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Over&Over-時を超え、選び直す-  作者: うしご
第一章 旅立ち
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1-1.目覚め

プロローグ 〜誰かの終わり、誰かの始まり〜


「もし、やり直せるとしたら――あなたは、過去を選びなおしますか?」




???「……もう、この星は死んでいる」


 ぼそりと呟く虎獣人の足元には、荒れ果てた大地があった。


 地平線の果てまで、カラカラに干上がった地面が広がり、かつて命が謳歌していた景色はどこにもなかった。街の賑わいも、新緑の香りも、澄み渡る青空さえも、すべてが過去のものとなった。


 今はただ、生暖かい風が砂塵を巻き上げ、静かに吹き続けている。


虎獣人「……俺は、どこで間違えちまったんだろうな」


 彼の囁くような小さな声に、返事をするものはもういない。


 無気力に立ち尽くす虎獣人の瞳に光はなく、ただ虚無だけが宿っている。だらりと垂れた右手からは、銀色に輝く懐中時計が今にも落ちそうになっていた。


 突如、強い風が吹き荒れ、砂嵐により彼の輪郭がかき消される。視界は奪われ、世界は音を失ったかのように思えた。


 やがて風が止み、再び姿を現した時――彼の瞳には、わずかに光が宿っていた。


虎獣人「……やり、直せるのか?」


 その言葉は、彼自身に問いかけるように、虚空へとこぼれ落ちて行った。冷え切っていた彼の心に、わずかな熱が宿り始め、心臓が力強く脈を打つ音が聞こえた。


 彼は落ちかけていた懐中時計を、今度は強く握りしめた。


虎獣人「可能性があるなら、代償なんて何でもくれてやる!俺を過去に戻してくれ!」


 荒廃した世界に、彼の叫びが響き渡った。


 その叫びに応えるかのように、握りしめた懐中時計が激しく輝き始めた。


 秒針は狂ったように逆回転し、周囲の景色が歪んでいく。そして――世界が静止したかのように遅くなった。


 次第に光が虎獣人の全身を包み込み、引き伸ばされるように輝きが増していく。


 次の瞬間、爆発したかのようなまばゆい光が荒れ果てた大地に広がった。


 それは、瞬きをするかのような一瞬の出来事だった。


 光が収まったその場には、虎獣人の姿はなく、ただ静かに風が吹き続けていた。

 虎獣人が筋肉質な腕を無防備に投げ出し、ベッドの上で寝息を立てている。周囲を囲む枝葉は、まるで大きな揺りかごのようにしなやかに張り巡らされていた。家というより、森そのものが部屋になったような場所だ。

 新緑の香りと小鳥たちのさえずりが、虎獣人の眠りを徐々に呼び起こしていく。やがて、暖かなそよ風が彼の黄色い毛並みを揺らした。その風は春の陽気のように心地よく、彼はゆっくりと目を覚ます。


虎「ふぁぁ~……」


 俺は、深いあくびをしながら、大きく体を伸ばした。心地よい朝の余韻に浸り、ベットから起き上がると――


 ゴツッ!!


虎「痛っ!」


 頭を低い枝にぶつけてしまい、思わず顔をしかめた。頭をさすりながら、ぶつぶつと文句を言う。


虎「なんだよ……なんでこんな所に枝が……?」


 不思議に思いながらも、窓の外に目をやった。その時、俺は目を疑った。そこに広がっているはずの見慣れた景色が、どこにもなかったからだ。


虎「なんだこりゃぁぁぁ!? 」


 目の前には――空。


 窓も、壁も、屋根も消え失せ、まばゆい青空と白い花畑が広がっていた。

 

