出会いイベント?
出迎えてくれたメイドに案内され、私は王城の魔術師団
棟の応接室へと連れて来られた。
聖女候補の所属は神殿となるのだが、実際に活動や訓練を共にするのは魔術師団がメインとなる。
そのため、まずは魔術師団の担当者との面談を……と、いうわけらしい。
すでにゲームのシナリオは動き出している。
まず、一番最初に出会う攻略対象者が、第四魔術師団の副団長イアン。栗色の短い髪に眼鏡を掛けた、優しく面倒見がいい長男キャラ。
そんな彼と出会うために魔術師団棟に案内されたのだろう。
ただ、ゲームのストーリーでは、到着してすぐに王城内でヒロインが迷子になってしまい、そこにイアンが現れて声を掛けてくれるはずなのだが……。
(ねえ、どのタイミングで迷子になればいいと思う?)
現在、応接室には私一人だけ。
革張りの高級そうなソファに座り、虚空を見つめたまま自問する。
そもそも、面談のシーンなんてゲームには出てこなかったはず……。
ゲームはテンポよくストーリーが進むため、細かな描写は省かれており、現実と照らし合わせるとどうにも齟齬が生じてしまうようだ。
なかなか現れない魔術師団の面談担当者。
これは、探しに行くために応接室を飛び出して、うっかり迷ってしまった……という流れなのか?
それとも、自然に身を任せていたら勝手に迷子になるような展開が待っている?
しばらくソファで悶々としていたのだが、どうにもじっとしたままなのが性に合わない。
(よし!ちょっと迷子になりに行こう!)
私はソファから勢いよく立ち上がり扉に近付く。
その時、ノックの音もなく扉がいきなり開いた。
(えっ?)
現れたのは、黒地に金の刺繍が施されたローブを纏う長身の青年。
そんな彼と向かい合う形となり、無言でその顔面をまじまじと見つめてしまう。
(…………美っっ!!)
艷やかな長い黒髪に紫の瞳を持つ、まるで人形のような精巧な顔立ち。
左目の下にあるホクロのせいか色気も凄まじく、魅入られたかのように目が離せない。
しかし、相手から向けられたのは、あからさまな嫌悪の表情だった。
「誰だ?」
眉間にシワを寄せながら放たれた言葉。
なんと、その声までも耳に心地よい低音だ。
突然の美形との遭遇になんと言葉を返そうかと、私はアワアワしてしまう。
「………チッ!」
すると、相手から舌打ちの音が聞こえ……途端に私は我に返った。
(は?……ちょっと失礼じゃない??)
部屋に入るなり、初対面でいきなり舌打ちはないだろう。
カチンときた私は相手を見上げながら睨みつける……つまり、ガンを飛ばす。
「…………チッ!」
そして、お返しとばかりに大きめの舌打ちもしておいた。
「…………っ!」
そんな私の態度に驚いたのか、美形がその紫の瞳を大きく見開く。
「…………」
「…………」
そして、お互い無言のまま睨み合うという、非常に気まずい空間が出来上がった。
その時、開いたままの扉からひょいっと誰かが顔を出す。
(あっ……!)
それは、私がずっとずっと会いたかった人。
「あれ?なんでサディアスがここに?」
栗色の髪に黒縁の眼鏡、その穏やかな口調も声もゲーム画面のイアンそのもので……。
(イアン……?イアンだ!やっぱり実在してたんだ!やったぁぁぁぁ!!)
これまでの涙ぐましいストーカーとの闘いの日々が、まるで走馬灯のように脳裏に蘇る。
攻略対象者であるイアンは、私にとって幸せの象徴のようなものだった。
「あ、あの……!」
感極まった私は、目の前の美形を放置してイアンのもとへ駆け寄る。
「君は……もしかして、聖女候補の子?」
「はい!」
「ああ、ここにいたのかぁ」
そう言って、イアンはへにゃりと笑う。
(あああっ!その笑顔は反則っ!あざと可愛いすぎて反則っっ!!)
