意外な救世主
「サディアス団長、何か気になることでも?」
部屋に入ってから一言も発することのなかったサディアス。
そんな彼の突然の発言に驚き、騎士はぴたりと動きを止め、不思議そうに問いかける。
「ああ。そこの男に聞きたいのだが……」
サディアスはストーカー男を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「お前はシュミット嬢とどこで知り合った?」
なぜ、このタイミングでそんな質問を?
そう思う私をよそに、ストーカー男は嬉しそうに顔を緩める。
「ミアちゃんとの運命の出会いのこと?」
「運命かどうかは知らんが……まあ、そうだな」
サディアスの問いに、ストーカー男は頬を赤らめながら興奮気味に話し始める。
「二年前、高等学院に向かうミアちゃんと目が合ったんだ。それからの僕は、毎朝同じ時間に通学路に行くのが日課になってさ」
「ほう……。それでは、お前からシュミット嬢に声をかけたと?」
「違う違う!僕とミアちゃんは目と目が合ったその瞬間に、お互いが恋に落ちたんだよ!」
待て待て、登校中に目が合って恋に落ちた覚えはない。
そもそも、目が合った記憶すらない。
「どうして、会話もせずに目が合っただけで互いに恋に落ちたとわかる?」
サディアスがなかなか鋭い指摘をする。
「そんなの運命だからに決まってるじゃないか!僕にはわかるんだ!」
しかし、ストーカー男は常人には理解できない思考をお持ちのようだ。
二人のやり取りを見守る騎士も文官も、怪訝そうな表情をしている。
「なるほどな……」
そんなストーカー男に動じることなく、なぜか納得したようにサディアスは呟き、さらに質問を重ねていく。
「では、どのようにシュミット嬢と連絡を取り合っていた?」
「手紙だよ。毎日送っていたからね」
「毎日か……」
「そうだよ!ミアちゃんを見守ってるってことを伝えたくて!」
「……彼女からの返事は?」
「返事なんて貰わなくても、ミアちゃんの気持ちは誰よりもわかってるから」
「シュミット嬢からの返事はなかったんだな?」
「だから!返事なんてなくても、ミアちゃんに僕の気持ちはちゃんと伝わってたんだ!だって、ミアちゃんは僕の瞳と同じ色のリボンを身に着けてくれてたんだよ!?これってそういうことだよね!?」
ストーカー男が苛立った口調で叫ぶ。
「あの、制服のリボンなので……」
不可抗力であったことをそっと告げておく。
そんな私に、騎士と文官から気の毒そうな視線が向けられた。
「やはり、そういうことか……」
サディアスはそう言ったあと、質問を再開する。
「恋人ならデートくらいはしたことがあるのだろう?」
「もちろん!登下校中のミアちゃんとずっと一緒だったよ」
「ずっと一緒……。具体的に教えてくれ、お前は彼女の隣を歩いていたのか?」
「と、隣は……歩いてないけど……」
「デートなのに彼女の隣を歩かないのか?」
「だって、ミアちゃんの側にはいっつも護衛がへばり付いてて……。だから、彼女を遠くから見守ることで愛を伝えていたんだよ!」
「護衛……」
サディアスがちらりと私に視線を向けた。
それからも、サディアスの質問によって、ストーカー男と私の関係が明らかにされていく。
結局、会話をしたこともない、ほぼ赤の他人であることがわかった頃には、騎士と文官の表情は驚きから怯えへと変わってしまっていた。
どうやら、やっとストーカー男の異常性が正しく伝わったらしい。
共犯者だという疑惑が払拭されつつある空気を肌で感じる。
「では、最後の質問だ。どうして王城へ侵入した?」
「もちろん、ミアちゃんに会いに来たんだ!ミアちゃんが王城で僕のことを待ってると思って……。だって、運命の恋人同士が離れ離れになるなんて、そんなのあんまりじゃないか!」
その言葉を聞いた騎士と文官が顔を見合わせた。
「もしかして………と同じ………」
「ああ、………思わなかったが……」
詳しい内容は聞こえないが、何やらボソボソと二人で囁き合っている。
おそらく、ストーカー男が捕まってすぐの証言も同じような言葉だったのだろう。
『恋人に会いに来た』『恋人が王城で待っている』
その言葉のせいで、私が王城へ引き入れたのだと疑われてしまった。