虎「……一体、何がどうなってやがる……?」


 状況が呑みこめず、昨日の記憶を探る。


 しかし、何も思い出せない。

 見覚えのない場所で目覚めた焦燥感に駆られ、さらに記憶を辿ろうとした瞬間、鋭い痛みが頭を突き抜けた。


虎「痛ててて! ……また飲みすぎて記憶でも飛ばしたか?」


 頭を押さえながら、何か飲み物はないかと周囲を見渡した。

 そのとき、近くの椅子に、フードを目深に被った人物が、静かに座っているのが見えた。


虎「なんだ、あんた…?」


 ベッドから飛び降り、その人物に目を凝らす。

 何故こんなにも近くに人がいるのに、気配を感じなかったのだろうかと、疑問を覚えつつ再度声をかけた。


虎「おい、聞こえてんのか?」


 声をかけても反応はない。不審に思い、近場に落ちていた枝を拾い上げ、恐る恐る近づき、突いてみた。


 ――その瞬間。

 ぐらりと体が傾き、その人物は椅子から崩れ落ちそうになった。


虎「ちょっ、大丈夫か!?」


 慌てて支えるが、その手に伝わる感触に息をのんだ。その体は既に冷たく硬直しており、生きている気配がどこにもなかった。


虎「……死んでる?」


 血の気が引き、心拍数が跳ね上がった。支えている手に意識を向けるが、やはりぬくもりを感じることはできなかった。


 俺は静かに彼を抱きあげ、ベッドの方へと足を運んだ。

 抱き上げた拍子にフードがはずれてしまい、年老いた犬系獣人の顔が露わになるが、その顔には、優しく穏やかな笑みが浮かんでいた。


 俺はそっと老獣人の遺体をベッドに寝かせた。


虎「……すまん。悪いことをしたな」


 ”死”


 魔物が蔓延るこの世界では、誰かの死に直面することは珍しくない。死の動揺に飲まれていれば、次に命を落とすのは自分自身だ。

 生き延びるためには、常に冷静に判断し行動する。俺はこれまで、幾度となく命のやりとりを重ねる中で、そう学んできた。


虎「……一度、状況を確認しよう」


 相次ぐ不可解な出来事に、まずは状況を整理することにした。


 見知らぬ場所で目を覚ましたこと。

 昨夜の記憶がすっぽり抜け落ちていること。

 そして、見覚えのない老人の遺体……。


 前者二つに関しては、またしても酒の飲み過ぎだろうか。以前、飲み過ぎて記憶を飛ばし、気づけば見知らぬ原っぱで寝転がっていたことがある。今回も、似たようなものかもしれない


 だが、この老人は、いったい誰だ?

 まさか、俺が殺めた……? 酔った勢いで? 


 思わず喉が詰まる。

 しかし、彼の体には外傷ひとつ見当たらず、血の跡も、争った形跡すらもない。むしろその顔は、穏やかで、どこか幸せそうな表情を浮かべている。


虎「考えても分からねぇな……」


 つぶやいた声が、静かな部屋にぽつりと落ちた。

 

 その後、俺は周囲を見渡してみた。

 老獣人が座っていた机の上には、ひび割れた丸い石と古びた本が置かれている。

 そして、ベッドからすぐ手の届く場所には、大きな袋。傍らには「持っていきなさい」と達筆な字で書かれたメモが添えられている。

 袋の口を開け、中を覗き込むと、水の入った瓶、パン、果物などが詰め込まれているのが目に飛び込んできた。


虎「この爺さんが用意してくれたのか?」


 メモ書きがあるものの、本当に貰ってしまって良いものかと不安になる。しかし、喉の渇きには耐えられず、水瓶を一本だけ手に取った。


虎「……分からねぇが、ありがたくいただこう」


 そう呟き、俺は水を一気に飲み干す。


虎「まずは、近くに誰かいないか探してみるか……」


 ここがどこか見当もつかない以上、人を探すのが得策だろう。そう考え、俺は部屋を出ることにしたが、ふと卓上の古びた本が目に入った。

 その表紙には大きな赤字で、こう書かれていた。


「“旅のお供” 絶対に読め。絶対にだ。無視せずに読め」


 いかにも意味深な雰囲気を漂わせている。しかし、俺は、それを手に取らずにぼやいた。


虎「魔導書か……ろくな思い出がないんだよな……」


 以前、魔導書を手にした瞬間に魔法が暴走し、全身の毛が一瞬で焼失するという、あまり魔導書と関わりたくない経験をしたことがある。

 そんな記憶に顔をしかめ、下へと降りるため、開放感たっぷりの張り出た床へと足を進める。


 視界の先には、一面に花畑が広がっていた。白い花が風にそよぎ、静かに揺れている。


虎「……綺麗だな」


 しばらくの間、俺は無言で立ち尽くしていた。だが、思い出したように呟く。


虎「おっと、こうしちゃいられねぇんだった。降りるか」


 部屋を支えていた木の幹は、幸い斜めに伸びていたため簡単に地上に降りることができた。


 地上に降り立った俺は、部屋を飲み込んでいた巨大な樹の周りを一周し、四方を確認した。この場所は、一本の大樹を中心に花畑が広がっており、まるで森の中にぽっかりと現れた広場のようだった。


