にゃ~ん」と鳴いた。その言葉は理解できないものの、「大丈夫だ」と言われたような気がして、俺の心は少し軽くなった。


クライス「ありがとうな」


 門番と美女のやり取りが一通り終わると、美女が俺を縛っている縄を受け取り、俺たちを引き連れ、別室へと移動していった。


 そこは、机と椅子が置かれ、床には幾何学模様のじゅうたんが敷かれた、待合室のような部屋だった。美女は俺とシロを部屋に入れると、「めんどくさっ」と罵声を浴びせつつ部屋を後にした。


 取り残された俺たちは、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、シロが俺の縄をほどいてくれた。


クライス「シロ……色々迷惑かけてごめんな」


 シロは「気にするな」と言わんばかりに笑顔を見せ、俺の肩をたたいた。その後、入口正面の椅子に俺たちは座った。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 部屋のドアをノックする音が響き、先ほどの美女が腕に分厚い魔導書を抱え、にっこりと笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。そして机の上にその魔導書をドンッと置き、俺に向けて満面の笑みを浮かべた。


クライス「これを読めってことか?」


 俺が恐る恐る尋ねると、隣にいたシロが「にゃ~ん」と首を縦に動かして肯定してくる。


 正直なところ、できれば魔導書なんてものは、読むどころか触れたくもない。


 俺は机の上の魔導書を睨むように見つめながら、思い出したくもない過去を不意に思い出してしまった。


 昔、”あいつ”に魔導書を渡された際、俺は地獄を見た。あの魔導書には炎の魔法が記されていたらしいが、俺が手に取った瞬間、突然魔法が暴発。全身の毛が一瞬にして丸焦げになり、数か月もの間、毛のない猫として村中の笑い者になったのだ。


(そんな思いは、もう二度とゴメンだ。俺は魔導書なんか読まない!)


クライス「俺、魔導書苦手なんだが……読まなきゃダメか?」


 弱々しい声でそう尋ねると、受付の美女は満面の笑みを浮かべたまま、静かに沈黙を保っていた。


 俺は深くため息をつきながら、机の上の魔導書を恨めしげに見つめた。憎たらしいことに魔導書の表紙には、赤い文字ででかでかと「読め、アホ虎」と、煽り散らかした文句が燦然さんぜんと輝いていた。


(煽りすぎだろ……こんなピンポイントな表紙あるか!?万人向けの魔導書なのに、俺の為に作ったかって程だぞ!)


 ちらりと再び彼女に視線をやると、彼女は「さっさと読め」と言わんばかりに、笑顔をさらに深めてこちらを見つめている。その柔らかな微笑みが逆にプレッシャーだ。


クライス「……くそっ、仕方ねぇ!」


 そう自分に言い聞かせながら、俺は魔導書に手を伸ばした。震える指先が、表紙へと近づいていく。そして、魔導書に触れたその瞬間――


クライス「うわっ!」


 突然、魔導書がまばゆい光を放ち始めた。その光に目を細める間もなく、次の瞬間には分厚い本がバサッと勝手に開かれ、風に吹かれたように、ページがぺらぺらと一定間隔で高速にめくれ始めた。


 その動きに呆然としていると、めくられ続ける魔導書から見たこともない光り輝く文字の羅列が飛び出してきた。文字はまるで生きているかのように宙を漂っている。


クライス「なんだこれ……!」


 驚きに目を見張る俺をよそに、輝く文字たちは次々と溢れ出し、空間全体を埋め尽くしていった。ほんの僅かな出来事なのだろうが、俺の周囲には信じられないほどの文字が集まっている。


 空間全体に漂う文字たちは、まるで夜空に広がる無数の星々のように美しく、白い光が優しく周囲を包み込み、静寂に満ちた神秘的な光景が目の前に広がっていた。


 俺はその光景に思わず息を呑んだ。


クライス「……綺麗だな……」


 驚きと美しさが相まって、自然と感嘆の声が漏れ出す。白昼にもかかわらず、天体観測をしているような、非現実的で荘厳な景色に心を奪われた。


 だが、そんな俺の感動を無視するかのように、文字たちは突然方向を変え、まるで狙いを定めたかのように、輝きが次第に鋭さを増していった。


(なんだ、なんか嫌な予感がする……)


 俺の嫌な予感は外れた試しがない。そして今回も例に漏れず見事的中した。無数の文字が、まるで獲物に食らいつく猛禽類のように、一斉に猛スピードで俺の額に向かって突進してきたのだ。


クライス「わぁぁぁ!やめろ!来るなっ!」


 情けない悲鳴を上げたが、文字たちは容赦なく俺の額に飛び込んでくる。触れた瞬間、まるで脳がかき混ぜられるような衝撃に襲われた。


クライス「ぐっ……!あぁぁっ!」


 頭の奥深くで何かが焼き付けられていくような感覚に耐えきれず、叫び声が止まらない。


(やめろ……!俺の頭に何をしてるんだ!?)


 それは実際には数秒ほどだったのかもしれないが、俺にとっては永遠に続く拷問のように感じられた。

貴重なお時間を使って、お読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと、大変うれしく今後の励みになります。

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