5 サマーフェスタと夏服
その次にシフトに入った日の休憩中のことである。
「建国祭のサマーフェスタをやろうと思っているんだ」
「サマーフェスタ?」
疑問の声を上げた私に、店長はにこにこ笑って眼鏡のブリッジを押し上げた。三十代半ば、一児の父だと聞いているけれど、髪をきちんと後ろになでつけ、いつも笑顔でのんびりした様子はもうちょっと老けて……もとい、落ち着いて見える人である。
店では、夕方の比較的客数の少ない時間帯に、担当の仕事がひと段落したメンバーから交代で休憩に入り、厨房に用意されたまかないのお弁当箱を持ってきて食べる方式になっている。その時もスタッフルームで三々五々、まかないを食べている最中だった。
「うん、ハロウィンやクリスマス、バレンタインがある秋冬と比べて、夏は気分を変えられる行事がないだろう? それで、架空の建国祭を七月にして、イベント月間にしていこうというオーナーの意向で」
「建国祭かあ。何をやるんですか?」
「まず、制服が変わる。騎士さんたちも、今のチュニックとパンツの上に、胸当て、腕当て、すね当てと鎧をつけて、さらにマントを重ねる方式じゃ、いくら空調を効かせると言っても、見た目も暑苦しいしね。盛夏には鎧はつけなくていいことにしていたけれど、そうするとちょっと質素な雰囲気になりすぎる。それで、去年から夏服を作ってほしいって要望してたんだけど、ようやく通ったんだよ。これは、イベントが終わっても暑い時期はそのまま夏服として続けて使うつもり」
タブレットで、デザイン画と思しきものを表示させてくれた。
「わあ、見たい見たい」
「どんなんですか? どうせならマントとかもうちょっと短くなりませんかね」
騎士の中堅コンビ、エリカさんとクロード君が額をくっつけるようにして真っ先にタブレットを覗き込んだ。
「おおー! これは……しゅっとしてますね」
「うわ、カッコいいじゃん! 私好きだなー」
たじろいだ様子のクロード君と、対照的にテンションが上がったエリカさんの様子に興味をそそられて、私も横からのぞきこんだ。
「わあ、きらきらだ! これは着映えしそうですねえ」
現在のちょっと武骨な戦装束とはうってかわった宮廷スタイルだ。ひらひらと揺れる柔らかい生地をたっぷり使った長袖のドレスシャツは、身頃と袖生地のゆったりした形と対照的に、きゅっとつまった襟と袖口が印象的だ。その上から、かちっとしたベストのような上着を着込んで、襟元にスカーフのようなひだの多いネクタイを締め、襟の両側を繋ぐような鎖飾りで押さえる。パリッと中央に折り目のきいた白い七分丈のパンツに、同じ色の長靴下、少しかかとの高いドレスシューズ。騎士の武人らしさは、腰にサーベルを下げることで表現するらしい。
「エリカさん、またモテちゃいますよ」
私が言うと、クロード君が眉尻を下げた。
「勘弁してほしいっすよ。エリカさんはスタイルいいから着こなすでしょうけど、こっちは相当覚悟いりますって。日本人体型にもうちょっと合わせてくれませんかねー」
「ええ、じゃあクロード君は遣欧使節団から現地に残留した侍騎士ってことで、袴姿か着流し浪人スタイルにしようか?」
「マネージャー、真顔でぼやきを拾わんでください」
すかさずクロード君がツッコむ。横でエリカさんが吹き出した。
「そっちも似合いそうだけど」
「まあ、和装はさすがに冗談だけど、色も選べるようにするから。ここに、騎士さんごとに、今までの在籍月数とか表彰に応じて、勲章のサッシュとか肩章とかを足して着てもらおうかなって」
「騎士さんたちが建国式に参加する正装っていう設定ですね」
「そうそう、それ!」
私が言うと、マネージャーは嬉しそうにうなずいた。
「ちゃんと考証していくなら、軍服としてこの上からさらに長袖のひざ丈コートとかを着るんだけど、それじゃ結局暑いから、夏服の意味がないし。その辺はうまいことアレンジしてもらったんだって」
そのタイミングでちょうどドアが開いた。
