15 新衣装到着!
セドリック団長の練習も大分進んできたころ、ポーションのアイデアコンテストが締め切りを迎えた。
採用されれば臨時ボーナス、というマネージャーの提案が魅力的で、みんな結構本気で考えていたらしい。誰が言いだしたわけでもないが、それぞれがペアの中だけで相談し、他のメンバーにはどんなものを考えているか秘密にしはじめたせいで、一層盛り上がった。
わたしも厨房補助仲間のケイティと組んで、アイデアシートを埋め、提出した。彼女とはほとんど交代でシフトに入るので、すれ違うばかりでこれまでじっくり話す機会が少なかったのだが、この機会にリサーチがてらお茶をしにいったりして意気投合できたのは収穫だった。
ちなみに、ケイティの本名は田崎景奈。景奈のケイに苗字のイニシャルのティだ。マネージャーのネーミング力、恐るべし。
「アンのペアは結局、どんなアイデアで出したの」
ポーションコンテスト締め切りの次の練習日、ようやく届いた新制服をハンガーに掛けながら、団長は私に尋ねた。
団長もかなり慣れてきたので、スカーフを着けたままでいる時間に何もしないでいるのももったいないからと、在庫や備品の整理などの簡単な作業を進めるようになっていたのだ。団長が練習日を作業時間として申請してくれるようになって、時給がつくようになったのは地味にありがたかった。もちろん、時給とか関係なく団長が苦手を克服する手伝いはしたかったけれど、それはそれ、これはこれ、だ。
「結果発表まで、みんなまだ内緒にしておくみたいですけど、言っちゃっていいんですか」
コンテストでなんとなく始まった秘密主義は、お祭り気分のまま継続していた。マネージャーもシェフの佐々木さんもそのノリに便乗してくれて、試作や選考もバイトスタッフには見えないように進められていた。選ばれたメニューの発表は、フェスタが始まる当日の開店前ミーティングだ。
「ここは俺たちだけだし問題ないだろ。お互いに他には言わないってことで」
それもそうか。
「言っときますけど、自信作ですよ。じゃ、先に団長とクドリャフカのペアが出したやつから聞いてもいいですか?」
「もったいぶるなあ」
笑いながら、団長はハンガーにかけた白いシャツの袖についていた糸くずをつまんで捨て、次のハンガーを手に取った。
「うちは、もっぱら工藤に考えてもらった自家製シロップの炭酸割りを出した。この前、カレー食べた店覚えてる?」
「<ル・ミディ>でしたっけ」
あの後調べた。フランス語で、<南仏>という意味になるらしい。
「うん。あの店で事情を説明して、ちょっと相談に乗ってもらいつつ、スパイス何種類かと生姜に皮ごとのレモン、黒砂糖を組み合わせたんだ。それを水で濃く煮出して、飲むときに炭酸で割って出してもらおうと」
「……ほぼ、漢方薬の炭酸割りじゃないですか? 味、大丈夫そうですか?」
「工藤が味見してたから大丈夫だろう。コーラか栄養ドリンクみたいな味って言ってたぞ。ネーミングも、騎士団特製クラフトコーラとかって付けてたし」
「それは、全てがクドリャフカの味覚にかかってますね。コーラだったら間違いなくおいしいと思いますけど、栄養ドリンクだとヤバいやつはヤバいですよ」
私は笑ってしまった。味覚にそんなにこだわりがあるようには見えないクドリャフカだけど、意外な才能を隠し持っていたりして。すごくおいしくても、すごくダメダメな味でも、面白い気がする。
「団長は味見は?」
「いや、俺はちょっと他のことで忙しくて」
団長は曖昧にお茶を濁した。
「アンの方は? 田崎さんと組んだんだっけ」
「はい。もうね、絶対みんな、スムージーとかフルーツソーダとか、そういうきらきらした綺麗系のドリンク出してくると思ったんですよ。コーラは地味色なんで意外でしたけど」
「地味って言うなよ」
むくれた団長を無視して私は腰に手を当て、続けた。
「うちは一味違います。……なんとー、冷製パンプキンスープ!」
「え?」
きょとんとした顔になった団長に、私は説明した。
「夏バテしちゃうとカロリー取れないじゃないですか。だから、体力回復用に、しっかり栄養のつくものを、と思って。カボチャと玉ねぎのピュレに、フレッシュクリームを合わせて、チキンブロスで少しのばして飲みやすい濃度に整えつつ、ガーリックと塩コショウを強めにきかせてスプーンが進むように考えました!」
「それを、瓶に入れて、ポーションで?」
団長はこらえきれないといったように吹き出した。
「え、あれ?」
「絶対おいしいと思うけど、その発想はなかった。スプーンで食べるポーションかあ」
「あ……でもでも! 広口の瓶にサラダやドリンクを盛り付けるの、数年前流行ったじゃないですか。ああいうノリで……って、やっぱりポーションぽくはないか……」
「ワンチャン、佐々木シェフが別枠で採用をプッシュしてくれるかも」
肩をぷるぷる震わせつつフォローされても、説得力がない。
「やっぱりあれですね、考えすぎると迷走しますね。おしゃれなのはエリカさんとかクロード君に期待しないと」
「俺が飲みたいのは、アンの方だけどな」
「今さらほめても、何もでませんよーだ」
私は軽口で返しつつ、次の段ボールに手を伸ばした。
「あ、こっちは騎士服じゃないですね。キッチンと受付の?」
広げてみると、当初のデザインから少し変わっていた。
「わ、カッコよくなってる!」
ギャザーネックだったブラウスはフラットな広幅の角襟に、ひざ丈のスカートだったボトムスはふくらはぎ丈のキュロットになっている。世界観に馴染んでいるのは変わらないのに、デザイン画の時のいかにも女の子らしい甘くてふんわりした路線よりも、少しシャープで辛口になった分、より現代風に洗練された気がした。
「うん、オーナーにちょっと掛け合った。お客様から変に露出アピールしてると思われると店のカラーにそぐわないし、キッチンスタッフもウェイティングルームと受付のスタッフも、何かと立ったり座ったりが多いから、どの角度から見られても安心して着られるデザインに変えてくれって」
「大幅変更ですよね。これをやってもらえるの、ありがたいなあ」
「ちょっとデザインの発想が古かったかも、って反省してたよ。あの人、ゲームオタクで感覚がマヒしてる面もあるし。意見をもらえるのはありがたいんじゃないか」
「ん? この件に関して言えば、真っ先に意見を言ったのは団長ですよね」
私は首をひねりつつ、記憶をたどった。
「私もちょっと気後れはしましたけど、どこがどうまずいのかすぐには言語化できませんでしたよ」
「あれ、そうだっけ。アンが言ったような気がしてた」
彼は明後日の方をながめてとぼけた。
「似合っただろうとは思うし、個人的には見てみたかったけど、ああいうのは店で着る必要ないじゃん。それぞれがTPOを選んで着たいときに着ればいいというか」
ひゃあ。『似合っただろうと思う』。そういうのをあっさり挟んでくるの、本当に反則だと思います。他意がないだけに性質が悪い。
「だ、団長はちゃんとこっちで慣れないとですね」
私は掛け終わったばかりの騎士の正装を指して、強引に話を変えた。