彼の考察 sideサディアス
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話はサディアス視点となります。
よろしくお願いいたします。
──王城への侵入者を捕縛。聖女候補ミア・シュミットが城内への手引きをした可能性あり。
そのような伝令が届き、俺は急いで魔術師団棟の訓練場へと向かった。
そして、ミアを取り調べ室へ連行し、侵入者と対面させる。
「ち、違います!私、こんな人知りません!」
侵入者はミアの名を親しげに呼ぶ。
しかし、彼女は侵入者を知らない人だと訴える。
端から見れば、彼女が罪から逃れるために知らない振りをしているように見えるだろう。
だが、俺の中で何かが引っかかる。
「ややこしいから、あんたは黙って!」
ミアが強い口調で侵入者を怒鳴りつけた。
しかし、侵入者は怯えることも怒ることもなく、ただ恍惚の表情で彼女を見つめている。
まるで、反応をもらえたこと自体が、嬉しくて仕方がないように……。
(もしや………)
それは、俺自身が経験したこと。
あまりにも度の過ぎた執着行為に我慢できず、怒りに任せて相手を怒鳴りつけたことがあった。しかし、相手はなぜか嬉しそうに微笑んで俺を見つめている。
そして、さらに執着行為はエスカレートしていったのだ。
あの時の恐怖に似た衝撃は、今も忘れられないでいる。
だから、その光景を目にした瞬間、とある疑念が生まれた。
──ミア・シュミットは、俺と同じなのではないか?
それを確認するため、咄嗟に俺は口を挟んだ。
すると、侵入者は饒舌にミアとの出会いを語り始める。
会話もなく、目と目が合っただけで互いに恋に落ちたのだと……。
毎日手紙を送り続け、リボンの色が自身の瞳の色であることを返事だと受け取り、ミアの登下校を監視することをデートだと言い張った。
そして、決定的だったのは、平民であるミアが護衛を連れて登下校をしていたという事実。
そうすることで、この男から身を守っていたのではないだろうか。
一連のやり取りを聞いていた騎士と文官が顔を見合わせる。
「もしかして、サディアス団長目当ての令嬢たちと同じなんじゃ……」
「ああ、まさかあんなのが他にもいるとは思わなかったが……」
彼らは何度も取り調べの場に立ち会っている。
つまり、俺目当てに魔術師団棟に忍び込んだ女性たちの取り調べ経験があるということだ。
目の前の侵入者の言動が、まさにその女性たちと同じであると気付いたのだろう。
おかげで、ミアの疑いはすぐに晴らすことができたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「いやぁ、ミアちゃんの疑いが晴れてよかったよかった」
俺の執務室で寛ぎながら、事の顛末を聞いたイアンがへらへらと笑う。
「あんな純朴そうな子が、侵入者の手引きだなんて何かの間違いだって思ってたよ」
「純朴……?」
「サディアスもそう思わない?」
「……よくわからん」
俺の返事に、イアンはまたしてもへらへらと笑っている。
「それにしても、どうして侵入者はミアちゃんが恋人だなんて嘘を言ったんだろうね?」
「…………」
イアンには、侵入者がミアに対して執着していたこと……つまり、ミアが俺と同じような目に合っていることは伝えていない。
なぜなら、彼女から強く口止めをされたからだ。
おそらく、周りから誤解されることを避けたいのだろう。
俺の事情を知っているイアンならば、ミアの話を聞いても正しく理解してくれるだろうとは思う。
しかし、ミアにとってイアンは出会ったばかりの人間だ。それを、いきなり信用して事情まで明かせというのは難しいだろう。
「さあな。無関係だとわかったのだから、それでいいだろ」
「ふぅん……」
取り調べにも俺は立ち会わず、結果のみを知らされたとイアンには嘘の説明をした。
これならば、何を聞かれても知らぬ存ぜぬで通せるからだ。
何か言いたげなイアンを無視し、さっさと話題を変えることにする。
「それよりも、明日の準備はできているのか?」
「それなら問題なく。サディアスはもう終わるの?」
「この書類を仕上げたら帰るつもりだ」
「そっか、それじゃあ僕はお先に……。あまり無理はしないようにね」
「ああ、わかっている」
ソファから立ち上がると、ひらひらと手を振りながらイアンは執務室から出て行った。
一人きりになって考えてしまうのは、ミア・シュミットのこと。
(たまたま俺が取り調べに同席していたからよかったものの、そうでなければ彼女は今頃どうなっていただろうか……)
俺に執着する女性たちを取り調べた経験のある者ですら、侵入者の異常性に気がついていなかった。
共犯であるとの疑いが晴れずに、ミアが何らかの処罰を受けていた可能性もあっただろう。
その時、胸の奥から何とも言えない苦さが込み上げる。
ミアと同じように、要らぬトラブルに巻き込まれたことが俺にも数え切れないほどあったからだ。
『王城なら安全だと油断していたので驚いてしまっただけで……』
おそらく、平民のミアは、貴族ばかりの王城内を安全地帯のように考えている。
貴族ならば、家の恥とならぬよう外聞を気にかけ、自身を律する教育を受けた者であるはずだからだ。
しかし、俺に執着する女性のほとんどが貴族の令嬢たちだった。
つまり、平民だろうが貴族だろうが、何も変わらないということ。
(そのことを彼女は理解しているのか……?)
これまでミアに執着していた者は、おそらく平民ばかり。
ミアを追いかけて来ようが、今回のように侵入者として捕まえられる。
しかし、これから彼女に執着を持つ者が現れれば……それは、王城や神殿に所属する者からの執着ということになる。
(彼女はまだ聖女候補……。それだけでは立場は弱い)
上位貴族や高位の神官に執着されてしまえば、おそらく拒絶するのは難しい。
そして、彼らの遣り口はなかなかに狡猾で、平民として生きてきた彼女では対処できないはず。
だからといって、貴族でも聖女でもない彼女が、護衛を連れて王城内を歩くことは許されないだろう。
(功績を挙げ聖女として認められれば、国が彼女を保護してくれるはずだ)
──そう、今の自分のように。
魔術師団長という確固たる地位を築くことで、俺は他者の執着から身を守っていられるのだ。
だから、ミアが聖女として認められるまでは……。
(この俺が、守ってやるしかないんじゃないか?)
それは、彼女の苦しみの理解者である俺にしかできないことだと……そう思ったのだった。
第一章はここまでです。
次話から第二章「過保護になっていく」が始まります。
サディアスの過保護っぷりがどう加速していくのかを書いていきたいと思っております。
よろしくお願いいたします。