ピンチは続く
王城の広い廊下を、ずるずると後ろ向きに引き摺られながらサディアスとともに進む。
すれ違う人々がギョッとした表情でこちらを見て、すぐに目を逸らす様子がいたたまれない。
もうちょっと目立たない連行方法はなかったのか……。
隣を歩くサディアスはこちらを気遣う素振りも見せずに、スタスタと長い脚を動かしている。
(まあ、縄で縛られるよりはマシなんだろうけど)
最初は呆然とするばかりだったが、時間が経つにつれて頭は冷静になってくる。
どう考えても私に恋人はいない。
さすがにゲーム開始二日目で、攻略キャラと恋人になっていたとも考えにくい。
そして、侵入者ということは、外部の人間が私の恋人だと名乗っているということで……。
(もしかして……)
ものすごく嫌な予感とともに、一つの可能性が浮かび上がる。
その時、サディアスが足を止めた。
「……ここだ」
「ぎゃっ!」
すると、襟を引っ張っていた謎の力が突如なくなり、私は情けない声をあげてその場に尻餅をつく。
「さっさと立て。入るぞ」
それなのに、サディアスからはこちらを労るような言葉も何もない。
(気遣いゼロか!)
あまりに雑な扱いに腹は立ったが、今はサディアスに噛み付いている場合ではない。
まあ、ちょっと睨んでしまったけど!
しぶしぶ立ち上がり振り向くと、そこには鉄製の扉が三つ並んでいた。
その左端の扉をサディアスが軽くノックすると、中から紺色の騎士服を着た青年が顔を出す。
たしか、紺色の騎士服は王城の警備を担当している第二騎士団だったはず……。
「ミア・シュミットを連れて来た」
「どうぞ、お入りください」
そのままサディアスに促され、私は扉の中へ足を踏み入れる。
そして、私の後ろにサディアスが続き、扉が閉められ鍵をかけられた。
中はテーブルと椅子が置かれただけの狭い空間で、奥の壁には入って来たのとは別の扉がもう一つある。
「この奥にて取り調べが行われております」
青年の言葉に、ここは控室のようなものであることを知る。
「わかった。行くぞ」
「……はい」
今度はサディアスに先導され、奥の扉が開かれた。
中には、紺色の騎士服を着た三十代半ばの男性が壁際に立っており、側に置かれた小さな机と椅子には眼鏡をかけた文官が座っている。
おそらく、騎士が尋問を行い、その内容を文官が記録しているのだろう。
そして、中央には大きめのテーブルと、それを挟むように椅子が二つ。
その片方の椅子に、ベージュのシャツに茶色のズボンというシンプルな服装の男性が座らされていた。
その男性の両手と両足首は縛られ、服はところどころが汚れている。
(この人が侵入者……?)
よく見ようと、前に立つサディアスの背中から、私はひょっこりと顔を出す。
年齢は二十代前半だろうか、橙色に近い明るい茶髪は乱れ、左頬には殴られたような跡があり、その焦茶色の瞳と目が合うと……。
「ミアちゃんっ!!!」
「…………!?」
目を輝かせた侵入者に、名前をちゃん付けで呼ばれてしまう。
しかし、私はこの男に見覚えはない。
見覚えがないのに、私のことを恋人だなんて妄言を吐くということは……。
(やっぱり……私のストーカー!!)
先ほどの嫌な予感が思いっきり当たってしまったようだ。
「やはり、顔見知りのようですね」
壁際に立っていた騎士の冷静な声が響き、私は慌てて否定の言葉を口にする。
「ち、違います!私、こんな人知りません!」
「ですが、彼はあなたを知っているようですよ?」
「そうだよ、ミアちゃん!」
騎士の言葉に、なぜかストーカー男が同意する。
「でも、私はこの人のことを知らないんです!見たことも話したこともありません!」
そんなことを言われたって、知らないものは知らない。
私は、そう強く訴え続けた。
しかし、騎士は疑わしげな視線を私に向けている。
おそらく、ストーカー男と私が共犯で、城内に手引きしたのが私だとでも思っているのだろう。
(なんとか、私が無関係であることをわかってもらわないと……)
それなのに、場の空気を読まないストーカー男が、嬉しそうに声をかけてくる。
「久し振りに会えたから、恥ずかしくなっちゃったのかな?」
「…………」
初対面だよコノヤロウ。
ストーカー男の言葉を無視し、私は頭を必死にフル回転させる。
(この男が王城に侵入した時の私のアリバイを証明できれば……いや、先にこの男とは恋人じゃないってことを証明しなきゃ……でも、どうやって証明したら……)
私は唇を噛み締める。
考えがうまく纏まらず、気持ちは焦るばかりだ。
それなのに、ストーカー男は興奮した様子で、一方的に言葉ををまくし立てている。
「ああ、ミアちゃん拗ねないで!ミアちゃんが王都に行っちゃって僕も寂しかったんだよ!でも、これからは毎日会えるから、安心して……」
「ややこしいから、あんたは黙って!」
思考を妨げるストーカーの妄言を、一喝して黙らせる。
「おや?彼に喋られると何か困ることでも?」
しかし、そんな私の行動を、騎士が何やら深読みしてしまったようだ。
一言一句逃すまいと、文官もペンを動かし続けている。
(ああああ〜、もう、どうしたらいいのよ!)
状況はさらに悪化し、どんどんと泥沼に陥ってしまう。
こんな展開、予想もしていなかった。
「どうやら、彼女にも別室で詳しい話を聞いたほうがよさそうですね」
完全に私が黒だと確信したかのような騎士の態度。
この国では、ストーカーという存在が一般的ではない。
そのため、知り合いでも何でもない男が、なぜか恋人のように振る舞うという異常さを理解してもらうことは難しい。
(別室のほうが、まだ話を聞いてもらえるかな……)
しかし、共犯であるという誤解が解けたとしても、私とストーカー男が恋人関係であると認識されてしまったら……?
先ほどの、困惑したようなイアンの表情が頭に浮かぶ。
(攻略キャラとの好感度はだだ下がり……。それどころか、恋人がいるヒロインと恋愛する気になんてならないんじゃ……)
そのことに気付いた瞬間、私は深い絶望感に襲われる。
私の人生は、またしてもストーカーによって狂わされてしまうのだろうか……。
「では、行きましょうか」
そう言って、騎士が私に向けて一歩を踏み出す。
「ちょっと、いいだろうか?」
その時、耳に心地よい低音が部屋に響いた。