ゲームのスチルと同じ笑顔に、私は心の中で悶えまくる。
「どうも、連絡の行き違いがあったみたいでさ……」
イアンの話によると、別の場所で私の面談が行われる予定だったらしい。
やはり、なかなか来ない担当者を探しに出て迷子になるのが正解だったようだ。
(さっさと部屋から出ればよかった……)
そうすれば、こんな美形に舌打ちされることもなく、イアンと二人きりの出会いが叶ったはずなのに……。
そう思い、美形にチラリと目を遣れば、何やら考え込んでいる様子。
「それで、サディアスはこんなところで何をしてるの?」
今度はイアンが美形に話しかける。
「お前を探していた」
「あー……なるほど。それで彼女に遭遇したのか」
そう言って、イアンは苦笑いを浮かべる。
「ちょうどいいから自己紹介もしておこうか。僕は王室第四魔術師団の副団長、イアン・バートランド。それで、こっちが……」
イアンが美形の腕を掴み、ぐいぐいとこちらまで引っ張って来る。
「団長のサディアス・ウェバーだよ」
そして、美形な彼……サディアスと再び向かい合う形になった。
(魔術師団長のサディアス……?)
その名前が記憶の端に引っかかる。
そして、目の前の美形を改めて見つめた。
(ああ、そういえば……)
ゲームには、攻略対象ではないキャラクターも登場する。
サディアスも、そんなサブキャラクターの一人であることを思い出した。
(たしか、冷徹な最強魔術師だとか何とか……)
魔術師団の絡んだイベントやストーリーにちょこちょこ出ていた気がする。
攻略対象者しか頭になかったので、名前を聞くまで全く気付かなかったのだ。
それにしても、ゲーム画面ではわからなかったが、実際のサディアスは攻略キャラだと言われても問題がないくらい、凄まじい色気の持ち主だった。
「…………」
しかし、相変わらず目の前のサディアスは無表情で無言のままだ。
表情筋が死んでいる。
「愛想がない奴でごめんね!団長としては頼りがいのある奴だから!」
イアンが慌てたようにフォローをする。
いくらお色気美形でも、サディアスはサブキャラで、彼とのハッピーエンドは用意されていない。
私はさっさと思考も態度もヒロイン仕様に切り替える。
「私は聖女候補のミア・シュミットです!こちらこそよろしくお願いします!」
そう言って、渾身の笑顔をイアンにだけ向けた。
ヒロインのミアは元気いっぱいで明るく素直なキャラクターだ。
そんなミアらしく振る舞えるよう、私は演技力も磨いてきた。
出会いはゲーム通りとはいかなかったが、イアンの好感度を上げるために全力を尽くさなければならない。
「はははっ、シュミットさんは元気いっぱいだね」
イアンは朗らかに笑う。
(ああ……やっぱりイアンの笑顔は最高!)
ただ側にいるだけで癒やされていく。
「それで、サディアスとは何を話してたの?」
「えっ……」
イアンからの思わぬ質問に、なんと答えるべきか一瞬迷ってしまう。
すると、私が答えるより先にサディアスが口を開いた。
「『誰だ?』と彼女に問いかけたら、睨まれて舌打ちをされただけだ」
「え?」
まさかのサディアスの暴露に、イアンの表情が固まる。
「あ、あ、あの!突然、知らない人が入ってきて、びっくりしちゃって!それでっ!」
イアンの前でなんてことを言うのだ。
サディアスの言葉を遮るように、大きな声で盛大な言い訳をする。
「ああ、それはびっくりしちゃうよね」
「そうなんですよぉ」
私は根性で笑顔をキープし、イアンに相槌を打つ。
そのまま、お前はもう黙っとけの念を込めてサディアスに視線で圧をかける。
すると、そんな私を見つめるサディアスの口元が僅かに緩み……笑みの形を作った。
(なんで薄っすら笑ってんのよぉぉぉ!)
その整いすぎた美しい微笑がやたら癪に障る。
(こっちは攻略キャラの好感度を上げるのに人生かけてるんですけどぉ?)
そもそも、先に舌打ちをしたのはサディアスのほうなのに……。
ほとばしる怒りをぶつけたいところだが、イアンの前でヒロインらしからぬ言動をするわけにはいかない。
なんせ、ミアは元気いっぱいで明るく素直なキャラなのだから。
私は奥歯をギリギリと噛み締めながら、必死に口角の高さをキープし続けたのであった。