しかし、サディアスによって引き出された証言の後に聞くと、全く違った意味のものに聞こえたのではないだろうか。
「では、シュミット嬢。君はこの男の恋人……いや、この男を知っているのか?」
「いいえ。全く知りません」
今度は私へと問いかけられたサディアスの言葉に、きっぱりと返事をした。
「ミアちゃん!そんな、僕はずっと君を……」
「ならば、これ以上の同席は不要だな」
そして、ストーカー男の声を遮るように、サディアスが結論を口にする。
「俺たちはこれで失礼するとしよう。シュミット嬢の証言がまだ必要ならば、伝令をよこしてくれ」
「承知いたしました。ご協力に感謝いたします」
そう述べた騎士が頭を下げる。
その間もストーカー男が何やら喚いていたが、それを無視したままサディアスとともに部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇
「はぁぁぁぁ……」
取り調べ室から出た瞬間、緊張から解き放たれ、大きな溜息とともに私はその場にしゃがみ込む。
(なんとか乗り切ったぁ……)
まさか、王城にストーカーが乗り込んで来るとは思わなかった。
今になって心臓がドクドクと音を立てる。
ゲームが始まってしまえばストーカーが出る幕なんてない……そんな私の考えが、いかに甘かったのかを思い知らされた。
(つまり……これからもストーカーが現れて、攻略の邪魔をするってこと?)
スイパラにハードモードなんてあったけ……?
そんなことを考えていると、黒地に金の刺繍が入ったローブの裾と黒い靴が視界に入る。
(あ………)
すっかり彼の存在を忘れていた。
私は慌てて立ち上がり、隣に立ったままのサディアスへと向き合う。
「サディアス団長、あの、先ほどはありがとうございました」
私はそう言って、素直に頭を下げる。
昨日の出来事や、ここまで引き摺られて来たことなどを思うと、サディアスにいい感情を持っているとは言い難い。
しかし、彼の尋問のおかげで、共犯の疑いが晴れたことは確かだった。
「いや、災難だったな……」
すると、意外や意外……こちらを気遣うような言葉が頭上から降ってきた。
顔を上げると、私を心配そうに見つめる紫の瞳。
まさか、無表情なサディアスがこんな表情をするなんて……。
「君が護衛を連れて登下校をしていたと、あの男が言っていた。貴族の令嬢でもない君が、護衛を連れて登下校するなど……余程のことがあったのだと想像はつく」
「私、ああいう人達に好かれやすいみたいで……」
そこまで言ったところで、このまま言葉を続けていいものか迷ってしまう。
『君が思わせぶりな態度を取ったんじゃないか?』
それは、前世でも今世でも言われた言葉。
ストーカーの被害を訴えると、なぜか被害者である私に落ち度があると責められることがあった。
ストーカーが一般的に認知されていないこの国ならば、余計にそのような誤解が生まれるかもしれない。
「それは、怖かっただろう」
しかし、サディアスから私を咎めるような言葉は出てこなかった。
純粋に私の身を案じ、気遣ってくれているのが表情と声から見て取れる。
「ああいう人達と言うからには、あんな目に合ったのは、あの男だけではないということか?」
「そうですね……。これまで何度も似たようなことがありました」
さすがに二桁とは言えないが……。
「男に苦手意識はないのか?第四魔術師団の団員は男ばかりなのだが……」
「だ、大丈夫です!直接的な被害に合ったことはありませんし、王城なら安全だと油断していたので驚いてしまっただけで……」
あの気遣いゼロの態度は何だったのだろうかと思うほどのサディアスの豹変ぶり。
急に優しくされると、こちらが戸惑ってしまうじゃないか。
「しかし、もっと女性が多い環境のほうが……」
「いえ!このままでお願いします!」
サディアスのその言葉に、食い気味に返した。
「私は!全っ然!平気ですから!」
もう一度、強い言葉で念押しをする。
私の身を案じての提案なのだろうが、それではシナリオが大幅に変わってしまう。いや、ゲームの舞台から退場するようなものだ。
目先のストーカー対策よりも、確実なハッピーエンドを選びたい。
そう考えた私は、なんとかサディアスを説得し、事なきを得たのだった。