 人が往来する町や村へと繋がる道があれば良かったのだが、残念ながら見当たらなかった。この場所から抜け出すには、森を進むしかなさそうだ。


 俺は森を抜ける決意を固めたが、その前にやることがある。


虎「手頃な石、落ちてねぇかな」


 地面を掘れるほどの石を探しながら歩いていると、所々に水晶が埋まった大きな石を見つけた。それを両手で持ち上げ、大樹のそばに広がる穏やかな木陰に置いた。

 そして、石を手にして近くを掘り始めた。


 手のひらが次第に痺れ、額に汗が滲んでくる。だが、俺は手を止めず、懸命に掘り続けた。


虎「急ごしらえで簡単なものしかできねぇけど勘弁な」


 老獣人の墓を完成させると、咲いていた花を一輪摘み取り、墓標に添えた。柔らかな風が通り抜け、白い花々が一斉に揺れた。まるで老獣人の優しい微笑みが、風に溶け込んでいるかのような気がした。




◇   ◇   ◇   ◇




 俺は森の中を進んでいた。最初は木々の間隔も広く、歩きやすい道が続いていたが、奥へ歩みを進めるほどに、木々は密集し、薄暗さが一段と増していった。足元の湿った土はじわじわと冷たさを帯び、まるでこの森そのものが俺を拒んでいるかのようだった。


虎「人が住んでるような形跡があれば大儲けだとは思っていたが、こりゃ人っ子一人いねぇぞ。いったん引き返すか……」


 森に入り込む日差しは少なく、これ以上の探索を続けるのは危険だと判断し、俺は来た道を戻り始めた。だがどれだけ歩いても、先ほどいた、花が一面に咲き乱れる広場に戻る気配はない。

 それどころか、森の奥深くへと引き込まれていくような感覚に襲われた。


虎「……まさか、道に迷ったのか?」


 その時だった。遠くから、重々しい足音が耳に届いた。


 ドスン、ドスン。


虎「……大きいな」


 獣人は嗅覚や聴覚が人間よりも格段に優れている。特にネコ科の俺は聴覚に長けていて、歩く音を聞けば相手の大きさもだいたい察しがつく。足音の重さから推測するに、その何かは俺の三倍以上の大きさはあるだろう。


 俺は獣人の中でも体格が良く、比較的大柄な方だ。それより三倍も大きいとなれば、人間であるはずがない。おそらく、魔物だろう。そんな化け物を相手に、この丸腰の状態では到底勝ち目はない。


虎「せめて武器になるものがあればな……」


 周囲を見回し、何か使えそうなものを探す。だが、視界に映るのは鬱蒼と茂った木々と草ばかりで、手頃な枝ひとつ落ちてやしない。ツイてないな、と心の中で愚痴りながら、気付かれないよう息を潜めた。


 幸い、足音はまだ遠い。俺は近くの樹の根元に身を潜め、じっと周囲を窺った。


 ――その時、目の前の枝が不自然に大きく揺れた。


虎「ッ!」


 何かが猛烈な速さでこちらに飛んできた。しかし、何が起きたのか理解する暇もなかった。ただ確かな事は、全身に力が入らず、体がまるで言うことを聞かないということ。そして、胸元が灼けつくように熱いということだった。


 ごふっ!!


 俺の口から大量の血が吐き出された。


 焼けつくように熱い胸元に視線を落とすと、そこには、長い何かが深々と突き刺さっていた。


 視界に入ったその光景を理解した途端、胸に鋭い痛みが走る。


虎「ぐあ゛ぁぁぁ!!」


 言葉にならない叫びが、森に響き渡った。


 痛みが、恐怖が、脳を支配していく。


 息を吸おうとしても、肺をやられたのか、上手く空気が入ってこない。喉が詰まる感覚に襲われ、視界がじわじわと薄れていく。


 ぼやける視界の端で、枝葉の奥にわずかに揺れる影が映った。


 最初はただの木々にしか見えなかったが、次第に色鮮やかな鱗が光を反射し、巨大なカメレオンの様な魔物が現れた。


 森と一体化するように擬態し、気配すら感じさせなかったそいつの長い舌が、俺の胸を深々と貫いている。


(……なんだこいつは……!早く逃げねぇと……)


 だが、身体が言うことを聞かない。胸元からとめどなく血が流れ、足元の土を赤黒く染めていく。


 必死に手足を動かそうとするが、指がわずかに痙攣するだけで、力が入らない。


(動け……)


 視界の光は薄れ、身体の熱が静かに失われていく。冷えゆく感覚が、死の足音を確かに告げていた。


(……嫌だ)


(…………嫌だ)


(……まだ、死にたくない!)


 最後にそう強く願ったのだが、叶うこともなく、俺の意識は闇へと飲み込まれた。

貴重なお時間を使って、お読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと、大変うれしく今後の励みになります。

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