婚約者
と、扉がノックされた。
「・・・はい?」
応答をすると、少し遠慮がちに声が聞こえてきた。
「ライチ様、私です」
「イチハ。入れ」
部屋に入ってきたのは、清潔感があり育ちが良さそうな少女。
ライチの婚約者、イチハである。
「先の出撃、お疲れさまでした」
「ああ」
「ここに来るまでにも、皆さまにお褒めの言葉をいただいておりました。直接ライチ様に告げればよろしいのに、皆さま遠慮深いですね」
「皆はイチハと話したいのだろう。僕の功績など話題にすぎないさ」
「話題で片づけてよいものだとは思いませんよ」
「そう言ってもらえるのは、有難いね」
ライチはイチハと話すときも変わらない。
真面目で冷静。自分を作ってなどいない。
生来からこの気性なのだろう。となると軍事の指揮者というより参謀になりそうだが、この若者は鍛錬も欠かさず、手合わせを行わせてもなかなかの成績をもつ。
頭でも身体でも勝てない者がときどき腐っているのは、苦笑いするしかない。
そんなライチに婚約者として宛がわれたのがイチハである。
彼女はいわゆるお偉いさんの娘で、器量が良い。
軍関係のことについては学んでいないので、余計な口を出されることはないし、それでも理想を知っているので、机上の話はできる。
ライチに従うだけではなく、自分の考えを話す。ライチから見て、一人の人間である。男を狂わせるような「女」ではない。
そういうところがライチに合い、同じように一部の女性から嫉妬されている。
「何か、私にお申し付けたいことはございますか?」
「いつもと同じように、鍛冶屋に装備の手入れを頼みたい。それから、怪我をした兵士たちへのケアも頼む。夕方からは会議になり留守にするので、そのように周知してくれ」
「わかりました」
「それから、軍事関係の新しい書が出ていたら取り寄せておいてくれ」
「この間5冊も取り寄せたばかりではないですか」
「必要なところは読んだ」
「わかりました・・・が、一人のときくらい、休まれてはいかがでしょう」
「休みもとっている。一人のときに新しい情報を仕入れないと、皆に共有できないんだ」
「役割分担が必要かと思います」
「他の人は他のことをやっている。僕は動いた分、頭を使うのが性に合っているんだ。いずれルーティンになって、それなしではいられなくなるだろう」
「わかりました。疲れが溜まっているように見えたら、お声かけしますね」
「ありがとう。そうしてくれ」
イチハはメモをとる。こうしていると、婚約者というより秘書に近いのかもしれない。
しかしこれは仕事ではない。この二人は、このようにしているのが合うのだ。
周囲から見たら仕事であるのかもしれない。評価者がいないだけだ。
評価したい者がいたら評価し、金になる。それだけの話。