見ると、「お疲れ様っす」と入ってきたのはセドリック団長だった。
「お、今日ハムサンドなんだ。やった」
他にいくらでも席があるのに、当たり前のように私の隣りに腰を下ろす。まあ、こうやっておしゃべりしながら入れ替わり立ち代わりで食事をするのに、わざわざ離れたところに座ったら、それもおかしな話なんだけど。
「えらく盛り上がってるけど、何なの」
私が手短に説明すると、団長はひょいっと私ごしに腕を伸ばしてタブレットを手に取った。
だから距離感バグってるってば、という私の内心の抗議はもちろん、通じるべくもない。
さあ、支持か不支持か。ドキドキしながら見守っていたら、団長はぐっと口をへの字にした。
「え、マジで。この衣装か」
「団長もそう思いますよね!」
我が意を得たりとトーンを上げて返事をするクロード君に、エリカさんと私が応戦した。
「えー?!」
「何がダメなんですか? かっこいいじゃないですか」
エリカさんの陽気な口調につられて、つい言ってしまった。
「団長、絶対似合うと思いますけど」
「何でだよって」
いや、そこでちょっと照れないでほしい。勢いで言ってしまったこっちも、頬がほてってしまう。微妙な空気に気づいてか気づかずにかはわからないけれど、のんびり、マネージャーが割り込んでくれた。
「アンちゃん、他人事みたいに言ってるけど、アンちゃんたち厨房補助さんや受付さんも夏服あるからね」
「え、待って。見せてください、デザイン画あるんですか」
なぜか私より先に反応した団長が、タブレットをマネージャーに返す。数タップの操作の後、示された画像を見ての反応は、またもくっきり分かれてしまった。
「うっわ、かわいい! アンちゃん絶対似合うよ」
「これはいいですね、涼しそうで」
テンションが上がるエリカさんとクロード君に対して、私は思わず、さっきの団長と同じように唇を引き結んでしまった。
「これはちょっと、着るの怖いなあ」
ちょっとだけ、スカートが短すぎる気がする。膝くらいの丈なんて、普通かもしれないけど。半袖のパフスリーブブラウスも問題だ。ギャザーネックで襟ぐりが広い、ふわっとしたデザインなのに対して、コルセット風のハイウエストの身頃がついたスカートできゅっとお腹の辺りから締めるせいで、色々強調されてしまう気がする。私の場合は主に、胸元にあるべき質量の貧しさが。
「えー。もうちょっと襟とか、カチッと詰まってる方がよくないですか」
私に賛成してくれているはずなのに、ちょっと渋い顔になった団長の言葉が妙に刺さる。ですよね。残念なものをお見せしてしまうだけだと思います。お子様体型ですみません。
「騎士団の訓練舎ですよ。もともとあったチャペルを活かしての、教会の管理下っていう設定もあるんですから、もっと落ち着いた感じの方がいいと思います。酒場とかじゃないんですから。男性客にへんな勘違いされても困りますし」
「わあ、団長、過保護ー」
エリカさんがくすくす笑った。
「馬鹿言え。違うだろ、コンセプトの問題!」
ムキになって反論した団長を、まあまあ、とクロード君がなだめる。
「そうかなあ。まあ、一理あると言えなくもないけど」
マネージャーはポーカーフェイスでお茶をすすった。
「衣装デザインはオーナーが発注してくれたんだよね。まだ現物の製作には入ってないって言ってたから、現場の意見ってことで伝えてみるね。あ、でも、クロード君。たぶん、騎士服はこのままだと思うなあ。オーナー、めちゃくちゃ気に入ってるみたいだったから」
「まじっすか」
クロード君はうめいた。その肩をエリカさんが男前にバシッと叩く。
「あきらめなって。団長もですよ」
うん、とうなずいたものの、妙に浮かない顔のまま、団長はハムサンドをかじった。
「それでね、サマーフェスタの件に戻るけど。店内イベントとしては、期間限定メニュー展開として、ポーションのアイデアコンテストをやろうと思ってて」
「ポーション? って、何ですか?」
エリカさんはきょとんと首をかしげた。